戦争が貴族から特権を削り取ったーミニ読書感想『貴族とは何か』(君塚直隆さん)
英国政治外交史の研究者、君塚直隆さんの『貴族とは何か ノブレス・オブリージュの光と影』(新潮選書)が興味深かったです。副題になっている「ノブレス・オブリージュ(高貴なるものの責務)」とは何で、どのように生まれたのかを知りたくて読んだ一冊でした。
ここでいう責務とは、古くは戦争参加が柱だったことが分かりました。ゆえに貴族にはさまざまな特権が与えられた。しかし、戦争が激しくなると庶民階級も動員され、庶民が責務を負うことに伴って貴族の特権も剥ぎ取られていった。そんな歴史が浮かんできました。
今言った貴族の没落と庶民の責務の関係は、古代ギリシャ時代まで遡れる。その事実に知的興奮を覚えました。
この歴史は、近代においても繰り返されます。第一次世界大戦と二次大戦です。「総力戦」の時代となり、労働者階級も動員されたことで選挙権が拡大、それによって英国では貴族院の改革が進むことになります。
しかし、なぜか英国では他国に比べて貴族に対する敬意が長く続き、現代まで存続している。その秘訣を解き明かすのが中盤以降の読みどころでした。
特に目を引いたのは、貴族院改革を行ったことが庶民の理解を得ることにつながったということ。これは、バジョットの『イギリス憲政論争』で指摘されていることでした。
これは金言です。貴族院が改革に背を向け、一代貴族の容認など門戸拡大策を拒否し続けていれば、貴族院への信頼はだんだん弱っていった。そしてその「衰微」の果てに消滅があるのだという指摘です。
しかし、逆に改革を受け入れ、特権を自ら手放すことで、自らの高貴さを示すことになる。手放す先に存続の道が見えてくる。
いま日本では「上級国民」という言葉も人口に膾炙していますが、これは「手放すことを拒否する人」への反感とも捉えられそうです。
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