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まくどく本01「あなたのための短歌集」

みなさま、こんにちは。どく社の原田祐馬です。
今回、記念すべき第1回「まくどく本」のマガジンをはじめます! 前回の記事公開後、「みんなの“まくどく本”、気になる!」という声を受け、軽い腰をあげて連載をスタートすることになりました。これから、どく社のメンバーや友人・知人の枕元にある本、通称「まくどく本」を紹介していきます!

『失われた創造力へ ーブルーノ・ムナーリ、アキッレ・カスティリオーニ、エンツォ・マーリの言葉』は、2024年5月20日の刊行以来、いつも僕の枕元にいる定番の「まくどく本」。ですが、ほかにもいろいろな本たちがいて、毎夜、毎夜、「読んでくれー!」という声をひろっては1冊ずつ読む日々です。

さて、連載「まくどく本」の第1回。原田がご紹介するのは、歌人・木下龍也さんの『あなたのための短歌集』(ナナロク社)です。

この短歌集は、「あなたのための短歌1首」という短歌の個人販売からはじまりました。依頼者からメールで届くお題から木下龍也さんが短歌をつくり、便箋に書いて封書として送るというもの。4年間で約700首もの短歌が生まれ、そこから100首が収められています。

僕は「あぁ……今日は疲れたなぁ」と思った日に、寝る前、『あなたのための短歌集』をそっとひらくようにしています。そこに掲載された短歌を読むと、まるで自分のために書いてくれたのではないかと思うことがあります。

依頼者からのお題は、相談やお悩みなど、それぞれの人生や背景が垣間みえるようなものばかり。だけど、自分の経験と重なり、誰かのために書かれた短歌が、妙にしっくりくる瞬間があります。その不思議なしっくり感が、次の日の自分の背中を押してくれます。

例えば、038番目の短歌は以下のようなもの。まずは、依頼文です。

いま飼っている犬、かつて飼っていた犬、そして実家の病気になっている老犬たち。私は犬をすごく愛していますが、その分、いつかやってくる別れのことを思うと、胸がつぶれそうな程に寂しくて恐ろしくて仕方がないです。そんな私のお守りとなる短歌をください。

『あなたのための短歌集』038 依頼文

動物を飼っていたことがある人、飼っている人なら、きっと頭のなかに思い浮かんでくる顔があると思います。もう涙が出そうになります。そして、木下龍也さんはこのような短歌で応えます。

愛された犬は来世で風となりあなたの日々を何度も撫でる

『あなたのための短歌集』038 短歌

「風」のような気象現象を、「吹く」ではなく「撫でる」と表現することで、日常の1コマが、自分の目の前にハッと思い出される感覚をつくりだす。空間体験のような言葉の編み方で、短歌を読むことが、自分自身の記憶のスイッチになっていることに驚かされます。

その視点で075番目の短歌を見てみましょう。

依頼文
高校で美術の先生をしていますが、学校が好きではありません。これからも頑張って働いていけるような、勇気をもらえる短歌をお願いします。

短歌
先生は光の当たらない面を見つめるための時間をくれる

『あなたのための短歌集』075

僕も大学で教えているので、よく理解できる依頼文です。そして木下龍也さんの短歌は、教えつづける、働きつづけることは、10年後、20年後の生徒たちの可能性を引き出すエールにもなるんだよと言ってくれているように思います。

エデュケーションの語源は、ラテン語の「引き出す(エデューケレ)」と「養い育てる(エデュカーレ)」。「そうだ、教えることって、少しでも可能性を引き出すことなんだ」と立ち戻れるようで、僕はワクワクしました。

今の僕がそのように捉える環境やタイミングにいるのかもしれませんが、木下龍也さんは、きっと読むたびに読む人が意味を変えていくような、普遍的な言葉を紡ぎ、空間的な奥行きをもった短歌を詠む人なんだなぁと思います。

ここで、少し「本」そのものに戻ってみます。

僕は、本を読むとき、いつも心のなかで声を出しています。その声は、使われている書体の影響を受けるように思います。丸みを帯びたゴシック体だと少し優しく、流れるような明朝体だとサラサラと品のある声になります。『あなたのための短歌集』に使われている書体は、妙にプレーンな印象があります。そのプレーンさは、読む人の体調やその日あった出来事によって、そこから受け取る意味が変わる余地を担保してくれているように感じます。

タイトルの書体から見てみましょう(ここから少し専門性が上がります)。クナド+筑紫ゴシック(目視では凸版文久ゴと思ってました)が使われています。クナドのなんだか懐かしい感覚で、枕元に置いていても優しい気持ちになります。ひらがなの「た」を見てると抜けがあって、読み手を受け止めてくれる感じがします。個人的にもクナドが好きでよく使っています。

書体「クナド」

さすがの書体選びです。装丁は名久井直子さん。気になって、夜更けに名久井さんに聞いちゃいました(名久井さん、ありがとうございます)。カバーは4パターンあるらしく、100首のどれか一つが表紙に選抜されなくても良いんじゃないかという著者とデザイナー、出版社の気持ちが滲み出ています。そして、重要な本文は秀英にじみ明朝(目視では秀英明朝)。

『あなたのための短歌集』秀英にじみ明朝を使った本文

秀英明朝は100年以上前からある本文用書体で、読みやすく余白が明るく整っています。昔から馴染みがあるからこそ、その日の気持ちで詠むことができる。だからこそ、そっと本をひらきたくなるんだなと改めて感じさせられました。さらに活版印刷の滲みのニュアンスを残したバージョンを使うことで、眠たい僕の目にスッと入ってくるのかと感動して、今日も枕にゆっくりと沈んでいくことができそうです。

本はただ文字が並んでいるのはなく、1冊の塊として、めくる体験が、読む時間がデザインされているのだなぁと呟きながら今夜も眠りにつきたいと思います。

眠りにつく前にもう一つ、木下龍也さんがあとがきに大切なことを書いています。本の印税を受け取るかわりに、そのお金で歌集を購入して福祉施設に寄付するという活動を展開しているようなんです。本を通して言葉に触れることは、子どもやその施設で働く人たちにとっても立ち止まるきっかけをくれる貴重な時間だと思います。以下、引用になります。

 数か月悩んだ末に、印税を受け取らないという条件で歌集の刊行を決めた。短歌への対価は依頼者からすでに受け取っているので、それ以上の金額を同じ短歌で受け取るのは不誠実に思えたからだ。「だからといって、印税分が出版社の儲けになるのも困ります」と村井さんに言われ、話し合いの結果、本書の印税に相当する金額を、全国の本屋さんで様々な歌集を購入する費用に充てることにした。その歌集は短歌の普及のため、希望する施設に寄贈する。

『あなたのための短歌集』 あとがき

ナナロク社さんのnoteにその記事がありました。良いなぁ。

あ、最後に一番好きな短歌を置いておきます。

依頼文
たま、という名前のハムスターを飼っています。球体みたいに眠る姿と多摩川のそばに住んでいることなどが由来です。先日1歳になったのですが、寿命の短い生き物なので、この子はあと1、2回しか誕生日を迎えないのかと思い、祝うことが不思議になりました。たまの1 歳記念の短歌をお願いします。

短歌
たま、そんな小さな足で一生の大半をもう駆けてきたのか

『あなたのための短歌集』 097

ぜひ、本を手に入れて枕元で読んでほしいです。
今日はここまで。今晩もゆっくり、おやすみなさい。