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美容室に行くなら…母の教え

 あ、髪を切りたい、髪を切って気分転換をしたい、という強い思いで突然頭がいっぱいになってしまうことが時折ある。

そんな時はどうしてか、いつだって行き慣れた美容室は予約が取れない。あくまでネット上での確認なので、もしかしたら電話をすれば調整して下さるのかもしれないが、そんなことはとてもとても怖くてできないし、何よりとにかく早く髪が切りたい私は、その日ないしは翌日に行ける美容室を探す方に頭が切り替わってしまう。

そうして行った美容室で必ず、次回はこう切って行きましょう、などと言われてなんとなくそのまま流されて通ってしまうのだ。

おかげさまで髪型が安定しないまま、いい大人になってしまった。

先日引越しをしたこともあり、新しい美容室を探していたのだが、自分にとってとても使い勝手のいいオプション付きの美容室を見つけることができた。
初めてカットをお願いした美容師さんも、物静かで私にとってはとても居心地が良い。

近くに良い美容室を見つけられて一安心、と思った一月後、私はまたあの、気分転換したい妖怪に襲われた。

予約は取れた、だが先日の美容師さんはお休みだという。まだ慣れ親しむ前だ、他の美容師さんにこれ以降変わってしまってもきっと大丈夫だ。そう思い、その足で美容室に向かった。

ーーー

美容室から出た時はあんなに浮かれた気持ちでいられたのに、
翌朝家の鏡に映る自分は昨日とここも違うのだろうか。

だが、こんなことはいつものことだ。
それにしても、さすがに今日の自分はあまりに違和感で溢れている。

それから数日いつも通りに毎日を過ごすが、鏡や写真の自分は美容室にいつ前の自分に輪をかけてイケてない。家族の評判も芳しくない。次からどうしたらいいのか、いや、明日の朝からどうしたらいいのか、と他にも頭を悩ませなければならないことはたくさんあるのに、私は自分の髪型とそれを乗せている自分の顔面で頭がいっぱいになってしまった。

どんなに自分の見た目が気に食わなかろうが、朝は来る。少しきちんとした身なりで向かわねばならない朝が来る。

ここ最近の生活ぶりからすると、少し背伸びして買ったワンピースに袖を通し、いつもより少し時間をかけて化粧をする。

するとどうだろう、悪くない。

黒い前下りのヘルメットのような頭が、くたびれたパーカーに乗っかっていた頃とは見違えるようだ。

扱いにくいだけだと思っていた黒い塊も、少しエッジィな雰囲気のこだわりさえ感じられる。

何故だろう、と考えていると、先日の美容室にそのワンピースを着ていったことを思い出した。

そして同時に私は、呪いのような母親の教えの一つを思い出す。

「美容室に行くときは一番良い服で着飾っていけ」
「適当な服装で美容室に行くと、その雰囲気に合わせて適当な髪型にされるものだ」

あまりに極端な物言いではあるが、私はその言いつけをずっと無意識に守っていたのだ。普段着ない背伸びした服で美容室に行って、少し素敵な人になったような気持ちになれるのは本当に素晴らしい体験だ。

だが、それは普段の私の姿ではない。

本当の私、なんて大仰な話ではなくて、そんな服を何着も持っていない、という話だ。

帰宅して普段着を着た私はやっぱり、いびつな黒い帽子を被ったような様子だった。思わずため息をつく。まぁそのうち髪は伸びて、さらにどうにもならなくなるかもしれないが、切って形を変えることができる日が来るのだ。

あの素敵な服をよく洗って、度々意識的に着るようにしよう。

素敵な服を探すか、普段のくたびれたパーカーで美容室に行くか、気分転換妖怪が出てくるまでには決めておかなくては。

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