「毛皮の下はオオカミ」説の終わり方〜 犬にとって迷惑千万のアルファ神話がなぜ広まったのか?
これからする話は、できれば、筆者と皆さんの認識をすり合わせておきたい重要なテーマなので、なるべくわかりやすくお話するつもりですが、万一、難しいなと思ったら、飛ばして読んでいただいてもかまいません。
アウトラインは、次のような並びです。
1️⃣犬との生活で大切なのは「どう従わせるか」ではなく 「どう幸せにできるか」
2️⃣非常識が常識になる犬にまつわる誤解
3️⃣体罰を助長したリーダー論
4️⃣オオカミのリーダーは、「お父さん」「お母さん」とほとんど同義
5️⃣ なぜ非常識がまかり通ったのか
6️⃣“半放し飼い”の群れを観察してわかったこと
7️⃣「1対1理論」にたどり着くまで
8️⃣アメリカ獣医行動学会の動向
9️⃣長いお別れ
以上の項目を、2回に分けてお話しします。
犬との生活で大切なのは「どう従わせるか」ではなく
「どう幸せにできるか」
犬は家族の一員です!
と言われて、違和感を持つ人は、このnoteを読んでいる皆さんの中にはほとんどいないことでしょう。
イヌを家族の一員だと考えている飼い主は、ソファに寄り添ってすわったり、イヌを自らのベッドに潜り込ませたり...。
マーケティング事業を行なっているある会社の2019年の報告によると、18~69歳の男女1,500名を対象に、「ペット」を飼っている理由をアンケート調査(複数回答)したところ、1 位は「家族の一員とし て」(49.5%)、2 位は「可愛いから」(47.6%)、3 位は「癒されるから」という結果になっています。
「犬は家族の一員」は、もはや社会通念になりつつあるといっても決して言い過ぎではないのです。
ところがです。
イヌの訓練士が運営するサイトやドッグスクールでは、未だに「どうやってイヌを従わせるか」と質問する飼い主が後をたたないという話が洩れ聞こえてきます。
でもこれって、なんだか不思議な現象ですよね。
飼い主が最も関心を払うべきは、「どうすれば犬を幸せにできるか」であって、「どうやったら犬が従うか」ではないと思うのですが。
「服従」云々の話は、「オオカミの順位」を常套句として用いるイヌの訓練士の伝統芸のようなもので、訓練士のアイデンティティーを満足させることはできても、イヌを家族の一員としてとらえることにはマッチしません。
数年前に、ある若手ドッグトレーナーと、こんな会話のやりとりをしたことがあります。
「いまだにアルファシンドロームとか言ってるトレーナーがいるけど、いった いどういうつもりなんだろうね」
「ずっと前からリーダー論を説いているベテランの人たちは、今さら宗旨替えができないんですよ」
胸に支えていたある種のわだかまりが、ストンと落ちたような気がしました。
ははん、そういうことなのか。
だからミスリードが今に至るまで延々と続いているんだ、と。
非常識が常識になる犬にまつわる誤解
ミスリードは、一つの誤解から生まれたのです。
その誤解とは、「イヌの先祖はオオカミなので、イヌはオオカミの特徴の多くを引き継いでいる。オオカミ同様に、生まれながらにして支配欲の強い動物だ」というものです。
半世紀以上前からこの考え方は一般に広まり、こうしたイヌの傾向を指して、専門用語では「アルファシンドローム(権勢症候群)」と呼ばれるようになりました。
かいつまんで言うと、こういう論調です。
「アルファ・シンドローム」(権勢症候群)とは、よく言ったものです。
華々しくインパクトのあるネーミングですね。
そして、「リーダー論」がイヌ関係の書籍や雑誌の誌面をジャックしていきます。
「イヌは人間の家族を群れとしてとらえるので、飼い主がリーダーにならなくてはいけない。その努力をサボるとイヌは頼りない飼い主に変わって、群れ(=人間の家族)のリーダーになって人を支配してやろうと考えるようになる」
体罰を助長するリーダー論
このリーダー論を下敷きにして、訓練士たちが、力説したのが次のような主張です。
こうして、飼い主がリーダーになるためには、ある程度手荒な「しつけ」も必要だとされてきました。
羽交い絞めにしてひっくり返し、力ずくで服従姿勢を取らせようとしたり、蹴飛ばしたり、チョークチェーンを使ったり......
街中でも「ボスは俺だからね」というスタンスを取ろうとする飼い主が、目に付くようになりました。
▼実際、こんなワンシーンよく見ました。
問題なのは、こうした認識がイヌへの体罰を助長するとともに、問題行動を悪化させることにつながってきたことです。
(注)アルファ・シンドロームという言葉は、訓練士だけでなく一部の学者の間でも使われていたのですが、2000年代を迎える頃から、次第に下火になっていきます。というのは、「イヌが家族に攻撃行動をするのは、オオカミの群れのリーダーのようになりたいためではないのではないか」と疑問視する意見が増えたからです。
オオカミのリーダーは、「お父さん」「お母さん」とほとんど同義
リーダー論のネタもとは、「オオカミの順位制理論」と呼ばれるもので、1930〜40年代にスイスの動物行動学者ルドルフ・シェンケルによって行なわれた“飼育されたオオカミ”の研究に基づいています。
ざっくり言えば、「オオカミ社会には、最上位のアルファから最下位のオメガまで明確な順位制があり、アルファオオカミが群れを取り仕切っている」というものです。
しかし、これには重大な欠陥があるのです。「オオカミの順位制理論」は、自然のオオカミの群れではなく、囲い地で飼育された群れの研究から導き出されたものなのです。
限られたスペースに強制的に閉じ込められたオオカミたちは狩りをすることもなく、それぞれのオオカミは常に接近状態で暮らさなければなりません。飼育者の干渉も受け、その生活は相当なストレスにさらされます。オオカミの順位性ランキングは、こうした環境で生まれたものです。
目を向けるべきは、「捕虜の」オオカミではなく野生オオカミの生態です。
近年の研究によって、野生のオオカミの群れは、家族単位で形成され、リーダーは親オオカミだということがわかってきました。
野生のオオカミの一般的な社会構造は、通常、繁殖する両親と過去2年間の子オオカミで構成され、2〜15頭の群れをつくると報告されています。
これが事実なら、オオカミのリーダーとは、「お父さん」「お母さん」とほとんど同義語だということになります。
今、これらの研究を脇に置いて、オオカミが支配性の強い動物だとしましょう。仮にそうだとしても、イヌは羊の皮をかぶったオオカミで、一皮むけばオオカミと同様に支配欲に満ちているというのは、論理的にもムリがあります。
ヒトとイヌが出会い、やがて共同生活を始めた頃のことを考えてみましょう。
従順なイヌこそ真っ先に、人間に飼われたはずです。おそらく最初は、人間のゴミ捨て場などを目当てに、人なつっこい温厚なイヌが人間の居住地に近づいたのでしょう。もし人間の家族を支配してやろうというイヌがいれば、きっと追い返されたはずです。そのようなイヌを人間が受け入れたとは到底思えません。
なぜ非常識がまかり通ったのか
ここからは、個人的な想像です。
結局、リーダー論に流し込むことが、訓練士にとって都合がよかったということではないでしょうか。イヌと人の関係やイヌの本質を歪めて単純化することで、 自分たちの「指導」がしやすくなるのです。
確信犯的にそうだとは言いません。ただ、ちょっとおかしいぞと薄々気づいていても、 リーダー論にぶら下がり続けた当事者もいたのではないでしょうか。
そうだとすれば、イヌたちにとって迷惑この上ない話です。
✳︎次回に続く(明日のあさUPします)
🔽“アルファ神話”を深掘りした英文記事を翻訳したnote。併読をお薦めします。
▪️参考サイト
Debunking the “Alpha Dog” Theory | Whole Dog Journal. November 15, 2011
Prolonged Intensive Dominance Behavior Between Gray Wolves,
Canis lupus |L. DAVID MECH,Canadian Field-Naturalist.2010
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💜『ここまでわかった犬たちの内なる世界』は8月中はお休みします。
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