「スマホ脳」を読んで
最初に.ADHD特性(特に不注意優勢型)が強い人は特に意識的にスマホ依存をできるだけ予防・脱却するべきである.
その根拠は以下の2つ.
ADHD特性が強いほどスマホ依存を引き起こしやすい
スマホ依存はADHD症状(特に「不注意」)を悪化させる
つまりADHD傾向の人はスマホ依存に陥りやすく,そのスマホ依存はADHD症状を悪化させる.このように負のループを形成してしまう.
具体的な内容を見る前に,関連のある論文をいくつか紹介する.
”The relationship between smartphone addiction and symptoms of depression, anxiety, and attention-deficit/hyperactivity in South Korean adolescents”
→韓国の青少年においてスマホ依存と抑うつ気分・不安症状・ADHD症状・性別・喫煙歴・飲酒歴などの変数との関連を調査した結果,ADHD群は非ADHD群と比較しスマホ依存のオッズ比が6.3倍となり,すべての変数の中でADHD症状が最もスマホ依存と高い相関を持つことが示された2019年の論文.
”Attention deficit hyperactivity symptoms predict problematic mobile phone use.”
→ADHD特性とスマホ依存の程度には正の相関があることを示した2020年の論文.
"Mobile phones: The effect of its presence on learning and memory"
→スマートフォンの存在は学習と記憶に対して否定的な影響を及ぼす可能性があることを示した2020年の論文.特に,スマートフォンが近くにあるだけで,注意が分散し,記憶の想起が妨げられることが示唆された.
"Smartphone addiction may reduce prefrontal cortex activity: an assessment using cerebral blood flow"
→スマホ依存で前頭前野の血流量が低下することが示された2024年の最新論文.この論文でかかれていることが正しければ,スマホ依存は不注意だけでなく多動・衝動にも悪影響を与えると考えられる.
それでは本書の内容を私なりの解釈を交えながら解説していく.
本書を一言でまとめると,①スマホにはなぜ依存性があるのか ②スマホの恐ろしさ を解説した本である.筆者はスウェーデンの精神科医(「一流の頭脳」の筆者と同一人物)である.ここ数十年で我々人間は裕福になり,物質的には恵まれるようになったのに,なぜ多くの人が不安や孤独を感じるようになったのか.この疑問に対する回答として本書を執筆した.
# 人類は現代に適応できていない
・人類はこの地球上に現れてから数百万年の内99%以上,狩猟採集民として生活してきた.私達の脳は,この一万年変化しておらず,いまでも当時の生活様式に最適化されている.
・当時は全人口の半数は10歳を迎えずに死んでいたが,現代では10歳より前に死ぬことは稀である.
・当時は積極的に食料を探さないと餓死してしまうこともあったが,現代ではカロリーを容易に摂取できる.
・歴史的に見ると,ストレスを感じる理由は主に「生存」のため.
・ストレスに対しコルチゾールが分泌されることで心拍数が上がり,筋肉に大量の血液が運ばれ,生存に有利にはたらいてきた.
・しかし,現代では簡単に餓死しないし,外敵に襲われることもほとんどないため,そのシステムは現在の環境にあっていないと言える.
# スマホは最新の依存性物質である
・我々がスマホ依存となっている原因は「ドーパミン」
・ちなみにADHD治療薬のコンサータも「ドーパミン再取り込み阻害薬」
・ドーパミンは中脳辺縁系経路(いわゆる「報酬系」)ではたらく神経伝達物質.
・報酬系では報酬を得たり報酬を予測したりすると脳内にドーパミンが分泌される.
・ドーパミンが分泌されると,快感や多幸感,意欲を感じ,行動への動機付けが高まる(=〇〇したいという気持ちになる).
・報酬と結びついた行動や刺激を学習・記憶し,将来的にその行動を繰り返す可能性を高める(連合学習).これが行き過ぎると依存症になる.若年であるほど依存症になるリスクは高いことがわかっている.そのため法律で20歳まで飲酒や喫煙が制限されている.
・サルに対し,ブザー音のあとに餌を与えるという条件付け訓練を繰り返し行うと,最初は餌を得たときに報酬系が活性化するが,学習が進むとブザー音がなった時点で報酬系が強く活性化するようになる(餌を得た際の報酬系の活性化は弱まる).この実験において,ブザーを鳴らすたびに必ず餌を準備する場合よりもランダムで準備する場合の方が報酬系が活性化する.これはブザーが鳴っても餌を得られるか不確実なため実際に餌を得たときの予測誤差が大きくなるためである.毎回餌を準備する場合,ブザーは完全に予測可能な報酬を示すため,報酬系の活性化は徐々に減弱する.しかし,ランダムな場合は不確実性が維持されるためブザーに対する報酬系の反応が維持される.
・脳にこのようなシステムがあるのは,不確実性に快感を感じることで探索行動を促進し,新たな食料源や資源を発見する可能性が高まることで,生存に有利にはたらくからである.
・この欲求はスマホで簡単に満たすことが可能になった.
・スマホで新しい情報(ニュースサイトであろうと,新着LINEやSNSのいいね👍であろうと)を得る,もしくは得られるかもしれない行動(URLクリックやLINE,Xの通知の内容確認)をとると,新しい食料源や資源を見つけるときと同じように報酬系がはたらいてしまう.
・その結果,次々に新しいものを探し求めてネットサーフィンしたり友人からのLINEを待ちわびてしまう(これがスマホ依存).
・ある心理実験では,スマホを1日6時間以上見ている人にスマホを手放させると,10分間でコルチゾール[ストレスホルモン]濃度が急上昇しはじめる.この10分間というのはギャンブル中毒の人がギャンブルを我慢できる時間と同程度である.
・人間が噂話が大好きな動物であるが,自分の話をしたり人のゴシップを聞くだけで報酬系が活性化することがわかっている.これは,人類が原始時代,噂話を利用することで生存確率が上がる時代を過ごしてきたからである.実は狩猟採集時代は餓死や伝染病,外敵に襲われるよりも親などの人間に殺されることが多かった.その証拠に当時の死骸を見ると10-15%の頭蓋骨の左側にくぼみがあり,これは右利きの人間に石で殴られた証拠とされている.農耕時代では集団生活をするようになり,人間に殺される割合が20%程度まで上昇した.50-150人程度の群れの中で誰を「間引き」したほうが集団の生存に良い影響を与えるか考えるために編み出した方法が「噂話」なのである.
・つまり噂話は生存における最重要情報であった.
・自分がどんな人物かアピールしたり他人のゴシップ情報を欲することはいわば「生存本能」
・SNSでゴシップを拡散したり自分のことを発信したりするのは生存本能に従った行動と言えるが,現代では人に殺されることは非常に稀であるためその本能に従う必要はないのである.
・このようにしてスマホは我々の脳を"ハッキング"している.
# スマホの有害性
・「マルチタスク」:なにかひとつに集中しすぎずいろいろな物事に注意を分散させることは生存には有利なので,マルチタスク中には報酬系が活性化されるように人間の脳は進化した.そのため快感・達成感を得やすいが,実際にはマルチタスクでは集中力が落ちており,作業効率や学習効率,生産性が落ちていることが実験で示されている.
・大学生500人を対象にした実験で,サイレントモードのスマホをポケットに入れている集団とスマホを教室に持ち込ませなかった集団を比較すると後者の方がテストの点数が高かった.つまりスマホはポケットの中にあるだけでも集中力を奪う.
・スティーブ・ジョブズは自身が開発したデバイスの危険性をよく理解していたため,自分の子供にはスクリーンタイムを厳しく制限していたことがインタビューでわかっている.
・この世界で1番最初に「like機能」を開発したローゼンスタイン氏は「ユーザーをfacebookに引き込むには良い機能であったが,ユーザーの生活を考えると少しやり過ぎた」という旨の発言をしている.
# スマホ依存を予防・脱却するには
・「とにかく運動をしなさい」
・運動はスマホによって生まれるストレスも軽減するし,スマホ依存で問題になる集中力も高められる.
終わりに.運動だけでなく,スマホの画面をモノクロに設定したり,通知をOFFにすることもスマホ依存に効果があるとされており,私はここ数日実践してみている.また,スマホ依存症の問題としてブルーライトによる睡眠障害が挙げられる.こちらも可能な対策を講じていきたい.
飲酒や喫煙のようにスマホの利用も法律などで禁じる必要があるのではないかというのが私の本書を読んだ感想である.
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