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アゾ染料の脱色

 アゾ染料の合成は有機化学の理解に重要であり,「化学と教育」誌において、たびたび解説されてきた[1-3]。一方,合成したアゾ染料を脱色する実験も紹介されており,金属と酸の反応にpH指示薬を入れていたところ,指示薬の色が消えてしまったことが出発であるという[4]。しかし,アゾ染料の「合成」反応の方については化学反応式で学ばれるのに対し,「脱色」反応がどのような化学変化であるかは,文献[4]には示されておらず,不明であった。

 筆者による文献調査によれば,金属M(Fe⁰)とアゾ化合物Ar─N=N─Ar’は,次のような酸化還元反応①,②を起こす[5,6]。

M → Mⁿ⁺ + ne⁻ ・・・①

Ar─N=N─Ar’ + 4H⁺ + 4e⁻ → Ar─NH₂ + NH₂─Ar’ ・・・②

(M=Fe⁰,Ar,Ar’=アリール基)

 なお,反応物であるアゾ化合物は,酸性水溶液中で,アゾ基がプロトン化されたアゾニウムイオン,生成物のアニリン誘導体もアンモニウムイオンとの間で化学平衡の状態にあり,加えて,反応式②においては中間体としてヒドラゾ化合物(─NH─NH─)が生成する可能性にも,留意するべきである。

 かつて,タオル産業が盛んな地域で排出されるアゾ染料を含む染色廃水を微生物により脱色処理する研究が,高校生によって行われている[7,8]。よってアゾ染料の脱色反応機構の理解は,有機化学への理解を促しうるのみならず,環境問題等の探究活動の指導にあたっても有用であるだろう。あるいはまた,アゾ染料の脱色が還元反応であることに鑑みれば,電気化学的手法によってアゾ染料を脱色する簡便な実験系を確立することができるかを探究することは,今後の効果的な電気化学の演示実験の教材開発への可能性を感じさせる点で,興味深い。

参考文献
1) 土屋 徹, 冨永和行, 化学と教育 1998, 46, 246.
2) 今井 泉, 化学と教育 2002, 50, 114.
3) 桂田和子, 化学と教育 2018, 66, 392.
4) 吉本千秋, 大町忠敏, 佐藤秀子, 化学と教育 1995, 43, 314.
5) J. Cao, L. Wei, Q. Huang, L. Wang, S. Han, Chemosphere 1999, 38, 565.
6) S. Nam, P. G. Tratnyek, Wat. Res. 2000, 34, 1837.
7) 新田剛史, 神谷翔平, 飯尾香那美, 菊川雄貴, 井原進一, 日本微生物生態学会講演要旨集 2007, 23, 113.
8) 井原進一, 化学と教育 2014, 62, 244.

『アゾ染料の脱色・銅 (Ⅱ) 錯イオンの構造・有機反応機構』(理科福岡, No. 52-53, 10-13, 2022)



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