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人事とは。能力、調和、好き嫌い

私のスイスへの異動と後任人事が半オフィシャルにアナウンスされました。

“半” というのは、社内のみの発表で、取引先など社外へはまだ周知していません。顧客やサプライヤーへは現地を訪問して直接伝えたいですからね。
 
この社内アナウンス後、さっそくいろいろな動きがありました。
私の後任となるキャンディは落ち着いていますが、彼女以外の部下たちが動揺し始めました。
 
現在、私の直属の部下にはキャンディの他に 3人の Manager がいます。
3人とも香港人のローカル社員で、それぞれ有能です。

クリス (Finance & Controlling Manager)
41歳・男。
財務・経理業務全般のほか、内部統制、FP&A、監査など経験豊富。
当社(5社目)での勤務歴 5年。
口が達者な仕切り屋タイプ。社交的で人間関係構築スキルが高い。

アリー (Tax Manager)
37歳・女。
税務のエキスパート。制度会計にも強い。Big 4 での勤務経験あり。
当社(5社目)での勤務歴 4年。
勉強家でハードワーカー。オモテには出さないが、負けず嫌い(たぶん)。

ケルヴィン (Finance & Treasury Manager)
35歳・男。
何でも器用にこなすオールラウンダー。公認会計士の資格を保持。
当社(3社目)での勤務歴 2年半。(私が採用した)
控えめな性格。地アタマ良し。毒にも薬にもならない愛されキャラ。

このようなそれぞれに魅力的な猛者がいるなかで、私はあえてキャンディを次の CFO に推挙しました。
 
キャンディは、ウェルズ・ファーゴ銀行とウォルト・ディズニー社での勤務経験がありますが、他の 3人と比べれば、スキルも経験も未熟であり、また最年少(33歳)です。
クリスと真逆で、社交性は低く、かなり口下手です。
アリーのような、誰にも負けない専門性があるわけでもない。
ケルヴィンのような、公認会計士等の資格も持っていません。

4人の Manager のポジショニングマップ

私の後任はスイス本社からの expat が赴任してくるパターンが通例ですが、私はそのような人事に反対してきました。
グローバル企業は、本社の社員を expat(駐在員)として現地法人のマネジメントに配置する、という慣行を繰り返してきました。
これは、現地に適格な人材がいないことを前提とした仕組みです。実際に、そういう国は 2022年現在でも存在します。しかし、ここ香港は違います。
グローバル企業のマネジメントを担える人材がゴロゴロいるのです。
 
多くのグローバル企業が香港にアジアリージョン HQ を置いています。
そこでは、経営層を expat が占め、その下に香港ローカル社員がいる、という構造がいまだに残っています。こんなバカげた話はない。
 
私は、この CFO というポジションを香港ローカル社員に後継させたい。
組織をローカライズしたいのです。
 
この考えを公言してきたので、私の後任が expat ではなく香港ローカル社員になることは、あまり驚かれません。
香港ローカル社員でいいのなら、後任の CFO はクリスが順当。とクリス自身も周囲も想定していたでしょう。サプライズとしてアリーの線もあるかも、くらいに。
 
大方の予想に逆らって、私はキャンディを選びました。
なぜか。
 
サーバント型のリーダーに最もふさわしいと考えたからです。
サーバント・リーダーシップ。手垢のついた言葉ですね。
でも、私が考えるそれはだいぶ違います。
コンサルなどは、共感力だの概念化だの先見性だのと、小難しいことを言うものですが、私が求めるのは空気のようなリーダーです。
 
基本的には何もしなくていい。人々はその存在にすら気づかない。しかし、いなくなったらみんなが困る。誰も知らないところで静かにみんなを支えている。
 
そんなのリーダーじゃない。と思われるかもしれません。
“リード” していませんからね。
多くの人が描くリーダー像とは、チームの先頭に立ち、強い力でメンバーをぐいぐい引っ張っていく、パワフルなリーダーでしょう。
私が作りたいのは、そういうタイプのリーダーを必要としないチームです。
クリスもアリーもケルヴィンも、十分な能力と意欲を具え、目指すべきゴールを知り、自分がやっている仕事の意味を理解し、セルフマネジメントできる人たちです。一人ひとりがリーダーなんです。彼らをリードする上司など不要です。
 
キャンディは、彼らをリードしようとは考えないでしょう。
彼らの上司になっても、彼らに干渉したり管理したりはしないでしょう。
各々が得意とする仕事を好きなようにやらせて、誰もやりたがらない仕事を自分が黙々と片づけるでしょう。
こんなことができる CFO は、キャンディしかいません。
 
社内アナウンスの翌日、クリスが私のオフィスにやって来ました。
その 2日後、アリーが来ました。
想定していた人たちが、想定していたとおりの順番で来ました。


昨晩、人事部長のティファニーを食事に誘った。
前回の飲み会ミーティングでは、ティファニーがジャッキー・チェン愛用の広東料理店を選んだ。
今回は、私が日本人愛用の海鮮居酒屋を選んだ。
ティファニーはイギリス人だが、大の日本食好きなのである。

いつものように、カネ絡みの情報とヒト絡みの情報の等価交換を済ませて、他愛ない雑談をしながら、ほどよく酒が染みわたったところで本題に入る。
 
「私の後任人事が発表されてから」
と、私が言い終わらないうちに、ティファニーが言った。
「で、誰が辞めそう?」
 
私「クリス。あと、アリーもかな」
ティファニー「でしょうね」
私「キャンディの下では働けないらしい。キャンディは最もラクな上司だと思うんだけどなぁ」
 
ティ「彼らの学歴に気づいてた?」
私「学歴?」
ティ「クリスとアリーは、UK の大学を出てる」
私「ああ、知ってる。で、ケルヴィンはたしか・・・」
ティ「香港科技大」
 
香港科技大学といえば、香港でもトップクラスの大学だ。
 
ティ「キャンディは、こう言っちゃなんだけど、香港の中堅クラスの大学を出てる。UKの大学を出て UKでの勤務経験もあるクリスとアリーにとって、香港の大学を出て香港でしか働いたことのないキャンディの下で働くことは耐えられないんでしょ」
 
私「じゃあケルヴィンは? 香港科技大のプライドがあるのでは?」
ティ「ケルヴィンは、キャンディと同じ香港ドメ組だからノープロブレム。それに、上司が格下の大学出身のほうが、劣等感をもたなくてすむ」
 
なんか、いろいろ腑に落ちた。
 
ティファニーは、器用にお箸でエイヒレをつまみながら言った。
「ねぇ。念のために訊いていい? どうしてキャンディなの?」
 
きた・・・。
超さりげないふうで、超ストレートな直球を投げてくる彼女のスタイルだ。
 
ティファニーに対して私は言葉を弄する気などない。
ひと言で打ち返したかった。
 
「キャンディが好きだから」
 
ティファニーは、一瞬かたまったが、すぐに笑みを浮かべて言った。
「ごめん。バカなこと訊いたね(微笑)」
 
ティファニーの目を見て、私の答えが “変な意味” に受けとられていないことを確認した。


私「クリスは引き留めなくていい、と思ってる」
ティ「ケルヴィンを育成するいい機会?」
私「そのとおり。クリスの仕事をそっくり引き継いでガバナンスをマスターしてもらう」
ティ「クリスより、ケルヴィンのがポテンシャルは高いと思うよ」
 
よく見てるねぇ・・・上司でもないのに。
 
私「問題は、アリーだ」
ティ「アリーの代わりはいない」
私「そうなんだよ。リクルートしてもいいけど、時間がかかるのはマズい。タックスを空席にはできない」
 
ティ「アリーと話したんでしょ? どんな反応だったの?」
私「現職に不満はないが、”キャンディボス” は納得できないそうだ。考えさせてほしいって。『あなたが何か考えてください』のようにも聞こえたな」
ティ「脈がありそうね。Retain しましょう」
私「どうやって?」
ティ「アリーのレポートラインを変える。CFO のキャンディではなく、本社のグローバルタックスに直接レポートさせるのはどう?」
私「なるほど。本社人脈も作れて一石二鳥か。アリーに打診してみよう」
 
ティ「空いた Manager のポジションはリクルートする? 外資がずいぶん exit したから、今のマーケットは良材を選び放題よ」
私「いや、Associate を昇進させる。キャンディが決めたカタチにして」
 
ティファニーが、にやにやしながら私を見た。
「あなたは、本当にキャンディが好きなんだね(笑)」
 
何か言おうとする私を、ティファニーは手で制した。
「わかってる、わかってる。”そういう意味” じゃないってことくらい」
 
 
お箸を置いたティファニーが初めて真剣な顔になった。
「People & Culture の Director としては、言うべきことではないのかもしれないけど、今夜はプライベイトってことにして、言いたくなった」

好きな部下を推挙する。好きな部下のためにいろいろ配慮する。
それは人間として当然の感情だし、それでいい、というのが私の考えです。
あなたはクリスがあまり好きじゃない。
キャンディが一番好きで、二番目に好きなのがケルヴィン。
アリーは好きでも嫌いでもなくて、ただ仕事の腕を買っている。
あなたは自分が去った後のチームを、あなた好みに作ろうとしている。それはあなただけがもつ特権だと私は思う。
 
日本のことわざを知っています。
タツトリ・・・アトヲ・・・ニゴサズ
 
その本当の意味が、今日わかった気がします。

Tiffany

ティファニー。今夜はもう少し呑もう。


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