「庭」を作り、SNSプラットフォームを「内破」しよう。~2024年の振り返りと2025年の抱負
2024年、個人の振り返り
2021年に福島県浪江町に移住、昨年は、宝島社の「住みたい田舎ベストランキング(人口1万人未満の町)」で浪江町が総合第一位に選ばれました。原発事故で全町避難となり、居住人口は震災前の約21000人に対していまだ約2300名、面積の8割弱がいまだ帰還困難区域という町が「最も住みたい」町になるというのは奇跡のようですが、これもひとえに浪江の方々が諦めずに町を取り戻そうと取り組んできた努力の賜物です。
そんな浪江町での私自身の活動も、4年間で少しずつ形になってきました。
<NoMAラボ>
NoMAラボでは、浪江町の住民が残したい記憶と創りたい未来をヘラルボニーの手によって屋外アートにして町中に飾っていく「なみえアートプロジェクト」を手掛けてきましたが、昨年、第五弾が完成、計10枚の色鮮やかなアートが浪江町を彩っています。そしてこのプロジェクトがソーシャル界のオリンピック的な位置づけになりつつある「SDGs岩佐賞」(芸術・スポーツ部門)を受賞しました。(昨年、東の食の会でも同賞の農林水産・食部門を受賞させてい頂いており、2度目の受賞ありがたい限りです。)
<驫(ノーマ)の谷>
2023年に相馬藩の「殿」と浪江町の避難指示が解除されたばかりのエリアで立ち上げた、人と馬と自然とが共生するコミュニティ「驫(ノーマ)の谷」は、250名ほどの方々が会員として参画下さり、拠点づくりを行ってきましたが、放牧場と厩舎が完成、昨年末についに馬たちを迎え「ノーマ・ホースヴィレッジ」を開園しました。乗馬やホーストレッキングを楽しめるほか、ホースマンシップ講習、ホースセラピーを受けることもできます。
<東の食の会>
東の食の会では、浪江町で「なみえ星降る農園」を運営してきましたが、昨年、恵比寿のフレンチビストロ「ダルブル」がこの浪江町に出店して下さり(浪江町初の洋食店)、当農園の食材を使った料理を出してくれるという夢のようなことが実現しました。また、福島での食のブランドづくりに加えて、能登の食や伝統工芸の生産者が共に学びながら広域コミュニティを創り、東北の生産者コミュニティとつないでいく「のとのもんキャンプ」を開始しました。9月の豪雨災害で中断を余儀なくされてしまったのが悔しいです。
<Purple Carrot>
米国では、ヴィーガン食のミールキット宅配「Purple Carrot」の取締役を担っていますが、コロナ後の落ち込みを乗り越えて、昨年、再び成長軌道に乗せることができました。
2025年の抱負:「庭」を作り、SNSプラットフォームを「内破」しよう。
昨年末、”馬と共に生きる庭”というタグラインの「ノーマ・ホースヴィレッジ」の開園直前に、宇野常寛さんの『庭の話』が刊行されました。『遅いインターネット』で注目していた宇野さんの新刊、そして「庭」という言葉の重なりに、すぐに購入しました。(我々は文字通りの「庭」の意味で使っており、本書での比喩としての「庭」ではありませんが。)インフルエンザにやられた年末年始の寝床で、そんなに簡単ではない内容ですが、知的興奮が止まらず一気に読み終えました。
本書は、タイムラインの潮目を読み肯定的コメントと否定的コメントのどっちが有利かだけをジャッジする「相互評価による承認の獲得ゲーム」に堕したSNSプラットフォームにどう対抗するか、もしくは「内破」するか、を主題とします。
要約はご本人の解説に譲りますが、このSNS支配の世界への危機感を鋭く言語化し、ありきたりの評論ではなく、圧倒的な知を背景に緻密な理詰めで骨太な解決策を提示するその迫力にやられました。
本書で提示される解決策が「庭」です。ここでの「庭」は、「家」(共同体)という関係の絶対性の外に設けられるが私的な場、でも半分だけ公的なものに開かれている場、です。(「庭」的な場の例として真っ先に出てくる高円寺の「小杉湯」のような場所、というのが一番わかりやすいでしょうか。)
それは、自分がいろんな地方で見てきた希望、すなわち、守旧的・封建的な「共同体」を脱したフラットで自由なコミュニティが、地域で自らの手で新しくオモシロい場を作り出している様々な取組とシンクロします。それは北海道の上川町、東川町、秋田の男鹿市、五城目町、宮城の女川町、石巻市、熊本の南小国町、…(略)…、そしてこの福島浜通り地域。今、至る所で、SNSプラットフォームに対抗しうる「庭」的な場が生まれ始めています。
本書がもう一つ強調しているのが、「制作」です。(これはハンナ・アーレントが『人間の条件』で提示したLabor、Work、Actionの「Work」に当たるもの。人工物を造り出す営みのこと。)「制作」を通じた世界への関与がもたらす快楽によって、人は、グローバル資本主義市場からの「評価」でも、共同体からの「承認」でもない、第三の世界との関わり方を見つけることができると。これは、浪江に移住して、なみえアートを作り、なみえ星降る農園を作り、「ノーマの谷」でみんなと拠点作りをして「ノーマ・ホースヴィレッジ」を作ってきた楽しさと完全に一致します。
本書によって、我田引水かもしれませんが、これまでこっちに答えがあると走ってきた方向性に強い後押しをもらった心持です。正直、本書を理解しきれていない部分も、多少違和感を覚えた部分もありますが、自分は思想家でも評論家でもなく、実践者。そこを論評しているよりも、大きな方向として勇気をもらったので、とにかくアクションを加速させようと思いました。宇野さんも言っているように、「庭」をたくさん生み出すことが大事。世界と直接関わることができ、SNSの「相互評価による承認の獲得ゲーム」が相対化されるような場を。私がSNSより浪江での暮らしの方がよっぽど面白いと感じているように。
リアルの世界ではリアルの戦争が続き、スマホの中の世界は承認獲得ゲームで分断が続きます。それを嘆くのでも、誰かに石を投げるのでもなく、みんなでそれぞれの地域で、それぞれの「庭」を作りましょう。そして「制作」しましょう。もしくは、この浪江のフロンティアの”馬と共に生きる庭”「ノーマ・ホースヴィレッジ」で馬と戯れながら、一緒に「ノーマの谷」を作りましょう。
一度ゼロになった町が、世界に開かれた「庭」となり、世界の希望となる日を夢見て、今日も「制作」を続けます。
2025年 元旦
高橋大就