【組子】飛鳥時代から続く伝統技術が現代アートに昇華するまで
正確に薄く切られた木片を、釘を使わず組み上げていく木工技術「組子」。この伝統技術を、デジタル化とデザインの力によって現代にも通ずる作品にまで昇華させた株式会社タニハタ。その代表である谷端信夫氏に「組子職人」という仕事についてお話をうかがいました。
職人さんのお仕事は、どのように1日を過ごしているのか気になります。
出勤してまずは掃除、整理整頓、道具の手入れ。こういうところに昔ながらの職人的な部分は残っています。先輩職人が来る前には必ず終わらせておく、とかですね。
それから作業に移っていくわけですね。
はい。ケースバイケースではあるんですが、最近は大きな物件が多いので、何人かの職人でチームを組んで進めることが増えました。
まず「木取り」という作業から行います。これは、荒削りな木材から組子に使用する部分を選別し削り出す作業で、主にベテラン職人がやっています。組子仕事は「木材選別の仕事」と言っても過言ではありません。
曲がった木材を省くのは簡単ですが、これから曲がりそうな木材を省くのが難しい。その目を鍛えるにはやはり何年も必要なので、ベテランの目が重要になるというわけです。
若い職人さんはどのような役割なんですか?
「葉っぱ入れ」と呼ばれる、「地組」という土台の枠の中に、文様部分の「葉組子」を入れていく作業がメインです。葉っぱ入れは細かく根気のいる作業なので、若い職人達による緻密な作業と体力が重要になります。
ベテランになってくると、私もそうですけど、老眼で細かい傷や隙間を見落とすんですよ(笑)。
そうなんですね(笑)。確かに、組子の文様はかなり細かいです。
隙間、凹凸、傷、接着剤のはみ出しなど、そういった問題のある部分は組み付けしながら、ひとつひとつ細かくチェック。その結果、ここ10年ほどで相当レベルが高い組子製品をご提供できるようになったと思います。
職人さんたちが、技術を磨くコツのようなものはあるんでしょうか?
組子細工は、住宅の和室にある小さな建具の飾りに使用されていた技術だったのですが、最近ではホテルや駅、空港、商業施設など大空間への納入が増えています。
住宅の小さな面積を制作するのに比べて、ホテルなどの大きい施設になると数百枚も作ることがあり、1枚のサイズも3000ミリを超えるようなものも珍しくありません。デザインも華やかなものを要求されます。
こういう現場が続きますと、作業が野球で言うところの1000本ノック状態になり、選手はかなり鍛えられます。
端から見ると組子の職人作業は、淡々と同じ作業が続いているように見えます。しかし、使用する木は天然のもの。金属などの素材と異なり1つ1つが微妙に違い、葉っぱを入れるマス目も0.1ミリ単位で変わるので、隙間ができないよう常に目配りしながら金槌を1日打ち続けなければなりません。
本当に気力と根気のいる作業です。この間も女性職人の1人がこんなことを言っていました。
職人の悟りの境地ですね。 組子細工は、精神性の高い仕事で、仕事への姿勢がそのまま品質につながります。木材を選ぶ目はベテランが持ち、仕上げのスキルとセンスは若い職人。ベテランと若手の仕事が相まって、仕事の高みを目指せるようになったのです。
「良い木材」にはどんな特徴があるんですか?
まずは木がしっかり乾燥していること。そして木目が、細かく詰まっててスッと切れていない素直な目が望ましいです。色味も重要です。赤い部分(赤身)は堅く、成長が止まった部分。白い部分は成長中の若い部分なので、柔らかく品質が安定しない。この赤い方(赤身)を中心に、組子の材料として使用します。
ちなみにこの赤白が混じっている木材は、源氏(白旗)と平家(赤旗)から取って「源平材」と言うんですよ。
名前が洒落てますね…。
道具の手入れは職人さんご自身で管理するんですか?
手入れもそうですが、自ら道具を作ってもいます。「葉っぱ入れ」で使う金槌の柄なんかは、各自の手作り。太い黒檀や、けやきのような高級木材でも自分好みに選んで削って使っています。
「黒檀だと重くない?水に沈むような木だよ。」と私が聞くと「この重さが私には丁度いいんです。」と言われたりします(笑)。
このように道具には深いこだわりがありますし、職人の個性が出る部分でもあるので、社内に昔の職人が使用した大工道具も展示して、いつでも見られるようにしました。昔の道具からは「どうやったら仕事が上手く、早くなるだろうか。」と職人たちが悩みながら工夫している部分も見て取れます。
機械化が進み、道具を使う機会は減っていますが、職人の基本でもありますので、ここは大切にしたいと思っています。
タニハタさんには、若い職人さんも女性の職人さんも多くいらっしゃることに驚きました。
社員の男女比率はちょうど半々です。昔ながらの伝統工芸のイメージで来る方は、もっと高齢の男性達が働いていると思ったと驚かれますね。
年齢・性別に関係なく、今はもうそれぞれのメンバーがいないと仕事が成り立たない職場になりました。ジェンダー平等と世間では謳われていますが、そうでなけければモノづくりができない時代になったと痛感します。
お陰様で、少しずつ若い方も志願してきてくれるような職場になりました。
注文があった際に、設置される場所への事前視察には行きますか?
年間で600件ほどのご注文をいただくので、全ての現場には行けませんが、ホテルなどの大きな物件は必ず事前に現場確認をします。
ホテル雅叙園東京さんの時は、リノベーションで解体中の時から現場を見に行かせてもらいました。図面だけだとなかなかイメージも膨らみにくいので、視察で少しでも情報を増やし精度を上げていきます。
建設業者さんとはどのような関係性になるんですか?
建設業界はピラミッド構造になっていて、ざっくり言うと一昔前までは、施主→設計→建設会社→工務店→建具屋・家具屋のように、発注が来る1つ上の階層としか取引がなく、そこにしか売り込みもできなかったんです。
そこへ登場したのがインターネット。これによって設計業者や、施主さんから直接オーダーが来るようになりました。こちらとしても、一気にキーマンにPRできるように変わったんです。地域の制約もなくなり、海外からオーダーをいただくことも増えました。
海外にも展開しているんですね。
最初のきっかけは2012年のニューヨークでの展示会。その時にスイッチが入りましたね。日本の伝統文化、文様や木材、職人の仕事ぶりを海外の方がどう受け止めるのか。これを目の当たりにできたのは素晴らしい経験でした。展示していた”かんな”を「美しい!」と言って持って行こうとする人もいましたし(笑)。
一緒に行った若い職人は、実は最初「興味がないからニューヨークなんか行かない」って断っていたんです。それが帰り際には「社長、帰りたくありません!」という変わりようで。「職人は、井の中の蛙になってはいけない。もっと海外に連れ出さなければ…」そう考えるようになりました。
それからイタリア、フランス、ドイツ、シンガポール、1人で海外に行くのではなく、必ず職人を連れて海外の現場や展示会などを見るようにしています。
組子は置き場所によってもデザインが変わるんですか?
谷端さんの後ろに飾ってある組子のように背景が単色のものや、仕切りとして設置される場合は向こう側が透けて見えるものもあります。
空間と空間を仕切る場合は、どの位置に置いてどのくらい透けるかというのは入念に考えられています。オーダーが「向こう側が少し見えた方がいい」くらいの抽象度な場合もある。そういう時は、マス目のサイズとサンプルをお貸しして、実際の場所で見てみて調整します。「組子」がその空間でどう生きるかは非常に重要です。
「組子」が空間で機能している例としては、在インド日本国大使館に納入した組子なんかがそうですね。インドと日本の協調・繁栄・平和を祈念していることに加えて、お客様がいらっしゃった時の記念撮影をする場所、和を想起する場所としても役に立っているそうです。
組子を、建物の象徴となるような目を引くようなポイントとして設置するのは、実は今までありそうでなかったジャンル。元々、「組子」は和室のほんの一部品でした。それが製品になり、商品になり、作品にまで昇華していったのです。
オーダーメイドの「美術組子」は、どのようにデザインを決めていくのでしょうか?
お客さまによって様々です。過去の施工例を見て「これと同じような感じにしてほしい」とご要望をいただくもありますし、「東京の上空から見る風と雲のイメージで製作してほしい」といった漠然としたオーダーの時もあります。
どのようなデザインにするかの打ち合わせに4ヶ月以上かかって、製作には約3ヶ月かかることもあり、我々は製造業なんですが、どんどんサービス業のようにもなってきていてると感じることがあります。
伝統的な技術に携わる仕事でも、業務内容、職場環境、働き方など様々な面で、絶えず変化し続けています。
▼職人さんにもお話を聞いた後編はこちら
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(写真:コウイッセイ)
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