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なにも茶阿流豆参世って表記しようって言ってるんじゃないんだ。

イギリス国王エリザベス二世が2022年9月8日96歳で崩御された。と同時に女王の第一子であるチャールズ皇太子がチャールズ三世として新国王に即位することが決定した。そのニュースは世界中で大々的に取り上げられ、私の住むチェコ共和国も例外ではない。女王崩御が報じられた後は、私も英王室のニュースを(そんなに熱心ではないが)ちょこちょこ読んでいる。

チェコでの報道を目にして、すぐに「おや?」と思ったことがある。

「エリザベス二世崩御、チャールズ皇太子がカレル三世として即位」とある。

今までチェコ語の文中でも「Charles」と書いていたものを、国王になったとたん、Charlesに相当するチェコ語名「Karel」になっている。

このヨーロッパ内で語源が同じで言語によって少し、もしくはかなり言い方が変わってくる名前の数々。今は慣れてしまってほとんど忘れてしまっていたが、よい機会なので、これまでの気づきなどを少しまとめてみようと思う。
面白い記事になるかどうかはまったく保証できない(いつも面白さがビミョーなんだった、そういえば。)
ちなみに本記事での「名前」は一人一人の個人に付けられる名前、英語で言うFirst nameのみを指しており、名字は含まれない。

名前の語源

日本にいたときから、「ヨーロッパ諸言語では言語によって同じ名前の読みや綴りが変わったりする」ということは意識していた。主にラテン語をもとに訳されている聖書の登場人物などは良い例だと思う。イエスは英語になるとジーザスなんだと知った中学生の時の違和感は忘れることができない。(ただし調べてみると、聖書の日本語翻訳はたいへん複雑な過程を経ており、一概にラテン語のJesusをカタカナ表記にした、とは言えないようである。ちなみに、イエズス会の「イエズス」がイエスのことだとは私は高校生まで知らなかった。)

新約聖書の登場人物を例に続けてみる。
有名どころは使徒のペトロとパウロだと思うが、ペトロは英語名Peter、フランス語名Pierre、チェコ語名はPetr。パウロは英語名Paul、フランス語もPaul、チェコ語はPavel。
ペトロのほうはギリシャ語由来で、パウロのほうはラテン語由来だそうだ。(ちなみにペトロのラテン語表記はPetrus、パウロはPaulusで、どのような流れで日本語訳がこのバージョンになったのかはやはり複雑な背景があるのだろう。)

チェコ語の名前の語源は主にヘブライ系、ギリシャ系、ラテン系、ゲルマン系、ケルト系、スラブ系、その他の由来に分けることができるらしい。スラブ語由来を除けば英語やドイツ語のゲルマン語族やフランス語イタリア語などのロマンス語族にも該当する各国語独自の名前を見つけられるだろう。

余談だが、こういった伝統的な名前はカレンダーに「名前の日」が表示されており、その日の名前に該当する名前の友達や知り合いがいると、お祝いを言ったりプレゼントを贈ったりする。「名前の日」は言わば第二の誕生日のような存在。よって、365日に表示できる名前の数(たいてい毎日二つくらい書いてあるが、名前のない日もあれば時代錯誤で使われていない名前もある)ということで、バリエーションは少ない。同じ名前の知り合いはけっこうすごい数になる。最近では子供にカレンダーにない外国の名前を付ける親もいるらしいので、これからは変わってくるかもしれない。

王様の名前

プラハの観光名所の一つとして有名なカレル橋。神聖ローマ帝国皇帝カレル四世にちなんでつけられた名前である。彼は日本の世界史では「カール四世」と表記されていると思う。KarlはKarelに相当するドイツ語名だ。神聖ローマ帝国の皇帝なのに、チェコ人は彼のことを「チェコの皇帝」であるかのように話す。出身もチェコだし、実際チェコ(ボヘミア)の王にも就任していたのだから当然かもしれない。そもそもチェコスロバキアが独立国家となったのは1918年のこと。チェコとスロバキアが解体したのは1993年。チェコ人にとっての自国の歴史の学習は「チェコという独立国家で何が起こったか」というより「今のチェコ共和国のある土地で何が起こったか」を学ぶものだととらえたほうがいいのだろう。当然と言えば当然だが、日本のような島国で他国の王朝に支配されるといった過去のない国で母国史として日本史を学んでいると、この概念は新鮮だ。

またかなり脱線しはじめたが、何が言いたかったかというと、彼らが誇る自国の皇帝なのだから、カール四世を母語での呼び方カレルにしてしまうことも外国人である私でも抵抗なく受け入れることができた、ということ。

しかし、チェコでの生活が長くなるにつれて皇帝・国王の名前の入れ替えはKarl・Karelに留まるわけではないことに気がついた。

もうずいぶん前のことになるので、いったいいつ頃気がついたのかは今では定かでないが、ある時ニュースの中で「Alžběta II.」という表記に出会った。どうもイギリスの話らしい。カレル四世のおかげで皇帝・国王の何世というのには序数詞が使われるのは学習済みだ。イギリスの話題で、druhá(二番目の意味で、女性形)が付くのは…はっ、もしや…!
そこで初めて英語のElizabethに相当するチェコ語名がAlžběta(カタカナにしてみると「アルジュビェタ」が妥当か)であることを知った。

へええ、イギリスの、しかも現代を生きる王様にもチェコ語名をあてはめちゃうんだ、とかなり驚いた。
一つ気が付いてしまうと、あとは芋づる式に(?)押し寄せてきた。

フランスのルイ14世はLudvik XIV.、イギリスのヘンリー八世はJindřich VIII.、オーストリア帝国のフランツ・ヨゼフ一世はFrantišek Josef I.等々。
すべて前述したとおり、語源が同じ名前のチェコ語バージョンをあてはめている。
この程度の知識が身につくと、Karel Velký(大きいカレルの意)がカール大帝を意味していることくらいは予想がつくようになった。

70年ぶりの新国王

長くなってきたが、やっと冒頭のイギリス新国王の話題に戻る。

今回、チャールズ皇太子がカレル三世になる、というニュースにひるんだのは、何も外国人の私だけではない。
チェコ人も同じようにすんなり受け入れたわけではなさそうなのだ。ニュースでは当然のように「イギリス新国王Karel III.」なんて書いてあるが、今までさんざんCharles(チェコ語読みをしてしまうと差し詰め「ハルレス」となるが、チェコ語の文中でも英語読みをしていた)と呼んでいたのに、王様になるとKarelなのは、なぜ?と。

それに関しては言語学者とのインタビュー記事まで出てきた。

言語学者の解説によると「歴代、皇帝・国王などの国家元首はチェコ語での表記ではチェコ語に翻訳してきた。歴史に名を遺すのだから、これまで通り国王の名前は翻訳するのが当然である」ということらしい。

そうか、あれは「翻訳」だったのだ。それまで「相当するチェコ語名をあてはめている」と表現していたが、「翻訳」と言われるとまったく印象が変わってくる。

しかも今までエリザベス女王のチェコ名表記は何の抵抗もなく使ってきていたのだ。学者の目から見れば「当然のこと」なのだろうが、70年は長い。皇太子となってから今までずっとチャールズと言ってきた海の向こうの人物をいきなりチェコ語名で言い表さなければいけない、ということに違和感を覚えても無理はないと思う。

終わりに

長々書いてきたが、はたして分かっていただける内容になっているのだろうか。随分と独りよがりな記事になっているような気がしてならないが、今回の英国女王崩御のタイミングで急にこのテーマをまとめてみたくなってしまった。

ここまでお読みくださった方、お付き合いくださりありがとうございました。
そして、改めてエリザベス女王のご冥福をお祈り申し上げます。


おまけにクイズ。
František Xaverský(フランチシェック・クサヴェルスキー)、誰だかわかりますか?私は初めて知った時「へえ~」となりました。
ヒント:王様じゃありません。


答えは絵の下。


答え。
フランシスコ・ザビエル



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