『吾妻鏡-鎌倉幕府「正史」の虚実』藪本勝治[著]中公新書
まだ記憶に新しいNHK大河ドラマ、「どうする義時」もとい『鎌倉殿の13人』。
その脚本作成にあたって、三谷幸喜さんがベースとした歴史書が『吾妻鏡』です。
その『吾妻鏡』について書かれた『吾妻鏡ー鎌倉幕府「正史」の虚実』(中公新書 2024年)を読みました。
『吾妻鏡』とはどのような書物か
鎌倉時代の公式記録としての『吾妻鏡』
『吾妻鏡』は、鎌倉幕府による歴史書、武家政権による日本初の公式記録と言われる文書です。
扱っている時期は、源頼朝が挙兵した1180年前後から元寇の手前までの約80年間。
鎌倉時代の開幕から中期までをカバーしています。
記述の形式には漢文の編年体を採用し、正式な記録を意識して作られました。
しかも、公式記録の体裁をとりながらも、(特に草創期にあたる前半は)ストーリー性も兼ね備えていて、歴史物語としても読めるようになっています。
そのおかげもあり、人々が抱く鎌倉時代前半のイメージは、『吾妻鏡』の記述をもとに形成されてきました。
専門的な歴史研究でも、この時期を扱ったほぼ唯一のまとまった文献として、長らく根本資料として重視されてきました。
「物語」としての『吾妻鏡』
『吾妻鏡』が編纂されたのは1300年頃。
文書の中で触れている最後の出来事から数えても30年以上あと。
ましてや頼朝公の時代からだと、100年以上が経過して作成されたことになります。
いくら『吾妻鏡』が公式記録であるといえど、これだけ時間が離れていれば、さまざまな間違いが書き込まれているのも当然です。
しかし、その中には、意図的に虚偽を書き込んだのではないかという箇所も…
これらの色々な「間違い」についての歴史研究は100年以上前からすすめられており、
「近年の研究水準によると、この史書はもはや「記録」というよりも「物語」に近いとさえ言える」(本書ⅲ頁)とのことです。
今回読んだ『吾妻鏡ー鎌倉幕府「正史」の虚実』は、『吾妻鏡』が有するこの「間違い」に注目することで、『吾妻鏡』という「鎌倉幕府の公式見解」の性格に迫った本となっています。
『吾妻鏡ー鎌倉幕府「正史」の虚実』
概要
本書は、鎌倉幕府草創期から中期に起こった、重大な歴史的出来事をいくつか具体例として取り上げています。
(たとえば、源頼朝の挙兵、源実朝の暗殺、承久の乱という出来事がピックアップされています)
そして、まずは〈1〉その出来事が『吾妻鏡』の中でどのように記述されているか、説明。
次に、〈2〉それらが本当はどのような出来事であったか、現代の歴史学の成果を紹介。
最後に、〈3〉なぜ、史実と『吾妻鏡』の記述との間にズレが起きたか、筆者が解説。
取り上げたトピックそれぞれについて、この3つの手順を踏むことで、『吾妻鏡』という文書のさまざまな性格をあぶり出していくわけです。
そうやって見えて来たのは、大方の人が予想する通り、「勝者に都合のいい歴史の書き換え」だったり、「元となる資料の由来、偏り」だったり、当時の「文章を書く時の流儀、パターン、お約束」でした。
感想:この本のどこにおもしろさを感じるかは、人によって変わりそう
わりと硬めの記述をしているわりには、色々な読み方、楽しみ方ができる本じゃないかなと思いました。
この新書のメインの部分は、『吾妻鏡』の性格を示していく〈3〉の部分だと思います。
それはそれで、なるほどと思わされることが多く、読んでいて勉強になります。
一方、『鎌倉殿の13人』を視聴していた身としては、〈1〉の部分、『吾妻鏡』に書かれている歴史記述の要約パートを読むと、大河ドラマのシーンが思い起こされて、ついニヤニヤしてしまいました。
また、最近の歴史学が想定した事件の真相を扱う〈2〉の部分は、へぇと思わされるような知らないことも多くあり、読んでいて面白かったです。
こんな感じで、この本のどこに一番おもしろさを感じるかは、人によって変わるような気がしました。
先に『吾妻鏡』を読んでいなくても大丈夫
『吾妻鏡』に書かれていることについては、この新書の中でその内容を要約してくれるので、予備知識がなくても問題ないようになっています。
もちろん、多少は知っておいた方がより楽しめるのも事実だとは思います。
たとえば、ストーリーだけ追うなら、竹宮惠子による「マンガ日本の古典」シリーズのコミック(承久の乱頃まで扱う)とか手軽でいいかと思います。
(このシリーズ、中高生時代には古文の勉強でよくお世話になりました。
あらかじめ大雑把な内容を知っていると、長文問題とか助かるんですよね)
もちろん、時間が許すなら、それこそ『鎌倉殿の13人』を視聴するのがおすすめです。
多分にフィクションを含んでいても、大筋のストーリーは『吾妻鏡』をなぞっていますし、やっぱり何より面白いですから。
原典(の現代語訳)を読むなら、名場面のダイジェスト本が角川ソフィア文庫から出ています。
角川ソフィア文庫の本は、入れ替わり立ち替わりkindle unlimited の対象になっているようなので、対象になったタイミングで利用されている方は一度手に取ってみてはいかがでしょうか。
ちなみに、大河つながりで言うと、今(2024年10月17日現在)紫式部日記や藤原道長の日記がkindle unlimited の対象に入っています。
全訳としては、吉川弘文館から出ている現代語訳が現在でも入手可能です。
しかし、本来の『吾妻鏡』は、全部で50巻ほどある大部のもの。
この現代語訳でも16冊を費やしています。
『鎌倉殿の13人』にどハマりしたとか、よほどの人でないとそもそも手にしようと思わない分量です。