「ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ」じんわり染みてクスクス笑う人間ドラマの素敵な作品に出会って思った 私が大事にしたいこと
先日、この映画を観ました。
「ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ」
あらすじ等はこちら
この作品は
アメリカの監督、アレクサンダー・ペインが監督し、今年のアカデミー賞では5部門にノミネート。最優秀助演女優賞を受賞した作品です。
この映画、アカデミー賞にノミネートされていたことからも分かるように、昨年から映画ファンから広く支持されている印象でした。
監督のアレクサンダー・ペインがもともと評価がとても高い人で、「一貫して人間ドラマにこだわってきた監督らしい作品」と聞くと、観る前からの安心感も絶大でした。
で、作品を鑑賞して、「やっぱり良かった!」と思いました。特に「映画館で観て良かったな~」と。そして自分なりにいろいろと思うことがありました。
なので、自分の感想と共に書いてみたいと思います。
※ここから先は思いっきりネタバレしていますので、結末を知りたくない方はご注意ください。
この映画、始まりのタイトルバックから本当に70年代の作品のような作りになっていて、「2020年から撮った70年代」ではなくて、本当に「70年代に撮りました」みたいな顔した作品にしているところが面白かったです。なんか「70年代の埋もれた名作が発掘されました。」みたいな。「本当に70年代のアメリカ映画が好きなんです」って感じの監督のこだわりが冒頭から伝わる感じがありました。
主人公の寄宿高校の教師である孤独な男のポール、母親に見捨てられてひねくれてしまった生徒アンガス、息子をベトナム戦争で亡くしたばかりの寮の料理長メアリー。
三人が寮に残ってクリスマスを過ごさなければならない、その短い期間の物語。そこで起きる人間の心の交流とドラマを丁寧に描いた映画の作りは、
ペインの過去作「ファミリー・ツリー」や「ネブラスカ」のようなテイストがそのまま引き継がれていて、「ああ、アレクサンダー・ペイン作品らしいな」と感じられました。彼は本当にこういう作品を作るのが好きで、こだわりがあって、そしてとても上手いなと思います。
今まではペインが自分で脚本を作ってきた印象でしたが、この「ホールドオーバーズ」はデヴィッド・ヘミングソンという脚本家のテレビ作品用の脚本をペインが気に入り映画版に直しをオファーしたらしく、それだけこの脚本が素晴らしくて「映画化したい」という思いが強かったのだと思います。
その上でペインがこだわったところは
主人公ポールを演じた、俳優ポール・ジアマッティに合わせた作品にすることだったそう。彼は
この「サイドウェイズ」というペインが監督した作品で主演を務めた俳優です。この作品って確か日本でもリメイクされていましたね。「日本でそんな人気なの?」と驚いた作品でした。
ポール・ジアマッティの印象って、「とても演技が上手くて主に脇役でいい味を残す人」という印象でしたが、この「サイドウェイズ」では主演で、ペインが本当にこのジアマッティの事をとても気に入っているということが伝わる作品でした。
個人的な話ですが、私はその後にジアマッティが出演していた
この「ロック・オブ・エイジズ」のポール役に、
「ラブ&マーシー 終わらないメロディー」のユージン役に、
「ストレイト・アウタ・コンプトン」のジェリー役ですっかり
人気ミュージシャンの悪徳マネージャー役といえばこの方!
という印象が(笑)。全然偶然だと思うのですが。ジアマッティがいつも職人みたいに上手く演じるので、一時期怖くて仕方なかったですね(笑)。
とはいえ、やっぱりペインの最新作でジアマッティが主演と聞いたら、この「サイドウェイズ」が頭に浮かぶのが映画ファンの反応だと思います。私もちゃんとそうでした。
で、今作では主にお金持ちの親がいる子供たちが通う寄宿学校の堅物な教師で、生徒からも先生達からも煙たがれているような存在。偏屈なんだけどちょっと人間味のある中年教師の役がピッタリで、登場の瞬間から「あ、この役は彼のための役だ」と伝わるような存在感でした。
押し付けられたクリスマス休暇に寄宿学校に残された生徒の監督を任された彼が、人とのちょっとした交流を重ねることで変化していく人間の心の機微を素晴らしい演技で見せてくれます。映画全体もですが本当に70年代にいたような雰囲気でもって演じているんです。
もともと演技が上手いことは分かって観ているのですが、「演じている」というより完全に高校教師のポールが生きているようで、なんていうか生き方とかたどってきた道が見えるような演技で、ちょっとした会話や場面から伝わる人間味が映画が進むごとに積み重なって、最後にとった選択につながる瞬間にじんわりとさせる素晴らしい演技でした。
役名もポールだもんね。役者冥利につきる仕事だったんじゃないでしょうか。
そのポールと一緒の時間を過ごす中で心を通わせていく高校生アンガスを演じたドミニク・セッサは、この映画がデビュー作。なんとこの映画の撮影場所だった高校の演劇部にいたらしく、キャスティング・ディレクターが引っ張り出してきた子だったそう。それって事務所にすら所属していなかったんじゃないでしょうか。
映画を観ていると本当にそんなことはみじんも感じないいい演技で、今後も活躍しそうな彼。彼の演技を観ながら、「映画って監督の撮り方というか扱い方で役者がどう輝くか、演技を吸収するか、馴染むかが決まるものなのかも」と知らされたような思いでした。
そして、息子を亡くした悲しみを抱えた料理長メアリーを演じたダヴァイン・ジョイ・ランドルフ は、映画賞の助演女優賞レースをまさに総ナメだった存在。
作品を観ると、とても大きな見せ場があるとか、彼女だけの凄くいいシーンがあるとかではないんですよね。でも彼女もジアマッティと同様、まるで「70年代から連れてきた?」と思わせるように、この時代の苦境を少しずつほぐして生きていく黒人女性の強さと脆さを演じていました。ポールに負けないほどの説得力を持った素晴らしい演技で、最高の評価だったのも納得です。
監督が一番大切にしたのは、この三人の空気感や相性なんだと思いました。舞台である70年代のアメリカの空気の上で、人間の持つドラマの素晴らしさをとても繊細だけど確実に伝わるように。
三人並んだ時の相性ややりとりから見える距離感の動きまで、話の流れだけではなくて画面から伝わるんですよね。
私自身は70年代の最後に生まれたもので、あんまりこの時代のアメリカ映画についてはたくさん触れてきたわけではなくて。でも、この作品のとても温かみのある70年代の映画の質感がそのまま再現されたような映像や音楽に、なんでもない人間たちの生活の一片を覗いたようなこの作品を観ながらとても心を動かされたとともに、「なぜ今この作品が作れたのかな」と思いました。
今いろいろな混乱や悲しみが世界を覆っているこの時代に、偶然かもしれないけれど、ずっと人間ドラマを大事にしてきたアレクサンダー・ペインが作り出した「奇跡みたいな作品なのかも」と思いました。
私が観に行った回は平日の昼間の回だったのですが、シアターは満席状態。時間帯からか、一緒に観た観客の年齢層は高めで40代の私が若い方に感じられるようでした。でも、映画館で観ているとちょっとした笑えるシーンでみんなで笑ったり、ウルっとする場面で泣いたり。
この映画は映像的にはスペクタクルだとか3Dだとかからは遠い作品ではあるけれど、でも映画館で鑑賞する幸せがいっぱい詰まった作品で、観終わった後は幸せな気持ちで映画館を後にすることができました。
こういう人間ドラマ的な地味な作品って海外でもなかなか制作が難しい印象があります。それこそ「70年代にはこういう人間ドラマの映画やドラマが海外にも日本にもたくさんあったんだよ」と言われると、「今はそれが失われているんだな」とちょっと寂しい気持ちにもなります。この作品もきっと実際に映画館に観に行く人は、当時を生き、そういう作品を鑑賞する喜びを知っている年代の方が多いのかもしれません。
私が大切にしたいのは「今週の休みはこの作品を観に行ってみようかな」と思うようなアンガスみたいな年代の若い子達。
今はいろんな刺激的な楽しみがたくさんあって、時間の隙間も心の隙間も埋めることもできるけど。こういう作品に救われたり、ちょっとしたこころの支えにできたり、「こういう大人もいるんだ」と思ってもらえたら嬉しいし、その気持ちを「応援したいな」と思います。おじちゃんおばちゃん達の間に交じって変な感じかもだけど(笑)、映画館に観に行ってくれたら嬉しいです。
気になった方はぜひ観てみてください♪
おまけ
アレクサンダー・ペインといえば、私が個人的にツボなのが、白人のちょっとおバカ(っぽく見える)な若者に対する愛と毒がある感じ。
ペインは今回もこの居残り生徒の子たち全員、特にクンツが好きだったはず(笑)。クンツのスキー焼けはウケた(笑)。
おまけ2
私はこの曲というと「あの頃、ペニー・レインと」と思い出してしまうのですが、この「ホールドオーバーズ」でも良き使われ方でした。
素敵な動画を見つけたので♪
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