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ゲーム屋人生へのレクイエム 20話

前回までのあらすじ。知人の子供にゲームクリエーターになるにはどうすればいいのか尋ねられた元ゲームクリエーターが自分の過去を語る。機械の修理をするために南米に出張したときのおはなし


「右も左もわからない南米出張だけど、ブラジルの次はアルゼンチンへ行ったよ。ここもブラジルと同じで機械の修理とセールスのお供だったよ。

ブラジルはみんな底抜けに明るかった。街中がサンバ踊ってるような感覚だったな。アルゼンチンは対照的で落ち着いた大人みたいなイメージだったよ。静かにタンゴを踊るって感じかな。景気もブラジルのような熱気は無かったな。ブエノスアイレス、コルドバ、マルデプラタって移動してさこんなに日本の裏側の田舎町まで日本のゲームがあるんだってちょっと感動したよ。

本当にゲーム市場の大きさにびっくりしたな。この時の出張は初めてアメリカから外にでた旅でさ、ブラジルではポルトガル語、アルゼンチンではスペイン語でどっちも俺はさっぱりわからなかったんだけど、俺の拙い英語で何とかコミュニケーションが取れてさ、ああ、英語ってやっぱり世界で一番使える言葉なんだって実感したよ。英語さえ使えれば世界中どこでも行けるんじゃないかって思ったよ。

アルゼンチンからアメリカに戻ってからさ、普段の仕事に戻ったんだけどその後、海外の出張は俺が行くことになってカナダのトロント、ナイアガラ、それにプエルトリコのサンファンにも行ったよ。プエルトリコは海外じゃないか、アメリカの準州だったわ。まあ、行くたびに世界は広いって実感してさ。アメリカに出向してよかったって思ったよ。

こうやっていろんなお客さんと会って、話をして、そのたびに何か学んでさ。出張以外でも、日本の本社の偉いさん、社長や専務、常務、開発部長、市場開発、日本の本社の取引先の開発会社の社長、専務とか、とにかく工場にいたら絶対に会うことはない人たちと間近で会って、話をして顔と名前を覚えてもらってさ。物理的な距離で測れる世界と、付き合って繋がる人間関係の世界が爆発するように広がったよ。ずっとこのままアメリカ出向が続けばいいなと思っていたよ」

「何か起こりそうな感じの話しですね」

「そう、いかにも「つづく」って感じでしょ」


続く


*この物語はフィクションです。実在する人物、企業、団体とは一切関係ありません。

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