メンタリングにおける、なぜ「ライフサイクル論」か
なぜ「ライフサイクル論」か
「ライフサイクル論とは」とメンタリングにおいて「なぜライフサイクル論は有効か」を極めてザックリとHaraなりにご説明します。
孔子の「論語」の中の「四十不惑」「六十耳順」などは
我々にも馴染み深く、
男性25歳と42歳、女性19歳と33歳は「大厄」といって
厄除け大師などに厄除けに行ったりします。
人生全体にわたって精神的成長のプロセスの中の変化
を捉えるのはわりとすんなり自然にしてきていませんか?
この生涯にわたる精神の発達を心理学の研究テーマ
として捉えたのが「ライフサイクル論」
人生全体のプロセスには、人によって、社会や文化の違いに
よって、さまざまなプロセスが見られるが、万人に共通した
一定のパターンが見られる。(レビンソン)
大河の流れのように。
プロセスを一連の時期、段階に分けて捉える。進歩と連続により
世代から世代へ同じパターンを繰り返す。(キンメル)
春夏秋冬 - 季節のように。
人生を四季にたとえるなら、人生の夏から秋(30代後半)~
秋から冬(老年期への移行の始まり50代後半)にある
ビジネスパーソンのご相談を「ダイアリー式メンター」プログラム
では多くお受けしてきている。
この移行期、特に「人生半ばの移行期」は
多くのさまざまな問題が表面化する。
メンティ(メンタリングを受ける人)の方たちは、
身体的な変化や精神的な行き詰まりに「一体どうなってしまったんだ!?」「どうしてできなくなっちゃたの!?」と当惑していたり。
自分だけが「おかしい」とか「取り残された」とか
どんどんとたこつぼ状態に陥ってしまっている。
「一体会社にとって自分は何?」「配偶者にとって自分は何?」
幻滅、いら立ち、不安・・
もちろん個々の差異はあるけれど、
もし大雑把にでも
メンティに「ライフサイクル論」の知識があり、参考にして
人生全体を見渡せば、多くの同年代が
自分と同じように岐路に立ち、しんどい山や谷を通るとすれば
「自分だけじゃないんだ」「私が悪いんじゃなんだ」と
精神的にラクになれるでしょう。
逆らえない、抗えない大きな流れに
身を任せてプカプカと浮いてみるくらいの
開き直りも時には必要ではないかと。
生涯にいくどかあるであろうこのしんどい移行期=人生の転換期
をしなやかに適応していく心もちや術も身につけていく
心の準備にもなるでしょう。
これらが、現時点で、Hara が考える
なぜ「ライフサイクル論」かの理由です。
with all of my thanks and friendship
用語の説明
・メンター=人が学び、成長するためのアドバイザーでありカウンセラー
・メンタリング=タスクの熟達に重点を置くと同時に、仕事面でのサポートを提供していたとしても単に業務上のことだけではなく、メンティの学習能力が向上するように、私的な側面との相関的な点にも双方に重点を置きます。(R.B.ディルツ氏)
・メンティ=メンタリングを受ける人(ご相談者)
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