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主観と客観
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今日から冬休み。 わーい! ということで、朝、目覚ましを使わずに起きた僕は幸せ者でした。 午後、知り合いがclubhouseで話していたのでお邪魔しました。 そこでは、主観と客観について話していました。 聞いているうちに言いたいことが噴出した僕は気がついたらチャット欄にたくさん書き込みをしていました。 以下、抜粋です。
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・間主観という考え方が大事な気がします。
・事実と真実かなと。一人ひとりの真実がある。
・他者からの客観的な視点をもらうことで、主観2.0に行けるのかなと。あくまでイメージですけどね。
・僕は正面から見るより、横から見たほうがカッコいいと言われるんですよね。これって客観的かなと。
・主体さまの存在がなければ客体くんは存在できっこない。
・僕のスマホは僕に丁寧に触られて嬉しそうです。僕は主体でスマホは客体。いや、丁寧に触ってくれたありがとう、と感じるのはスマホは主体かな。
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間主観性(intersubjectivity)というのは、複数の主観の間で成り立っている、ということです。 この複数がみんなになったときに客観的、ということになります。 ややこしいですが、まとめておきたくなり、書いています。
ちなみにドイツの哲学者フッサールが確立した現象学の影響でこの「間主観性」という言葉は浸透しました。
そして、主観は「俺はこう思うぜ」で、
客観は「世の中的にはこうだぜ」です。
客観的になるためには、一歩引いて考える癖をつけることが有効です。
紙に書くのもいいと思います。
なんとなく頭の中にあるもの(主観的にこれかなと思っているもの)を文章にすると、紙に書いてあるもの(客観的にそこにあるもの)になるからです。 文章にすることで、否が応でも客観視するプロセスを踏むことになります。 別の言い方をするなら、自分の内面にある考えを外在化することです。 いま、こうしてここに文章を書いているのも内面世界の外在化です。
(2022年12月29日に書いた記事です)
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=============☆彡 いつもこの場を訪れていただき、ありがとうございます。*この記事は、約2ヶ月前につよぽんが書いた文章をひろっちが編集して投稿しています。
急性期病院の診療録(カルテ)は、主観・客観・評価・計画という項目に整理して患者さんの変化を観察して記録するのが多い。違う記載方法もあるけど、現代ではこの記載方法が一般的なの。主観と客観の情報を用いて、専門家として“今、何かどうなっているのかを考えてまとめる”だから、次の行動がプランニングされていくんだよね。だからどっちも大切な情報なの。主観は、患者さんご自身が感じている事。客観は、検査データやそれらから得られた所見の事。どっちも事実なんだけど、ほんの一部なの。そこに全てはない。その一部から、過去の経験・実績を用いて想像していくことになる。
医療だけでなく、普段から私達も無意識にしていることだよ。時々、意識してみると一般的な見方との違いに気づく事もある。それがとてつもないアイデアに繋がったりするかも。