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底の無い淫靡さ F・カフカ『城』『訴訟』『変身』

『城』の一節 

「それは、きわめて隠微にほのめかしてあって、胸に不安をいだいた者……不安をいだいた者であって、心の疚しい者ではない------にしか感じとることができない。」

 測量士Kの言葉

「むろん、あのお内儀のことは別にしてだ。あれは、消し去られるような女じゃない。」

表向きは橋屋のお内儀だが実は縉紳館というシステムの不可視の中枢に帰属している。それは把捉し難い「空のポジション」であり、測量士Kにとっての最大のリスクである。もちろんこの「中枢」という言葉は通常の意味を持つものではない。不可視であるが既視感のある、それは底の無い淫靡さである。

 測量士Kの言葉

「いいえ、たぶんそういうことだろうと見当がついていましたよ。あなたはたんなるお内儀さんだけじゃない、とさっきも申し上げたでしょう。あなたは、なにかほかの目的をもってらっしゃる。

Kは、すでに玄関にいた。ゲルステッカーがまたもや彼の袖口をつかんだとき、お内儀が、彼にむかって叫んだ。「あす、新しい服ができてくるのよ。もしかしたら、あなたを呼びにやらせるかもしれません」 」

カフカの『城』は以上の記述で途切れる。

 『訴訟』の記述

 カフカの『訴訟』の大聖堂の場面で、ヨーゼフKは突然聖職者に逃れようのない声で「ヨーゼフ・K!」と呼びかけられる。

「ふり返れば、つかまったことになる。つまりそうすれば、呼ばれたのがよくわかったし、自分が呼びかけられたのだし、言うことを聞くつもりだ、と告白したことになる。」

参考

wikiより「論文「イデオロギーと国家のイデオロギー諸装置」において、呼びかけ=審問(en:Interpellation (philosophy))による主体形成の理論を提案した。」

無論カフカはアルチュセールをはるかに先取りしかつそれを超えている。

  『変身』の記述

「ドアの閉まる音はまったく聞こえなかった。大きな不幸が起きた家ではよくあることだが、開けっぱなしになっているのだろう。」

附記

「カフカ」とは、あらゆる実体化を空無化する《訴訟=過程》の運動である。カフカはこれからも細々と、しかし半永久的に読まれ続けるだろう。しかしベストセラーになることはないだろう。意外かもしれないが、村上春樹とは対極にある存在だ。



邦題は上述のように『訴訟』とすべき。


上記はカフカが就職後一年足らずで退職したゼネラリ保険プラハ支店。なんと素晴らしい建築物だろうか、プラハでは全てこの調子の素晴らしさなのだが。最初の就職先だが激務ですぐ退職。多分このとき既に身体を壊したのだろう。


測量士のK自身が故郷を出て城に至り着くまでの長い困難だった旅路について語る場面で、『伊勢物語』の在原業平を思い出した。測量士Kと『伊勢物語』に描かれた在原業平二人の旅路には意外にも接点があったのかもしれない。少なくとも、ある微妙な政治的闘争のただ中にあって、つねに同時に少なくとも五人ほどの女性を魅惑し続けるという点において。だがもちろん、完璧に管理され尽くした独裁国家(システム)における不用意な恋愛関係は、既にそれだけで命取りになり得るリスクになる。システムの罠としての底の無い淫靡さに導かれた不用意な恋愛関係が用意するのはいつだって破滅に決まっている。しかしそれで終わりではない。


不用意な恋愛関係が導く破滅を描いた最も著名な作品(映画版)


ヴァーツラフ・ハヴェルの偉大さ。彼の心を支えた最大のものの一つが他ならぬ安倍公房の文学と実存だった。安倍公房の存在がなければ東欧革命は生まれなかったかもしれない。そしてもちろんカフカの遺産とソルジェニーツィン


なお、カフカの城を数十年ぶりまたはそれ以上久々に読み始めたとき(上記の記述は主にその時のツイート)、登場人物であるゲルステッカーの名前を見てこれもまた極めて懐かしいつげ義春の『ゲンセンカン主人』を思い出した。

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