【終了報告:対話型読書会『木に学べ』】
みなさんこんにちは、デザケンのシモウサです。
少しご報告遅くなりましたが、先日もお陰様を持ちまして、オンライン対話型読書会『木に学べ』が終了しました。
参加者のみなさんから、とても深い言葉が出てきた読書会だったと感じています。シモウサにとってソウルである、西岡さんの言葉たち。改めてこういった機会にみなさんと読むことで、深い示唆が多く得られた素晴らしい時間となりました。ご参加くださった皆さんと、いつも応援くださるPALETTEさんに、感謝申し上げます。
今回も、対話の中から生まれた言葉をいくつかご紹介しますね。とっても深いので、ぜひご覧になってみて下さい。
・事業承継した会社は商社だが、先代が木のことを良く知っていて、誰からも木について聞かれる人だった。それを価値として残したいと考えて事業承継した。木材に関わる仕事をする中で、素材への理解に対する発信をしていきたい。
・「変化」について。紀元前からルネサンスが始まるに至る中で美術の技術が失われた時代があり、今、資本主義経済の中で失われているものがある。今、転換期を迎えているポイントでみると、国内では薬師寺などが残っている中で、「共存」について考えた。新しい1000年、2000年先に受け継がれていく何かをつくっていくとき、今までは形として残るものであったが、無形でも、1000年2000年後に受け継がれる何かを生み出せる時代になっている。それはテクノロジーがあるからこそ、できるようになっているのではないかと感じた。
・価値観の変換を自分でもしなければダメだと感じた。安くて早いものに自分自身も手を付けてしまう。良いモノはお金を出して、値段が1割2割高いものであれば、応援する気持ちで投資としての買い方をしたい。ものに限らず、人と人との共存もある。
・自分の進む道はどうしたらよいのか、と感じた。職人の様にワンオフをやりたい想いもあり、一方で大量生産が必要なものがあり。これは宿題として、自分はどちらをやりたいのか、を考えたい。
・どういう所に自分が価値を持つのかが気になった。「本質を知らずに形だけを追い求めるのが文化だと勘違いする人がぎょうさんおりますが」の一文が凄く気になっていた。ものの根本の価値、本質は人それぞれ。自分の求めるものに本質はちゃんとあるのか。自分はどういうモノ・コトにこだわってこれを手に取ったのか、もう一度見つめ直したい。今は時代の節目で、考える時間なのだと思った。
・便利になりすぎると、かえって不便になるのでは、というアンチテーゼをこの本を読んで感じた。昔の人はある意味で不便。道具も自分で作ったりしているが、そこで創意工夫を見出していっていた。その過程で、モノに魂を込めるというか、精神的な面が育っていったのだと思う。今の世の中は、簡単に手早くできることが善とされるが、そうでなく、全部ゼロからやってみるとか、経験が重要なのではないかと感じた。
例えば食育のことなど、自分がそもそも何食べてるのかを知る、ということも大事だと感じ、本に通じると感じた。
・会話の中で出た、オンラインで触れないからこその手触り感、イコール、みんなが参加していることを大事にしたい、という言葉が印象に残った。自分もオンラインで授業・セミナーをしたりするが、一方的に伝えるのではなく、みんなが参加して創り上げたということが大事だと感じた。
・そもそも、自分のこの24時間という命を、何に使うのかがとても大事なのではないかと感じた。フリーランス事業をしながら、教育事業、社会貢献事業に関わる。その根本にある想いは、もしかしたら明日死んでしまうかも知れない自分自身の一日24時間という限られた時間で何をするのか、誰に何を伝えられるのだろうか、ということ。木の命を考える、何かの命を考えると同じ位、自分の命について考えることって大事だと感じた。