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UXデザインの第一歩|お風呂の体験デザイン

僕が1979年4月に、京都工芸繊維大学を卒業して就職したのはクリナップ株式会社でした。当時の僕は建築家が設計したビルや住宅ではなく、一般の人たちが安く品質のよい住宅が手に入ることに貢献できることに興味がありますた。現代風に言うと住宅の民主化に興味があり、そんな縁で住宅設備の会社であるクリナップ株式会社に入社することになりました。

アート工場から始まった


クリナップ社は1978年に鹿島アート工場を新設して、ステレス製品の着色加工を始めました。当時のクリナップの創業者である井上登社長はこの技術に着目して、この技術を活用できる人(デザイナーのような人)が必要と考えていたそうで、翌年の1979年に入社した僕はこの鹿島アート工場への配属となりました。当時の工場は20名ぐらいの現場の人と事務の人がいるコンパクトな工場の一角に机をもらい僕のデザイナーとして第一歩がスタートしました。井上登社長は開発の陣頭指揮をとっていて、鹿島アート工場にもよくこられて新入社員の僕にも声をかけてくれて、「これを考えておけ」という宿題ももらいました。

ステンレス浴槽の模様


この工場で最初に取り組んだのはステンレス浴槽のエプロン(外側のカバー)の模様のデザインでした。当時は株式会社アスカルデザインプロダクツに協力してもらいステンレス浴槽のデザインも担当しました。ただ、ある時ステンレス浴槽が大特価で1万円以下で売っているの見てびっくりしました。正直に言って、このエプロンのデザインが変わってもそれほど他社の浴槽と変わるわけではなく、値段だけが勝負のビジネスに見えてきました。そして、僕が担当していたのは浴槽のデザインではなく、エプロンの模様のデザインであったことも再認識しました。

クリナップのステンレス浴槽

1981年頃には、ステンレスだけでは限界があるので、FRPとステンレスを組み合わせた浴槽をデザインしました。FRPを使用することで浴室のインテリアが変わります。そしてFRPを使うことで壁面との施工性やおさまりがよくなります。この浴槽によって、クリナップ社ではじめて浴槽の分野でもグッドデザイン賞を受賞することができました。

そして、FRPの発色のよさを活かしてカラーバリエーションと浴槽のカラーにあわせた風呂イスや洗面器などのグッズとの組み合わせも提案しました。また、浴槽カラーとタイルなどのカラーを組み合わせて浴室全体の雰囲気をユーザーが見ることができるコンピューターのシュミュレーションを自作で作って提案しましたが、こちらは時期尚早ということになりました。僕としては、浴槽だけでなく、浴室全体のデザインを提案したかったのです

そして、当時はバスユニットはビジネスホテルなどに使われていたクリーム色の機能的なデザインしかありませんでしたが、このビジネス用のバスユニットの技術を家庭用に使うことで、浴室だけでなく空間と体験をデザインする可能性が感じました。

お風呂の体験デザイン

1983年の新製品の展示会で、お風呂の体験を中心に、洗面室、浴室、トイレの三つの部屋の体験を総合的にデザインした「システムサニタリー」というプロトタイプの提案をしました。これはクリナップが日本で初めて「システムキッチン」という名称でダイニングやキッチンをシステム化して商品化したことと同様に、日本で初めて「システムサニタリー」という名称と商品システムを提案したのです。そして、クリナップを退職する前日までこのシステムの商品化のためにワークして、1983年の11月末に退職しました。そしてその3日後には日本IBMに出社しました。

この体験デザインで特にこだわったのが「お風呂に入る前、入ってから、でてくつろぐ」までの体験デザインと「日本人にとってくつろげる温泉のような和風モダン」の体験デザインです。

「お風呂に入る前、入ってから、でてくつろぐ」までの体験デザインでは、「お風呂に入る前」には洗面室から浴室が見渡せるガラスの間仕切り、一体感のある洗面室と浴室、脱いだ衣類の収納、「お風呂に入って」からは窓や照明によるゆったりとした浴室空間、お風呂に必要な収納空間、滑りにくい床などの工夫があり、「お風呂から出てくつろぐため」の洗面化粧台、ゆっくりと座れる収納家具、ワードロープなどをかけておける工夫をしました。

「日本人にとってくつろげる温泉のような和風モダン」の体験デザインでは、サニタリーの三つの部屋に黒を基調した色彩と素材感、障子のような照明、石を斜めに加工したようなディティール、温泉のような幅広い蛇口などを総合的に和風モダンなデザインしました。

システムサニタリーの浴室


システムサニタリーの洗面室

システムサニタリーの商品化へ


そして僕がクリナップを退職した2年後の1985年にはこのデザインが「松の湯」という名称で商品化されたのです。そこには僕は関わっていませんが、オリジナルのデザインを大事にして商品化してくれたことがカタログ写真からよく分かります。こうして、ステンレス浴槽の時代からシステムバスの時代へ変化していったのです。

クリナップ株式会社のカタログ
クリナップ株式会社のカタログ
クリナップ株式会社のカタログ

システムサニタリーの体験デザインは、僕にとってはUXデザインの第一歩だったかもしれません。また、ここで黒を活用した直線的なデザインは、日本IBMで黒いパソコンをデザインすることにも繋がっています。そして、クリナップの人達と繋がりつづけて、千葉工業大学や武蔵野美術大学と共同研究を継続しているのも「つながりつづける」なのかなと思っています。それについては、今後語っていきたいと思います。

#「お風呂の体験デザイン」で特にお世話になったのは、当時クリナップ社の開発部門のメンバーと、デザイナーの室井清隆さんと小山英雄さん、松本真理子さん、そしてアスカル社の櫻井敏範さんです。この人達とは、いつまでもつながり続けてくれていて感謝です。

# このページに掲載されている写真はクリナップ株式会社の「浴室ユニット 松の湯シリーズ  竹の湯シリーズ/ 洗面化粧ユニット」のカタログの写真を使用しています。

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