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製品を通して初めて知る「社会問題を可視化するデザイン」

2024年度グッドデザイン賞の受賞結果が発表された。

審査基準も世相を反映しているためか、近年の受賞作には社会性の高いものが増えている。今年のベスト100にも多数選ばれており、初めて見るものも多かった。興味を持ち公式サイトでそれらがどんなものなのかを確認してみたところ、今まで知らなかった社会的な課題やニーズがわかり勉強になった。

例えば、金賞を受賞したシリウス社の介護用洗身用具「Switle BODY(スイトルボディ)」。水を噴射しながら吸い取る機構にすることで、要介護者を普段のベッドに寝かせたままでベッドを濡らすことなく体や髪を洗うことができる画期的な製品だ。

出典:https://www.makuake.com/project/switle_body/
出典:https://youtu.be/36X_C4bfgyU?si=UPpFMgjalJVx1yVe

通常の介護入浴は、体の不自由な要介護者を浴槽に移さなければならず複数人を必要とする。さらに事故の危険が伴うことから細心の注意が欠かせずそれが介護者の負担になっているそう。わたしも家の近所でも訪問介護入浴のサービスの車が停まっているのを見かける度に、介護者も被介護者も大変そうだなと思っていた。が、事故や怪我のリスクまで想像が及ばなかった。。

水の使用量も少なくて済むので被災地などのニーズにも呼応する。


出典:https://meilleur.co.jp/salway/

また、医療機器の卸販売を行う名優社の再生処理プロセスブランド「SALWAY」は、使用後の医療器具を洗浄・滅菌して再利用可能にするもの。その作業のためのツールを販売しているのだが、そのプロセスの方に価値を置き、解説動画や現場の声の発信を通し適切な再生処理の重要性を唱えている。この業務の競合他社はいる。ただ医療関係者以外の人にもわかりやすく情報発信しているのが良いと思った。確かに医療行為に匹敵するくらい大切な仕事だと納得した。

出典:https://youtu.be/di1Ev6lFZl4?si=OOhSNB8n_1h4rtqc

他にも透析施設のシステムデザインを行うAlba Lab社と医療法人社団 Oasis Medicalによる「セルフ透析システム」というのがあった。透析は時間が掛かることは何となく知っていたが、患者が自分の都合で日時を決めることが難しく、会社を退社する人が多いことは今回の受賞で初めて知った。回数も週に3回が標準ということも知らなかった。

出典:https://www.tbt-toseki.jp/sdc/

このシステムを使えば仕事をしながらの透析も可能になるらしい。治療だけではなく人生にも影響を与え得る仕組みだと言えそうだ(セルフ透析は欧米で先行している模様*¹)。


グッドデザイン賞は応募制で審査や受賞告知に費用も掛かるため、経済的に余裕のある大手企業に分があるのが不満だった。だが、このようになかなか人目に触れない優れたアイデアを知る機会になることにこの賞の意義があるのではないかと今回受賞作を見て感じた。

近年は、社会問題をビジネスで解決しようとする動きが現れている。ニューラリンクやスターリンクなどイーロン・マスク氏が興す事業も該当する(Xは微妙だが…)。新興企業に多く見られる動向だが、SDGsが定められる以前から社会貢献を理念とする企業もインパクトのある取り組みを行っている。冒頭に挙げたグッドデザイン賞受賞作の例のように我々の多くがこれまで知らなかったことを学ぶきっかけとなる製品開発が少しずつ増えている気がする。

社会課題を可視化するデザイン。特徴的なものをいくつか挙げてみる。


先進国から大量に送られる古着をリメイクして返還

BUZIGAHILL : RETURN TO SENDER(2021年~)

出典:https://buzigahill.com/blogs/drop/return-to-sender-09

アフリカのウガンダを拠点とする新興ファッションブランドBUZIGAHILL(ブジガヒル)は創業した2021年から古着をアップサイクルする「RETURN TO SENDER」プロジェクトを実施している。その古着は先進国から「寄付」として同国に送られたもの。ウガンダは世界規模の綿花の生産地だがその多くが原料として輸出されているそう。一方で外国からの中古衣料品が溢れて自国の繊維産業は衰退し、古着も飽和状態となり廃棄されるという状況に陥っている。

ブジガヒルの創業者ボビー・コラド氏は、欧州の高級ファッションブランドでデザイナーとして活動していたが、自身の故郷の問題に気づきブランドを立ち上げこの取り組みを始めたそう。アップサイクルした衣料品の販売先は、古着の送り主である先進国。「差出人に返す」というプロジェクト名はそのストーリーに由来する。当事者である我々日本人も思わず胸がチクンとする(>.<)皮肉が込められたネーミングだ。

出典:https://buzigahill.com/pages/about

↑ 圧縮されて送られる先進国からの不要衣料品。

慈善行為のつもりが相手の迷惑になっていることを教えてくれるデザイン。それを創造力をもってポジティブに解決しているところが良いなと感じた。

高島屋は今年、ブジガヒルと共に顧客が提供した衣類をウガンダにある古着と組み合わせてアップサイクルし販売するコラボ企画を実施している。バイヤーの方が現地を訪れたこの動画からも古着が溢れる状況が垣間見られる。


除染効果のある菜の花から採れる菜種油で商品を製造

LUSH : つながるオモイ(2016年~)

出典:https://weare.lush.com/jp/lush-life/our-ethics/ethical-buying/drop-of-hope-2024-fukushima-rapeseed/

英国の自然派コスメブランドLUSHは2016年に福島産の菜種油を原料にした石鹸「つながるオモイ」を発売。原発事故の影響を受けた南相馬市の米どころでは風評被害を危惧し、米の代わりに除染効果を持つ菜の花を栽培した。ラッシュはその菜種油を調達して商品を作ったのである。

出典:https://youtu.be/sUrDa42kV0M?si=9utkMzu7uoUfJRLj

ダメージを受けた自然環境を再生させる考えを「リジェネラティブ」と呼ぶ。できるだけ環境に負荷を掛けないように努める製品開発は、近年盛んになりつつあるが、サステナブル=持続可能であるためにはこのリジェネラティブな視点も外せない。かねてより倫理観や社会意識の高い同社は被災地訪問の際に菜の花を用いた農地再生に取り組む人々に出会い共鳴し、商品開発に至ったそう。

↑ 菜の花が土壌から吸収するセシウム(放射性物質)は油には移行しにくく、その菜種油は食用としても安全に摂取できるそうだ。菜の花が持つ力についても無知だったが、メーカーが材料調達で環境再生を支援し、その活動を世に知らしめることができることもこの商品を通して初めて知った。ラッシュは商品の背後にあるストーリーの伝達に長けているので、社会課題をより多くの人と共有できる効果があるのではないだろうか。


節や虫食いを活かして家具を作り、気候変動を見える化

Artek ✕ Formafantasma : Stool 60 Wild Birch(2023年)

出典:https://webstorejapan.artek.fi/blogs/feature-stories/wild-birch?srsltid=AfmBOoqoyueE3T8cJLW5_tLhapnGFT5wpPIL2oyTCRhxuTpl15e82VEe

フィンランドの家具ブランドArtek(アルテック)は、環境問題にも果敢に取り組むイタリアのデザイン会社・フォルマファンタズマと協業し、製品製造における木材選定基準を改定。同社の家具に多用される白樺も世界的な気候変動の影響を受け「節や虫食い」などの自然現象が多く表出するようになった。これまでの基準では材料の均質性を重視していたが考えを改め、節や虫食いを森林のあるがままの美しさと捉え、「自然そのままの白樺(Wild Birch)」を肯定する基準に刷新したという経緯だ。

出典:https://webstorejapan.artek.fi/products/stool-60-wild-birch?srsltid=AfmBOooTRObbQDS5MW3F2g4FMc2AouN4tEmd9tEbdtREsF2dKx8nfonD

公式サイトには、現代社会に対して少し皮肉を込めたストーリーを体系化したと書かれている。昨年、このWild Birchを使用したスツールを発売。同社の定番商品であり名作家具であるStool 60で展開したのは自然環境の変化を多くの人に知ってもらうことを意図したからだろう。一昔前なら節などがあったら嫌がられそうだが、今の感覚だと個性として喜ばれそうだ。それも見越しての商品開発という点でもアイロニックである。


社会課題を知らせる、今はそれもデザインのミッション

デザインは顕在する課題を解決するものと言われるが、社会的な課題を目に見える形で知らせる効果もあることを示してみた。

ここに挙げた事例は商品であるものの比較的大掛かりな「仕組みのデザイン」であり、やろうと思ってすぐにできるものではない。しかし、色のバリエーションを増やすなどの単純な変更で実現させたケースある。

出典:https://x.com/ApollonTweets/status/1119276463016951808

黒人男性のDominique Apollonさんが、自分の肌に合う絆創膏にようやく出会った感動をSNSに投稿し反響があったのをきっかけに、英国の大手スーパーTESCOは2020年に3種類の肌色の商品を発売。従来の色で違和感がないとなかなか気付き得ない課題だ。

同年には日本でも「はだいろ論争」が巻き起こった。文房具メーカーは次々とクレヨンなどのはだいろをうす橙に変更した。

出典:https://www.bbc.com/news/business-51611514

就活中の学生さんが知人を通してわたしにSDGsに熱心な企業はどこかを聞いてきた。最近は、社会課題に関心が高いことを就職先に求める傾向もあるようだ。

この手の話は、売上が最優先される目の前の仕事に追われる方にとっては無用の長物なのかもしれない。だが、より多くの人々が社会の問題を知ることはウェルビーイング(幸福)の実現につながる大切なことである。それを可能にするのもデザインの仕事である。そのことを心に留めておいていただけると嬉しい。

《脚注》
*¹ 参考文献:Oasis Medical「第4回Oasisフォーラム『進化型透析の時代』プレイバック

NewsPicksトピックス 2024.10.24掲載記事より転載(筆者:本人)


最後までお読みいただき、ありがとうございました。(o^∇^)ノ

人々や社会を幸福にする手段としてデザインを捉え、気づきを発信しています。デザインの面白さや可能性をデザイナー以外の方々にも感じていただけたら幸いです。
普段は、デザイン、カルチャー、ライフスタイルの観点から消費者価値観や市場の潜在ニーズを洞察し、具体的な商品/デザイン開発のアイデア創出のためのコンセプトシナリオ策定や トレンド分析を行うデザインコンサルティング業務を担当しております。
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トップ画像は、「てがきですのβ」のイラストを組み合わせて作成しました。


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デザインコンサルティングのトリニティ株式会社

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