【映画感想】経済至上主義の社会風刺とわたしは捉えた。映画「まる」
荻上直子監督の新作「まる」、想像していた以上に良くて心に響きました。
人気現代美術家の作品づくりを手伝い(ほぼ代行)バイトで食いつなぎ、床が水平じゃないボロアパートに暮らす美大出身の沢田(堂本剛さん)。家では水槽の古代魚に向かって平家物語の「諸行無常」の一説を唱えます。物事は留まることなく常に移り変わる、栄華も必ず終りが来る。沢田の諦めから来る無欲さがそれに象徴されていました。
理不尽に職を失い途方に暮れた彼は部屋で蟻を見つけ、感情の赴くままにそれを追い、蟻を囲むようにキャンバスに「まる」を描いていきます。
その「まる」の絵が、禅宗で最高の悟りを表す「円相」だとして美術商・土屋(早乙女太一さん)の目に留まり、高額で取り引きされるようになる。さらには平和への願いを表したものと解釈され社会現象になっていきます。
自分がたまたま無心で描いたものが手元を離れ、勝手に意味を付けられ自分では制御不能なレベルで大きな存在になっていく。その急激な環境変化に戸惑い翻弄されつつも、本来の自分の意思に向き合い、自分らしさを今まで以上に認識し確信していく過程が描かれていました。
表現したものが思い掛けず評価され、そのレッテルが貼られ、それからは他人が求めるものやイメージに合わせて演じなければいけない。成功してビジネスとして成立していくとそういうジレンマに陥る人が多いことが、観ていて最初に感じ取ったこの作品のテーマでした。
ですが、しばらく考えているうちにとかく生産性や収益性などの
ビジネス目線で良し悪しや必要性の有無を判断されがちな現状
を風刺的に表しているような気がしてきました。このことは自分の身の回りでも感じます。お金にならなければ意味がないという価値観、ユーザー中心と言いながらもユーザーの幸福はなおざりにしてビジネス起点で発想する思考回路。小林聡美さん演じるアートギャラリー経営者はまさに現代の経済至上主義を象徴する役どころでした。
円相の始まりも終わりもなく角に引っ掛かる事もない円の流れ続ける動きは、仏教が教える捕らわれのない心、執着から解放された心を表わしているとのこと。沢田は自分を捻じ曲げてまで富や名声に執着しようとしなかった。自分が自分でいることを選んだわけですねー。
2つ目に気づいたことは、謎の美術商・土屋について。怪しげに見えて実は本物の目利きだったんじゃないかと思いました。
なぜなら最初に沢田の前に突然現れた時に彼の絵を「円相だ」と言った。沢田はあの絵を打ちひしがれた状態で無心で描きました。まさしくそれは円相の捕らわれのない心。うまく描いてやろうなんていう邪心は全くありませんでした。それを土屋は絵を見て見抜いたのかもしれません。
二度目に沢田を訪れた時には、彼が土屋に頼まれて描いた円相を見て「円の中が欲で満ちている」とダメ出しをします。沢田が自分のまるの絵が100万円で買われると知った後です。ここでも土屋は沢田の心情を見抜いていたと言えそうです。
3つ目に気づいたことは、「友情」です。漫画家として成功することを夢見てもがく隣人の横山(綾野剛さん)は、人の役に立たないと存在する意味がない、働きアリのうちの2割の働かない蟻になりたくないと訴え、考えが真逆の沢田と対立します。が、そうこうしているうちに互いを認め合うようになっていく。横山はうざかったですが、沢田を結果良い形で揺さぶる存在だったと思います。綾野剛さんの演技、自然体で良かったです。
沢田がバイトするコンビニの店員・モー(森崎ウィンさん)とも友情を築いていましたね。客から差別を受けても明るく振る舞うミャンマー人のモーも仏教の精神を心の拠り所にしている。沢田のまるの絵のことを「福徳円満・円満具足」(財も心も満たされている状態)と言っていましたよね。お別れがわかった時に描いてとねだったまるの絵に沢田はサインを書きませんでしたが、モーはそれを全く気に留めず喜んでいました。お金に換えるなど毛頭ないといった感じでした。何でもビジネス視点で考えるよう躾けられているとついつい「あっ、サイン書いていない!」って思っちゃいますね。
長くなりましたが、こんな感じで見終わってからたくさん考えることがありました。2割の働かないアリで思い出しましたが、その2割も必要だから存在するという沢田の意見、仏教の理念の一つである「空」に近いものがあります。空は、二項対立を解体する理念で無分別智だと聞いたことがあります。無分別智は、例えば花と雑草があったら雑草は抜くという分別の考えはないということです。沢田は本当に仏教のメンタリティの人でしたね。
トップ画像・出典:https://maru.asmik-ace.co.jp/
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