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福神づけ(#シロクマ文芸部)

 新しい寸動ずんどう鍋を難波の道具屋筋でうたら、グリコのおまけみたいに付いてきてん、神様が。

 うちはプロの料理人やないし、店やってるんでもないけど、たまに道具屋筋をふらふらするのが好きなん。ナポリタンがびよーんて垂直にのびてフォークが宙に浮いてるやつとか、ごってごてのメガサイズパフェとかの食品サンプルなんか、ほんま、見てて飽きへんわ。 
 三が日があけたとこで正月気分もそぞろに、あっちこっちの店を冷かしながら、ふらふら、ふらふら。業務用のでかい鍋や屋台用のタコ焼き機、三連式のたい焼きの鉄板とか、そんなんがごちゃごちゃ混ぜこぜに掃きだめみたいに押し込められてる店に、なんの気なしにふらぁと入った。
 ほんだらな、なんか目がおうてしもたんや、その鍋と。
 いや、まじで目がおうたんよ。鍋には目ぇなんかついてへんのに。
 なんていうんかなあ。じぃっと見つめられてる気がした。昭和の埃をかぶったみたいな、しけた店やってんけど。いっちゃん奥の棚の三段目。その鍋のまわりだけ、ぼおっと光って妙なオーラというか引力みたいなんがあって、目が離せんくなってしもたん。推しのアイドルとかイケメンやったらわかるよ。ただの鍋やのに、なんでやろと不思議な気ぃしたけど。後から考えたら、あれが神通力いうもんやったんかな。
 なんか、買わずにおれんくなってしもて。
 せやけど定価で買うたら大阪人ちゃうやん。
 店先ではたき掛けてたおっちゃんに「なんぼ、まけてくれんの?」て、きっちり値切ったで。ほんだら七千五百円のとこ、正月やからいうて七千円にしてくれた。もちろん一万円札出して現金で払ったよ、ペイペイとかはあかん。あのお決まりのセリフが聞けんやん。
「ほな、これ、釣りな、三千万円。まいどおおきに」
 千円札三枚を広げながら、渡してくれた。

 ひとり暮らしやのにこんなでかい鍋、要らんわなあ。箱はひしゃげてるし、重たいし。冷静になるほどに「買わな、あかん」いうさっきの妙な熱量が、急速に冷えていくんがわかった。
 こういうのんを「火事場の馬鹿力」いうんやったっけ。いやちゃう。「捕らぬ狸の皮算用」、これもちゃうな。「商売繁盛で笹持って来い」は、ぜったいちゃう。ああでも、じき十日戎とおかえびすやなあ。南海電車の新今宮駅に十日戎の看板が立てかけられてるのを車窓から眺めて帰った。

 翌日、鍋の蓋をあけたら、おってん。
 五人囃子の装束みたいなん着て、釣り竿もって、肩ひじついて寝転がってる人形(?)が。
 セルロイドのおもちゃか、おまけかと思って箸でつまみあげたら、
「なにすんねん、わしは神やぞ!」ってわめくんで、びっくりしたわ。
 ぶったまげて箸をぱっと開いたら、すこん、て鍋の底に豆がころがったような音立てて尻もちついてた。尻をさすりながら目ぇつりあげて、
「何さらすねん!」って怒鳴る。
 えらい、がらの悪い神様や。ほんまに神さん?
 釣竿を旗さしものみたいに立てて、左脇に鯛を抱え、ちっこいくせに威風堂々……あれ?
「あのぉ、ひょっとして……えべっさん?」
「ひょっとせんでも、ぼっとせんでも、えびすや。畏れ多くも、かけまくもかしこき事代主命ことしろぬしのみこととは、わしのこっちゃ」と、ふんぞりかえる。
「えべっさんが、なんで寸胴鍋に」
 こういうんを、開いた口が塞がらんいうんやな。
「家出してきた」
 さすがのうちも絶句したわ。
「十日戎、もうすぐやん。どないするん」
「どないもせん」と、ぷいと横を向いて胡坐をかく。
「商売繁盛で笹もって来い、言うけどな。なんで笹やねん。わしはパンダやない。笹なんか食えん」とむくれる。
 ほんまになんで笹なんやろと、つられて考えとったら、
「世の中には、ビーフシチューやらボールベースやら、うまいもんがぎょうさんあるやろ」
「ボールベース? 野球は食べられへんよ」
「野球ちゃうわ、あほ。ボイルベースや。鯛やらエビやら貝やらを煮込む西洋料理のこっちゃ」
「ああ、ブイヤベース」
「それそれ、それや」
「ブイヤベースが食べたいん?」
「作ってくれるんか?」
 ぱっと顔を輝かせる。
「うち、プロの料理人やないから、味の保証はできへんけど」
「なに言うてんねん。プロめざしとったんとちゃうんか。辻調つじちょうを出とるやろ」
「なんで、それ、知って……」
 ふふん、と鼻をふくらませ「わしは神やからな」と胸を張る。
 たしかに料理人めざして阿倍野の辻調に通った。卒業後はホテルの厨房に入ってんけど、古臭い徒弟制の理不尽さに嫌気さして二年で辞めた。独立して店出す先輩もぎょうさん見てきたけど、成功すんのなんか、ほんのひと握りやん。才能ないことわかっとったし、今は派遣で事務してる。一人ぶん作っても美味しくないから、めったに料理はせんのに。
「鍋の中におったいうことは、この鍋でブイヤベース作ってくれる人を待っとったん?」
「せやで」
 ちっこいえべっさんは、当然みたいな顔でにこにこしてる。
「たまたま、うちがあの店のぞいたからよかったけど。誰も買うてくれへんかったら、どないしてたん?」
「料理人が来るんを待つだけや」
「そんなことしとったら、十日戎にまにあわんやん」
「別にかまへん」また、ぷいと横を向く。
「ふだんはろくにお参りもせんくせに、年に一度だけ神頼みに押し寄せるちゅうんは、どないやねん」
「それは、うちもそう思うよ。でもさあ、三日間で百万人も参拝するって、すごない? めっちゃ人気もんやん」
 『人気もん』いう言葉に、ぴくっと福耳をゆらす。
「そらまあ、霊験あらたかやからな、わしの神力は。ぽっと出のビリケンなんかに負けへんで」
 得意げに鼻の下をこする。
 なんや、ビリケンさんと競ってるんか。
「うちがブイヤベース作るから、食べたら神社に帰る?」
「旨かったらな」
「ほんなら、買いもんに行ってくるわ」
「行かんでもええ。鍋の中、見てみ」
 寸胴鍋には、鯛、タラ、エビ、イカ、ホタテ、あさりやら、新鮮な海の幸がてんこ盛りに入ってた。さすが福の神さんやん。ブイヤベースは寸胴鍋より浅鍋のほうがええんやけど。たっぷりどっさり煮込んだら美味しなるしね、まあ、ええか。

「はい、お待ちどおさま」
 ほんまに食べたかったんやね。
 えべっさんは、いつのまにか雛人形サイズから大人サイズになって、えびす顔で待ちわびてた。ことこと、ことこと煮込むほどに、魚介の磯の香りが狭い部屋に満ちてくる。
「ああ、これや。いっぺん、しょくしてみたかったんや」
 福耳がスープにつかりそうなくらい皿に顔を近づけんねんで。
 口のまわりも、手も、装束にも、トマトソースを飛ばしながら、はふはふと、美味しそうにほおばる顔見てたら、なんかこっちまでうれしなるやん。ああ、そうや、これや。うちが料理人になりたかったんは。
 料理なんて、よろこんでくれる人のために作ってなんぼやもんね。

「うまかったぞ。見込んだだけのことはある」
 最後の一滴まで飲み干して、満面の笑みを浮かべる。この福顔が人を引き寄せるんやろか。
「ほな、神社に帰る?」
「ああ。しゃあないな」
「三日間ちゃあんとお勤め果たして、百万人のファンを笑顔にしたら、また、食べに来てよ。腕によりかけてビーフシチュー作って待ってるから」
「ほんまか」
 うん、と大きくうなずくと
「約束やぞ。気張ってくるわ」と声を残してすうっと消えてしもた。
 狭いダイニングにブイヤベースの香がいつまでも漂ってた。
  
 残り福っていうやん。ちょっと意味ちゃうかもしれんけど、えべっさんはちゃあんとうちにも福を残して帰ったんやと思うねん。忘れてた、ううん、あきらめてたこと思い出させてくれたもんね。
 
 カウンター五席だけのこじんまりした店は、どやろ?
 そやな、店名はビストロ『えべっさん』でええか。
 常連さんが商売繁盛の福の神さんやし、そこそこ繁盛するやろか。
 行列なんかでけんでええ。閑古鳥鳴かんていどでかまへんよ。
 よろこんでくれる顔を見れたら、ええ。
 付け合わせは福神づけでおきまりや、ね。

<了>

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<補足>
道具屋筋:大阪の難波駅前にある千日前道具屋筋商店街のこと。
     プロの調理器具や食品サンプルなどの店が並んでいます。
辻調:辻調理師専門学校のことです。

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あけましておめでとうございます。
新年初の課題ですが、またまた、ギリギリからのスタートになってしまいました。小牧部長様、こんな私ですが、ことしもどうぞよろしくお願い申し上げます。


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