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酩酊心酔 6 土葬
(2400文字くらい)
最初にお断りしておきます。
酒は寝かした方が旨くなるのか、と聞かれることがあるのですが、私はいつも次のように答えています。
「酒は時間や温度その他諸条件とともに変化をしてゆきます。得るものも、失うものもあります。そしてその結果をあなた自身が良しとするのであれば、旨くなるということでしょうね」
もう少し丁寧に言うと、酒の作り手が思い描いている「飲み頃」というものがあって、それは出来上がったら速攻で飲んでほしいのか、あるいは2~3年マイナス5度で冷蔵保管するのをベストとするのか、果ては20年常温で放置するのか、本当に千差万別なのです。
だが世の中には変わり者がいて、常軌を逸脱した「飲み頃」を良しとする一派もまた存在するということを御理解ください。
昨年末、「きたない酒」を飲ってしまってからというもの、私のアタマの中は何年も熟成され完全体と化した「どぶろく」への想いに侵されている。
もしかして脳ミソが既にどぶろく化しているのかもしれない。
そして遂に今日、賽は投げられたのである。
どぶろくは危険物である。
酵母が生きているから、糖をアルコールに変化させ炭酸ガスが発生する営みは瓶内で継続している。そのため、わざわさ瓶の蓋に小さな孔を開けて破裂を防止する措置が取られているものすらある。
そして、「必ず2週間以内に飲め」だとか、「10度以上にするな」という脅し文句が記されている。
つまり、不発弾なのである。
私は自宅に不発弾を長期間所持する勇気はない。
月日が流れ、完全体となりつつあるところで爆発したらどうなるのか?
運悪く腐敗でもしていたら、スウェーデンのシュールストレミング※爆発事故みたいな惨事になりかねないではないか。そんなことにでもなれば、私は妻に逃げられ、村八分となることは必定である。
瓶燗火入れすることも当然考えた。
熱を加えて発酵を止めてしまえば、爆発や腐敗のリスクは大幅に減るだろう。
だが、本当にそれでいいのか?
生だよ、生だろ。生のまま、生きてるまま埋めればいいんだよ。
生命の力を信じるのだ。さあ、やれ、やるのだ、もう時間がない、このポカポカ陽気のおかげで瓶の中は泡立ってきている!
※世界一臭いニシンの缶詰。発酵して缶が変形し、たまに爆発する。
私は土中に埋設する計画を立てた。
どぶろくに関しては殆ど知識がないので、とりあえず手に入りやすいものを6本ほど入手した。正確に言えば生のどぶろくは4本で、あとの2本はにごり酒となった。
最初はペール缶か何かに密封して埋めようかとも思ったのだが、どれか1本でも爆発しようものならば他の瓶も無傷ではすまないと思い、個別にビニール袋に詰め、埋めることにした。直でもよいのだが、ラベルがボロボロになって何か分からなくなるのも困るのでそのようにした。
向かう場所は、悪い「きこり」がいる土場の斜面。
ここならば地雷が爆発し、土煙が舞い上がっても誰も文句を言うまい。
私はひとり侘しく地面と対峙した。
雪をどけ、唐グワと剣スコを振り回して穴を掘った。完全に不審者。
粘土質の土は道具にまとわりつき、ダンゴとなって体力を奪う。
太い木の根はバリケードとなってイライラをつのる。それをナタでブッた切りながら掘り進む。
よく殺人を犯した者が、穴を掘って死体を埋める話があるのだが、あれは絶対に止めたほうがよい。酒の瓶を何本か埋めるだけでも一苦労である。
人一人分からないように埋める穴など、気の遠くなる作業だ。
私が当事者ならば、途中で嫌になって近くの交番に出頭するだろう。
あるいは東京湾にコンクリ詰めの方がよほど楽だと思う。
小一時間ほどかけて、ようやく穴が完成した。
都合7本の瓶を並べ、土をかけていった。
悪いきこりに、場所が分かるよう目印を付けておけと言われたので、板に名前、日時、そして「酩酊心酔」の文字を書き入れ、打ち立てた。
文字は習字の好きな娘に頼むと嬉々として引き受けてくれたものの、その実ヘンタイ行為の片棒を担がされている事を知る由もない。
どう見ても卒塔婆にしか見えない板を見ながら、
「どんなにつらくとも、生きぬくのだ。腐敗するでないぞ」
と、どぶろく達に向かって心の中で願い、土をかぶせていった。
その時。
突然、酒の聲が私に語りかけてきた。
「ちょっと、あなた何してるの」
ん?この声は誰だ、こんな奴いたっけか。
「何、やだ、周りの連中、皆白濁してるじゃない」
あ、ああ、君ね。どぶろくだけだと寂しかったから、普通の酒もついでに入れておいたんだ。ごめんごめん、たまたまストックしてあったからさ、入れてみたんだよ。えっと、君は・・・
「真澄の純米、茅色よ」
そうそう、君おいしかったからさ、埋めたらどうなるかなあと思って。
「きゃあ、止めてお願い!何この隣のひと、発泡してるわよ」
「僕もう爆発しそう」
「いやああああ、やめてお願い、ここから出して」
でももう君の分のスペース掘っちゃったし、ちょっと穴の中で寝てたらいいんじゃない?
「やだ、やだ、私土の中なんてイヤ」
君、まだ若いから土の中で美魔女になれるかもしれないよ。
「そうだ、あきらめろ」
ん、この野太い声は、君は・・・
「にごりの五郎八だ」
おう、五郎八。ごめんね君ってさあ、あの新潟の菊水だったなんて全然知らなかったよ。飲んで解かるべきだったな。しかし君は日本酒ではなくリキュールなんだよね。
「補糖されているからな」
多分、君は最後まで生き残るクチだろう。真澄の面倒をみてやってくれ。頼んだぞ、五郎八。
私は真澄の懇願を無視して土をかけ続けた。
「ぎゃああああ、止めて、埋めないで」
真澄の声は聞こえなくなり、土中深く埋葬された。
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さて、墓を暴くのはいつにするか。
もしも私がその時までnoteを継続し、なおかつ奇特な読者の皆様が訪ねてくださるのなら・・・その結果を報告いたしましょう。
だがしかし・・・7号酵母※の呪いが、心配だ。
※長野県諏訪「真澄」から分離された優良酵母