酩酊心酔 3 血
ステレンラスト オールドブッシュヴァイン シュナンブラン 2022
(南アフリカ白)
酸と甘みがもたらす芳醇さよ。だが惜しいのは、飲み頃はもっと先だろ?
もちろんこのままでも十分感動ものだ。微発砲しているくらいのフレッシュさは今でしか味わえない。だがこれは5年後を期待してしまうポテンシャルの高さだよ。特筆すべきはミネラル。こんなに亜鉛の味、普通しないでしょ。どんだけヘンタイ土壌で育ったブドウなのよこれ。
(2500文字くらい)
私には歳の離れた弟がいる。
結構離れているおかげで一般的な兄弟という関係ではなく、言ってみれば、ひとりっ子が二人存在しているようなものである。
弟が幼い頃は一緒に暮らしていた。物心がつく前の話だ。
しばらくして、私の大学進学とともに離ればなれになった。
そうなれば、良くて年イチか、それ以下の頻度でしか会う機会がなくなる。
お互いよく知らない者同士。仲が良いのか悪いのかすら分からない。一番近いのに限りなく遠い存在。
あまりそういう境遇の人と出会ったことがないので、何とも不思議な感覚なのである。別に不幸とかではなく、不思議な感じなのだ。
今でもよく覚えている。
彼が大学を卒業した頃、二人でワインを飲んだことがあった。
もう10年以上前の話だ。
飲んだのはイタリアのマルケ州で造られる、モンカロ・チメリオロッソ・コーネロ・リゼルヴァ2009である。
モンテプルチャーノ種から醸されるこのワイン、確か千円台だったと記憶しているのだが、飲んだ瞬間何だこりゃと思って酒屋に1本だけ残し(ぎりぎりの良識です)全て買い占めた。確か5本くらい。
何とも言えないチョコレート風味のこのワイン、リゼルヴァ(長期熟成)ということもあり、樽の使い方が絶妙だったのだろう。千円台ながら忘れられない1本であるのだが、たまたま最後に残った1本を弟と一緒に飲んだのだ。
私の記憶が正しければ、これが最初の酒の酌み交わしだと思う。
彼はその頃20代前半。これは旨いと言ってくれたことをよく覚えている。
だがとにかく、弟というものがよく分からなかった。
彼が物心ついたときから果たして何回会っているのだろうか。数えるくらいである。例えは悪いが、不幸にして幼いころ離ればなれになった兄弟みたいなのと同じ感覚かもしれない。
そしてこのワインを飲んだ時、ふたつの意外なことを聞かされた。
ひとつは、一緒に暮らしていた頃の、私の記憶がないこと。
これは彼の立場ならば、いよいよ生き別れの兄弟だ。
もう一つは、小説家になってみたいということ。
ゲ、まじか。
だが今現在、彼は小説家ではない。多分。
その後、アル中の私は彼と会うたびに・・・恐らく3年に一度くらいかと思うのだが・・・ワインとか日本酒を持ってその会合に向かった。
ある時は、とある試飲会から流れてきた「おこぼれ」20種ほどの日本酒をダンボールで持ち込み、片っ端からテイスティングしたこともあった。
そんな彼は、いいものはいい、ダメなものはダメとバッサリ言う男だった。
両親も、彼は幼い頃から旨いまずいには敏感だったということで、あるとき高くてイマイチな店に入ってしまった時などは、会計時に「高っ」とかデカい声で言ってしまうものだから、ひじょーに気まずい雰囲気となり、そそくさと帰ってきたという話も聞いたことがある。その時私はいなかったのでよかったのだが。
ただ、食い物に対して、何でもかんでも旨いの不味いのとやかく言うのは、正直感心しない。だって、食えるものがあるだけ、幸せなことだと思うから。
それでも乱暴に分類してみよう。
①安くて旨いもの。バンザイ!
②安くてまずいもの。まあ、仕方がない。
③高くて旨いもの。そりゃそうだよね。
④高くてまずいもの。オイ、ちょっとまてコラ!
現在の日本国内において④については、まあ文句を言っていいと思う。
提供する側の、良心とか、やる気とか最低限のことを疑ってしまうからだ。
彼は、どうやら④に関する物言いを、幼い頃から言っていたらしい。
だが、今日の今日までその実態を知る術はなかった。
彼が勧めるものを口に入れたことが無かったからだ。
そして、冒頭の南アフリカのワインは、実は彼が初めて私に送ってよこしたものなのだ。今週のこと。
とてもいいワインだ。高いものではないという。
とはいえ不思議なのが、彼はまあ、酒はどちらかといえば好きな方ではあったのだが、私のように自称アル中と言うほど入れ込んでる風ではなかったはずだ。
いつも酒を抱えて会いに行く私を、
「まあしゃーねーから付き合ってやっか」
くらいのものだと思っていた。ところが。
彼は、わずか1年の勉強でワインエキスパートになっていた。
ワインエキスパートとは、要するにソムリエと同等の資格である。
ソムリエは3年以上の実務経験と現役であることが条件なのだが、ワインエキスパートはその実績がいらないだけだということ。
筆記も実技(ブラインドティスティング)も一発だとさ。
どうなってんの。参ったね、こりゃ。
前回この酩酊心酔で、酒飲みの才能と子どもへの過剰な期待を妄想形式で書いてみた。
だが、完全に盲点だった。一番近い存在を。
まるで、スターウォーズのルークとレイアのようだ。
不思議なもので、酒のことを書き始めたと思いきや、こういう成行である。
人は、知らないうちに変わるものなのだ。
最近、特にそれを感じることが多い。
変わらないのは、いや、変われないのは自分自身だけではないかという不安がつのる。
しかし変わったら変わったで、それもまた新たな不安が生まれるものだ。
酒なんて正直、よく分からないまま旨いと思えた方が、よっぽど幸せだ。
これはいい、これはダメなどとスイッチが入ってしまったら、それは間違いなく出口のない底なし沼への入り口なのだ。
身を滅ぼすものもいるだろう。
散財するものもいるだろう。
思えば一年前、彼と、あのボルドーを飲らなければ、こんなことにはならなかったのかもしれない。
それは・・・シャトー・ディッサン 2015。
彼の人生が、心配だ。