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彼女のためにできること

私は44歳で、二児の母で、子供は双子である。
そして、そのうちの1人が知的障害と自閉症スペクトラムを持っている。

彼女は比較的温和な性格だが、発語はあれど日常会話がほとんどできない。「ごはん、たべる」「おふろ、はいる」「がっこう、いく」など、ごくごく短い文を操って自分の要求を伝えてくれるが、「今日は天気がいいねー」「学校で何した?」などの雑談はまったくできない。
そもそも、「だれ」「どれ」「なに」等の疑問詞をいまいち理解できていないし、「おなまえは?」などの質問にも答えられない。いまのところ診断上は中度知的障害だが、年末の療育手帳再判定できっと重度の仲間入りをすることになると思っている。

そんな彼女の未来はどうなるのが理想なのだろうか?

こと日本ではとにかく他人に迷惑をかけない、という意識が高いので、どこかに預けるというと「楽しようとして!」とか、「責任感がない」などという話になりがちである。
けれどずっと私たちが見ていたら、もし私や夫が急に身動きが取れなくなったり、亡くなったりしてしまった場合、彼女の存在が「迷惑な存在」として浮いてしまうだろう。それどころか、我が家の場合は双子の片割れである次女に負担が行ってしまうことになるかもしれない。それだけは絶対に避けたい。

私の思う彼女の理想の未来は、色んな場所に居場所があること。
彼女の活動を見てくれる人が複数いることと、「血縁」や「厚意」だけで成り立っていない不動の後見人がいることだ。

具体的に言うと、

  • 支援してもらうに相当する資金をなるべく多く残してあげること。

  • つながりのある施設を多く作ること。

  • 将来グループホームに所属できるように、なるべく多くの身辺自立を進めること。

ということになる。
資金の話は私たちが頑張るしかないので長期的な目標として、つながりの部分から言うとシンプルに「預けられる施設を増やす」ということになると思う。
だから、私は彼女を放課後デイサービスになるべく行かせたいと考えている。安心して過ごせる慣れた場所が家以外にできて、彼女をよく知る大人が複数できるということが重要なのだ。
放課後デイサービスと一言に言ってもいろいろあるが、彼女はゆるい預かり型のデイサービスでは間が持たないので、はっきりとした活動のルーチンが存在するデイサービスを選んだ。それも、彼女が一番好きな活動だ。そのかわり、体力を消耗して疲れてしまうのでせいぜい週に二〜三回入れるにとどまる。

身辺自立については、今の私がいちばん推進していることといっても過言ではないかもしれない。
着替えはすべて(ボタンも)自分でできるようになった。が、排泄面はときどき拭きが甘いときがあるし、食事は1人でできるが大きなおかずをかじったり箸で分けたりすることができないので、まだ小さくしたり切ってあげないといけない。お風呂はつい最近まで全介助だったが、今は身体の前面を自分で洗う練習をしてもらっている。5年生の林間学校までに髪を洗えるレベルまで持って行きたい…!

日常会話はできないけれど、例えば「はい、どうぞ」と言われたら「ありがとう」と答えるなど、仕込む(言い方は悪いが…)ことはできる。「ありがとう」が言えるのと言えないのとでは雲泥の差があると思っている。
当然、お世話をしてもらうにしても支援側の負担が少ない方がいいし、なるべく良い印象を持ってもらいたい。

こんなことを書いていると彼女がほぼ何もできないと思われそうだが、かろうじて文字は読むことができる。夜カレンダーに書いた予定を見て「あした、○○(デイサービス)?」と聞いてくるし、朝にはリビングにつくった自分の予定表にきちんとカレンダーに則した予定が貼ってある。
それは彼女の成長の結果でもあるし、私が、頭に文字が入っていっているな…というタイミングで子供用のカレンダーを作り、きょう、あした、と繰り返し教え続けたからでもある。

彼女は…いや、彼女ら障害を持った子供たちは、定型発達の子供のように成長と共に勝手にできるようになったりしないことが多い。私たちが環境をつくり、可能性を広げてあげて初めて一歩進めるのかもしれない。

だから私は今日も、彼女の見えない未来のために今何ができるか考えている。

#未来のためにできること

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