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一角のひと 担当:須田さ紀え

「しりとり手帖」番外編、しりとり手帖ができるきっかけのお話です。
 前回は寺橋さん視点のお話でしたが、今回は須田視点からお届けします。
 今週末12/1(日)に東京ビッグサイトで開催される、文学フリマ東京39に関するお知らせもあります。どうぞ最後までお付き合いください。


 逃げ場の一角に、彼女はいた。
 
 8年前、職場の環境がどうしても自分と噛み合わない時期があった。入社して3年目、同期や後輩が大きな案件を任されるようになる中、わたしだけいつまで経っても皆ができることができない。指導役の先輩からは、ミスをするたび数時間にわたって詰められる。いつもビクビクしているからか、ほぼ話したことがない他部署の人に「挨拶がなかった」という理由で突然怒鳴られる。そんな毎日を過ごしているうちに朝起きられなくなり、遅刻や当日欠勤が増えていった。
 ああ、自分は使えない人間で、いても意味ないっぽいな。そんな感情に襲われる頻度が増えていくのに耐えられなくなり、わたしは以前から気になっていたライター講座に申し込んでみた。思えば、大学で文芸学や創作を専攻していたころ、「書くこと」はこの先もずっとやりたいと感じたことのひとつだった。もしかしたら、昔やっていて楽しかったことの中に、今の状況を変えるヒントがあるかもしれない。そう期待して、平日のつらさから逃げ込むように毎週土曜の講座に通っていた。そしてある日の講義で、彼女に出会うこととなる。

 その日の講義は、決められた時間内で自分を表現する、というワークショップだった。自分について、「これだけは伝えたい」「これを言わずして自分ではない」という、「自己紹介のメイン」を1つだけ決めて表現する、というもので、講義の最後に受講生から選ばれた数名が全員の前で自己紹介する、という流れだった。選ばれた受講生たちが壇上に立ち、ひとり、またひとりと自己紹介を終えていく。みんなそつがなく、人前で話し慣れているように見える。そんな中、ひとり明らかに熱量が違う女性がいた。
〝私はリア充死ねと思うような人間で、何も満たされてない〞
〝でも私は、私の存在を認めてほしいから書いてる〞
 100人近い受講生の前で、時折声を震わせながらスピーチをする彼女。誰よりも剥き出しでストレートな自己紹介を炸裂させた姿が、震えるほどかっこよく見えた。あんな大勢の前で、無難さやスマートさに逃げない言葉で自分を表現できるなんて、とてつもなく勇敢な人だ、と思った。
 そのかっこいい自己紹介の彼女こそ、寺橋さんだった。

 「初心者歓迎」とうたってはいたものの、講座の受講生の中には現役のライターや編集者の方もいた。そして、毎週出る課題の講評で高い評価を得ていたのも、大半はそういうプロの人たちだった。書く仕事を経験してこなかった素人がやみくもに課題に取り組んだところで、そんな人たちに太刀打ちできるわけがない。結局、わたしは半ばフェードアウトする形で講座を修了してしまった。
 でも、あのワークショップで選ばれた人の中に寺橋さんがいたことは、わたしにとってほんの少しだけ希望に思えた。人の心を打つ本音をまっすぐ形にできる力は、書き手としての才能だ。自己紹介ワークショップで登壇した受講生の中で、この人のアウトプットをこれからもっと見てみたい、と一番強く思ったのは寺橋さんだったし、講座の開講期間の間、ずっとその印象は変わらなかった。

 講座の受講生とは、半年間の講座が終わってもSNSで何名かの方とつながっていた。たまにその人たちのアカウントを見にいくと、同期と思われる人が「おすすめ」に出てくる。ある時、おすすめされるがままに同期の人らしきアカウント名をクリックすると、そのトップ画面には一面にコンドーム自販機の写真が敷き詰められていた。
 え、同期にこんなクセが強い活動してる人いたんだ。気になってフォローし、プロフィールに記載されたnoteのリンクに飛ぶ。赤裸々なのに端正な文体でつづられた投稿を追ううち、明らかに自分も同じ場所にいた覚えがある描写にたどり着いた。そして確信した。あの時スピーチしていたお姉さんだ、こんなところで見つけてしまった。

 初めて本格的に参加した文学フリマ、お目当てはたくさんあったけど、その中でどうしても外したくないブースがあった。混み合う時間帯が過ぎるのを狙って向かったブースには、コンドーム自販機のZINEが数冊並んでいる。もし、あの時の話題にあまり触れられたくなかったらどうしよう。そんな懸念もよぎったが、わたしは意を決して切り出した。
「あの、〇〇のライター講座に通われてましたよね? 実はわたしもあの講座に通っていて」
 突然そう言われて大困惑する寺橋さん。当たり前だ、講座の期間中一度も話したことがなかったし、わたしが一方的に認知してSNSをフォローしていただけなのだから。けれども、この時の勇気がきっかけでわたしはようやく寺橋さんと知り合うことになる。
 ライター講座の教室の一角では接点がなかったわたしと寺橋さんが、数年後に文学フリマの会場の一角で出会い、おたがいの仲間を交えて本を作った。あのころからは想像もつかない未来にいるのが不思議だけど、きっとこれは書くことや表現することが連れてきてくれた未来なんだろう。そう思うと、改めて表現するってすごいことなんだと感じるのだ。



ZINE『しりとり手帖』文学フリマ東京39で販売します!

 明後日12/1(日)に東京ビッグサイトで行われる「文学フリマ東京39」にて、このnoteマガジン『しりとり手帖』のZINE版を販売します。note掲載時から加筆修正されてよりパワーアップした『しりとり手帖』、紙の本ならではの良さもたっぷり加わっていますので、ぜひお手にとってもらえると嬉しいです!

『しりとり手帖』販売ブース

ブース名: HappyFamilyPlanning

ブースNo. : N-45

文学フリマ詳細: https://bunfree.net/event/tokyo39/

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