暗渠 担当:須田さ紀え
上京してきたばかりの頃のわたしをイラつかせたもののひとつ、それは
「至るところにあるうねうねした道」
だった。
18歳まで過ごした北海道では、こっちに行けば目的地に着くはず、と確信して進んだ道の先があらぬ場所につながっている、ということなんてほぼなかった。街の道路はだいたい碁盤の目状に整備されていたから、どんなにぼんやりしていても方角さえ間違わなければ目的地にたどり着けていたし、それが当たり前だと思っていた。けれど東京の、このうねうね曲がる道は何なんだ?? 行こうと思ってる方向に進んだはずなのに、知らないうちに120度くらい曲がってたせいでよくわからない場所に連れていかれたんだけど???……当時はまだスマホもGoogleマップもなかったから、しょっちゅうこんな調子で道に迷い、その度にパニックになっていた記憶がある。
意味がわからないと思っていた東京のうねうね道にも意味があるらしいと知ったのは、当時のバイト先の先輩が台風の日に教えてくれた蘊蓄がきっかけだった。その日は付近の地下道が水没するほどの暴風雨で、退勤後も外にはとても出られず、先輩と荷捌きで雨が止むのを待っていたのを覚えている。
「渋谷とか池袋とか、あと荻窪とか、さんずいが付く字が入った名前の街は水害に弱いらしいよ、この辺なんて昔は川だったっていうし」
先輩によれば、バイト先のすぐ脇のセンター街も、山手線の線路の向こうの明治通りも昔は川だったらしい。川を地下に通してその上に道を作っているから、あんなに唐突な方向に道が延びているのだそうだ。なるほど、宮益坂と道玄坂に挟まれた数々の小道がところどころゆるく蛇行しているのも、もともと川だったからと言われれば納得がいく。謎のうねうね道の正体は、わたしが東京に来るずっと前からあった川の跡、つまり暗渠だったのだった。
今住んでいる家の周りは、都内でも屈指の暗渠スポットらしい。かつて川や用水路だった暗渠が散歩圏内にいくつも残っているのだけど、どんなに晴れた穏やかな日でも独特のしんとした空気が流れていて、ちょっとした異世界っぽい。
あの台風の日から20年近く経った今、気づけばすっかり暗渠好きを名乗るようになったわたしなのだけど、たぶんこの「異世界感」、それに「今歩いている街の秘密にふれている非日常感」が暗渠に惹かれるポイントなんだと思う。都会のはずの東京で、足元に見えない川が流れている場所があるってなんだかすごく神秘的だし、今いる時間軸がぐわっと歪む感じがある。その感じがたまらなくて、今日もわたしは遠回りして暗渠の道を通り散歩に出かけるのだった。
【おまけ:ご近所暗渠ギャラリー】