見出し画像

短すぎたハンマーと可哀想なハンドパンの話 第四話

四万円も払って、叩くほどに気持ちが悪くなるハンドパンを手に入れた私は、すっかり腹を立てて、それを物置きに放り込んで、ふて寝をした。

だが、いくら見ないふりをしても、例のかっこいい曲を今すぐにでも演奏したいという情熱は簡単には収まらない。

しばらく悶々とした私に、ある素晴らしいアイデアが閃いた。

「長年ギターをやってきた俺なら、この狂ったハンドパンを正しくチューニング出来るんじゃないか?いや、意外と簡単に出来てしまうに違いない!」

またまた謎の自信を悪い方向に発動させた私は、すでに問題が解決したかのような浮き浮きとした気分で、試しにYouTubeの検索窓に英語でhandpan  tuningと打ち込んでみた。

ハンドパンのチューニングは難しく、門外不出の秘技だとばかり思っていたので、意外に沢山の動画が出てきた事に驚く。

全て海外の動画だが、映像のおかげで言葉の意味も大体理解できる(気がする)。

「ふんふん、裏面に開いている直径10センチくらいの穴から手を突っ込んで、変な形のハンマーで内側から思いっきり叩いているな」

数本の動画を見た私は、チューニングのやり方の全てをマスターした(と勘違いした)。

動画の中でチューニングに使われているハンマーは、ヘッド部分が極端に長く、今まで見たことのないものだった。ネットなどで探せば見つかるかも知れないが、恐らく海外製で高価だろう。

すでに四万円も散財していた私は、とりあえず百均で目についた手頃なハンマーを買ってきた。

そのハンマーを持ち、動画でやっているように、ハンドパンの裏の穴から突っ込もうとしてみるが、30センチほどある柄の部分が邪魔をして、上手く入らないし、内側から叩くどころではないのだ。

これは…切るしか無いな。

即断した私は、金切りノコで惜しげもなくハンマーの柄を10センチ程を残してぶった斬った。

…しまった、切りすぎたか…

手に取ってみるとそのハンマーは、柄とヘッドの長さが同じくらいで、Tの字みたいになってしまっているではないか。

これでは柄が短すぎて力が入らず、振りにくい事この上ない。

「切ってしまったものは仕方ない、これでやってみるか」

何とか気を取り直した私は再度、裏の穴からハンマーを差し込んでみた。


一時間後、私はハンドパンを放り出し、椅子にへたり込んでいた。

…これは、無理だ。

私の思惑では、中央部のdingと呼ばれる部分を裏からちょっと叩いて、わずかに音程を上げれば済むはずであった。

ところが、軽く一発叩いた途端、dingは目当ての音程を遥かに通り過ぎて上昇してしまい、元々このハンドパンの中では最も低い音のはずなのに、周りの高い音と変わらなくなってしまった。

焦りに焦って、裏から表からあちこち叩いてみるが、余計におかしなことになっていく。

こ、こんなはずでは…

だが、状態は遥かに最初より悪くなってしまっている。

これは…いっそのことバラして四万円の中華鍋にするしかないか…

…かくして、素人に変なハンマーで叩かれまくった可哀想なハンドパンは、またもや物置きに放り込まれることになるのである。


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集