ガソリンスタンドは冬の匂いがする
窓を開けると、身を切るような北風が舞い込んできた。
思わず身震いして、箪笥から冬物を出す。
袖の長い上着を羽織ると、箪笥の匂いが染み付いていた。
寝坊に寝坊を重ねた罪深き昼下がり、食材を求めにスーパーまで歩く。
風は頬を冷やし、ガソリンスタンドの石油の匂いを運んできた。
ああ、冬が来た、と思った。
故郷を離れ、すっかり車離れした都会の生活に身を置くようになってから、ガソリンの匂いにノスタルジーを感じるようになった。
ツンと澄んだ空気の中に漂う、ガソリンはケミカルで、冬の匂いがする。
雪道を送ってくれた両親の車と、冬場の教室のストーブの匂いがする。
通学路が凍結して、自転車で通れないからって学校まで送ってもらった朝の車
教卓の横、前の席にしか届かない熱を、健気に発し続ける、狭い教室に置かれた2月の石油ストーブ
隣町、レイトショーを見に連れて行ってもらった夜の、特別な高揚感が詰まってる。
車社会を脱却した、バスでどこへでも行ける都会の暮らしは刺激的で、不便などない。
目まぐるしく変わっていく環境にも慣れつつある今、私はこの街で三度目の冬を迎える。
私の育ったあの町は、私の記憶の中で変わることはない。生活したころの記憶は、いつまで経っても18歳のまま、進むことはない。
しかし、私のいなくなったあの町は、私の記憶のままではいてくれない。今日も少しずつゆるやかに変わっていく雪国の、あの町の姿を、私はいつまで見ていられるだろう。
私は故郷の姿を、いつまで懐かしく思えるだろうか。
昔のまま、いつかの思い出にしてしまえば、時間が経つほどに遠い過去の、他人のものになっていくような、私のものではなくなってしまうような気がする。
この時間を生きるあの町を、ずっと追うことはできない。でも、遠い存在にはしたくないから、忘れないうちに、もう一度帰ることにした。
あの温かい冬を、いつまでも思い出せるように