作家・田辺聖子さん
私が好きなテレビドラマの中に、朝の連続テレビ小説『芋たこなんきん』がある。
当時、観た時も面白かったのだが、十数年の時を経て、今、再放送を観ていると、やはり若さゆえ分からなかったことというものが、今となって分かったりして、とても毎回、胸に何かしら残る素敵なドラマであるが、残念ながら、そんなドラマの再放送も今週で終わりを迎える。
作家の田辺聖子さんがモデルとなっているが、彼女はつい3年前、2019年までお元気で小説家として活動していた。彼女は時代と共に私には存在していたか、その存命中に彼女の作品を読むということが私は遂ぞなかった。
田辺聖子さんは大阪の女性だから、当然、このドラマの中の台詞も大阪弁で、とてもテンポのいいセリフがポンポンと、リズミカルに飛び交うのだが、それでもやはり東京にはない、いや、関東にはないと言ったらいいのか、そういった情の深さというものが、垣間見れるシーンが幾つもあり、そしてまた主演の藤山直美が、これまた当たり前のことなのだが非常に上手い。
そして、脚本の長川千佳子の書き上げた台詞が胸に染みる。
私は彼女にお礼を言いたい気分である。
と、言うのも、私がこの書くという作業を、本格的に再開しようと腹を括った大きな要因の一つに、この『芋たこなんきん』の中で聞いた彼女の書いた台詞が、私の胸に大きく響いたからである。
「人生、どんな仕事でも苦労はある。同じ苦労をするのであれば、自分の好きなことをやって苦労した方が、幸せなんと違うやろか」
確か、こんな台詞だったと思うが、この言葉は、メンバーシップ会員の方に毎週末に、質の良い作品を提供出来るか自信がなく、ゆらゆらと揺れている、私の迷う心に、この台詞が綿菓子のように溶けていった。
これとは別に、また、自分が文を書いて行く中でも、 書きたいテーマはあるが、どうしてもまだ書けないというものが幾つかある。どうしたものかと思っていた矢先。
それは、いしだあゆみ演じる秘書の八木沢純子が、町子の元を離れるという決断をした時に、町子が純子に考え直すように説得するために、手紙を書こうと思ったことを、病院の待合で純子に直接伝えた時の台詞だ。
「 文章というのは冷静でないとちゃんと書けないんです。せやから書かれへんかった」
それは、当たり前のことだったのだと思った。
私はこの二年間、揺れる気持ちを何とか自分で抑えながら、冷静になれていたからこそ、毎日欠かさず文を書き続けることが出来たのだと、改めてそう思ったのだった。
私が書きたいと思っている題材は、まだ書けそうもない。それは、自分が冷静ではいられなくなると分かっているからだ。遠い遠い昔の出来事であってもである。
だから今は、書けなくても仕方がないのだと思った。
時に、映画やドラマや本との出会いで人の人生は、多少なりとも大きく変わる時がある。
私の最大の後悔は、田辺聖子さんが存命中に彼女の作品を、ひとつも読まなかったということである。
こんなに面白い人だと知っていたら、私はとっくに彼女の作品を読んでいたと思うのだが、これも、その人にとっての『時』というものが満ちてこそなのだろうと思う。
やっと今、私の『時』が満ちて来たのだと思う。
2022年8月20日・書き下ろし。