見出し画像

ハクジョウ者

 私用で電車に乗った。目的地について用を済ませたその帰り、私は駅の構内にいた。友人たちと立ち止まりコンビニエンスストアの中を覗いていたら、私の足を容赦なく杖でピシャリと叩き払った女性がいた。驚いて振り返ると、女性はムッとした声できつく私にこう言った。

「この上に立たないで!」 

 女性は右手でスーツケースを引き摺りながら、左手で白杖を持ち、点字ブロックの上をスタスタと歩いて行くと、間もなくホームの中へ消えて行った。
 
 女性は視覚障害者だった。

 私は済まないと思いすぐに詫びたが、女性は私という「障害物」を白杖で点字ブロックから追い払った。まるで「いつものバカが!」と言わんばかりに。

 その後、どうも私は釈然としなかった。それは、女性が白杖で私の足を思い切り叩き払ったからではない。その時に言い放った言葉とその言い方にあった。善悪で言えば間違いなく私が悪である。これを私は否定するつもりもなければ、弁解をするつもりもない。詫びるしかないことは百も承知である。しかし、私だってそこが点字ブロックの上と分かっていたら、数秒とは言えそこにバカみたいに突っ立っていることはしなかった。女性にはいつも必ず遭遇する「悪」でしかない私という「障害物」ではあるが、そこに私がいなければならなかった理由というものも、言い訳がましいがあったのである。

 ちょうどその時、若い女性が酔っ払いに絡まれ、私に助けを求めて来た直後だった。やっと少し気分が落ち着き、買物に入った店の中にいる女性の様子を私は見ていたのである。しかし、店の中を伺うには、店から二三歩引いて見なければ中は見えない。その二三歩引いた所に点字ブロックがあったのである。一瞬のことであったから、互いに運が悪かったと言うのか、間が悪かったというしかないのかもしれない。

ここから先は

1,401字
この記事のみ ¥ 300

この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?