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ビロードの掟 第22夜
【中編小説】
このお話は、全部で43話ある中の二十三番目の物語です。
◆前回の物語
第四章 在りし日の思い出(6)
「そうですね。これ、もしかしたら凛太郎さん直接優里から聞いているかもしれませんが──」
彼女は次の言葉を話し始める前に、一拍の間を置いた。
「彼女、高校時代いっときクラスの人たちから嫌がらせを受けていたことがあったんです」
「嫌がらせ?」凛太郎はその話を聞くのは正直初耳だった。「彼女は、僕と付き合っていた時積極的に自分のことを話そうとしなかった」
「でしょうね。それもイメージつきます。以前お話しした通り、彼女は元々天真爛漫な性格でその屈託ない態度でたくさんの人に好かれていた」
優奈はどこか宙を見ているかのような表情になった。昔のことを回想しているのかもしれない。喫茶店はまだ喫煙が禁止されていないようで、どこからかゆらゆらとタバコ特有の匂いが漂ってくる。
「でも、中にはそれをよく思わない人たちも一定数います。いわゆる思春期によく見られるような妬み、僻みというものです。彼女はその標的になってしまった」
「優里が──」
大学時代どちらかというと周りを立てるよう気を遣っていた彼女の姿が脳裏に浮かぶ。これはきっと、彼女が高校時代に経験をしたことから学んだ処世術のようなものなのかもしれない。彼女はなるべく目立たないよう、自分を殺した。
優理は繊細な人だった。当時彼女が受けた傷のことを思うと、なんともいえない気持ちになる。自分が自分でなくなることに、どれだけ彼女は苦しんだのだろう。
いつだったか、その時の彼女も他の人たちとの関係性に苦しんでいた。凛太郎は彼女の悩みに少しでも寄り添うことができればと思っていたのに。たぶん、自分の行動は逆方向に作用してしまった。
アイスコーヒーの中に入っている氷が溶け切った後も、凛太郎と優奈はありし日の優里に関するエピソードをお互い話し合った。
幼い頃の彼女がいかに悪戯好きの少女であったか。元々母親の趣味で、家には本棚に溢れんばかりの本が収まっていた。優奈と優里はたくさんの本を読んで育ち、そして空想世界でよくごっこ遊びをしたこと。
優里が好きだった本の中に、『不思議の国のアリス』があった。3月の白ウサギ、チャシャ猫、ハートの王女──。最後夢の中から戻ってきたアリスは、姉に自分の大冒険の話をし終えて、走り去っていく。
彼女はいつだって夢見がちな女の子で、いつか自分もアリスと同じように後世に残るような旅がしたいと常々言っていた。
凛太郎は頭の片隅で、果たして彼女の思い出話をすることでこれが彼女の失踪事件に寄与できるのだろうかという疑問を拭うことができなかった。
一方で元カノと同じ顔をした優奈と話していると、かつての優里との二人の関係性が戻ったような錯覚を受ける。どうしても高揚する感情が胸の内から湧き起こってくる。単純に楽しかったのだ。
彼女と別れた後は、どうしようもない喪失感を覚える。ああ、やっぱり自分は優里のことを元カノとして完全に過去を葬り去ることができていなかったということを自覚するのだ。
賃貸マンションに帰ると人の気配がなくて、暗闇を嫌うように電気をつけた。パチっとつけたテレビからは空虚な笑い声が聞こえてくる。
*
その後も2週間に一回程度のペースで優奈と会い、カフェやらレストランやらで1時間程度話をした。
その頃になると、これはあくまで優里を見つけるための手がかりを提供しているだけだと無理矢理自分に思い込ませていた。もはや優奈と会うことは凛太郎の休みの過ごし方におけるルーティンの一つとしてカウントするようになっており、なくてはならない時間だった。
ある時、いつものように優奈からLINEが届く。
「次に会う場所だけど、海で会うことはできるかな?」
それまではお店の中でしか会ったことがなかった。
それがなぜ突然海なのだろう。じわりとあの時の出来事がふと脳裏をよぎる。波の音がいつまでの頭の奥で鳴っていた。
自分が優奈と会い続けることは果たして正しいことなのだろうか──。
何も疾しいことをしていないのに、奈津美に本当のことを伝えないまま彼女と会っている自分自身に罪悪感を覚え始めていた。
<第23夜へ続く>
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