イン・ザ・プール
30代も半ばを過ぎて、市民プールに通うようになった。人に誇れるような泳力はないが、私にとってプールは、身体感覚を整える場所だ。縮こまった筋肉を伸ばし、たるんだ腹を引き締め、歪んだ骨を元に戻す。大げさに言えば、自らを浄化・再生する場所だ。
プールのなかでターンを繰り返していると、次第に身体感覚がおぼろになってくる。車で平坦な道を運転していると、ハンドルを握る手の感覚がなくなる、あの感じ。プールの水面が揺らめくように、五感が揺らぎ、繭のなかにいるような気持ちになる。
私はとりわけ、朝のプールが好きだ。水は清く、冷たく、静かだ。柔らかな陽光が天窓から降り注ぎ、水面に乱反射する。
プールから上がり、また日常に戻る。体にかすかに残ったプールの匂いと心地よい疲労感に包まれながら、ひそかに余韻を楽しむ。空想のなかで、体はまだ水のなかを泳いでいる。
私たちは、このどうしようもない日常から逃れられないけれど、少なくとも泳いでいる間は、忘れることができる。日常の喜怒哀楽をひと掻き、ひと蹴りに込め、ただ一心不乱に泳げばいい。プールのなかは、自由だ。
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