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【ショートショート】無邪気な空回り(下)

(上巻)

記事の続き

(ADAM)は、歴史的に類を見ない重度のスポットライト症候群であり、評価経済社会が産み落とした最悪の病魔である。

恵まれた容姿と鍛え上げられた筋肉、性器を切り落としてまで、全裸でのライブ活動に拘り続ける。路上で生の衆人環視を受けるだけに飽き足らず、小型のカメラ付きドローンを三機、常に自身を中心に旋回させながら全世界へライブ配信し続ける。

全ての行動が、少しでも多くの人に、自分だけを永遠に見続けて欲しいという過剰な欲望の現れだった。

しかし彼は、重度の精神異常者が持つ破滅願望によって、狂気の活動を数十年単位で行った訳ではない。

彼と会話してみると、行為に至った明確な理由について、いつでも、ある一定の合理性に基づく戦略をシンプルに示すことが出来た。この事実から、彼は衝動に任せて行動していたのでは無い。ハッキリとした統合的人格によって、全ての行動を理性的に選択している事が分かる。

勿論、明らかな異常者である彼の発言に対して、まともに耳を傾ける者は少なかった。

それでもパブリックイメージが、彼を単なる露出狂のナルシストにしなかったのは、背中にビッシリと彫られたゴキブリの刺青の、単純な視覚的効果が大きいだろう。その複雑な異常性が、単純なラベリングを防いだ。

刺青においてゴキブリという柄を選択した理由は、硬直した市民の価値観を揺さ振り、混乱状態に陥れる為だという説がネット上の一般的な見解である。

明確な一つの理由に絞れない要因は、彼自身が行った疑問に対する回答が毎回違う理由だったからだ。

ある時は、ゴキブリこそが、階級を同じにした時に最も強い生物であり、虎や竜よりも気高く力強い一生背負っていくに相応しい生命だとも答えていた。

この理由は、ゴキブリの刺青を入れることそれ自体が目的になっていて、手段として使用したというネットの俗説とは相反している。

彼という存在と対峙する時にいつも考えさせられるのは、天才と呼ばれ、歴史に深く刻まれる外れ値を生むのは、能力というよりむしろ、宗教的確信による殉教者的性質の方が関数として大きいだろうという事だ。


鳩川孝太郎氏とADAM氏のお互いについての間接的言及から読み解く。

鳩川孝太郎の経歴 宇宙開発による広告や軍事産業に出資を募り参入し会社を立ち上げた多国籍企業の合同会社(LLC)で時価総額百兆円企業の代表でありながら、政界に鳴り物入りで進出し、一気に総理まで上り詰めた。

鳩川内閣は統計学に基づいた人口推移予測を重く受け止め、体外受精による政府によって育てられる、デザイナーズベイビーを作るという革新的な政策を始めた。数万人規模で作られたデザイナーズベイビーの両親は、名目上、全国から優秀な遺伝子を厳選したとされていたが、実体としてはデザイナーズベイビーの遺伝上の父親は、全て鳩川孝太郎だった事が発覚し、政治犯として投獄される。



鳩川孝太郎 彼(ADAM)は、醜いな。偽りを纏っている。覚悟という物を真に持っている人間は、目的に必要なことを日々淡々とこなしていく。一発逆転を狙うのは、追い込まれてどうしようもなくなった弱者の戦略ですからね。本物の強者とは何度も対峙してきました。彼等はいつも慢心せず、尽くせるだけの手を尽くして勝負に挑んできた。だから、私は自身の罪と罰を受け入れたんですよ。


ADAM  無機質な事実よりも、作り込まれた虚構の方が真実味を持ち、大きな効果を与える事を稀代の煽動者(アジテイター)である、彼(鳩川孝太郎)は当然知っている。

私に対する彼の発言は、ポジショントークとして、政治家という役を演じ続けたというだけ。彼の言葉は、本心では無いですよ。だって、私こそが、目的の為には手段を選ばない人間そのものじゃないですか。

まぁ私は単なる道化(ピエロ)という気楽な役を選択したから、無責任に空想と現実を好き勝手無茶苦茶に出来るんです。目的は、抽象的な混乱(パニック)でしかない。実態は、無垢な愉快犯なんです。明確な目的に向かって突き進む様を演じなければいけない政治家とは、役の自由度が違いますね。

今は政治犯として投獄されていますが、一時は一国の首相にまでなった彼は、私なんかよりずっと立派ですよ。

しかし、彼と私は表面的な経歴自体に共通点こそ無いものの、最も本質的な部分で一致した存在だと思いますね。実際に会ったとしたら、凄く気が合うと思うな。

ドアの向こうに何かがあると思わせる為に、必死で演出を行う。そして観客を「見たいけど見たくない」というアンビバレンスな精神状態に持ち込む。そうすると私の事を見ていない時でさえ、頭の中から私が離れなくなる。

脳や身体の構造を完全にハックしてやれば、新しい価値観(虚構)を植え付ける事なんて簡単です。記号上では何も新しくない。方程式に代入すると数値を変化させただけ。歴史的に何万回も繰り返されてきた公理ですよ。

計画と偶然、理性と反理性、意識と無意識の総和が、世界全体を表す人間的で最も正確な模倣(レディメイド)であるという、当然の理論ですね。

そして、その黄金(人間中心的な価値)が作り出した螺旋の軌跡無邪気な空回りに対する熱狂が、私を形成したのです。

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