習近平主席が警戒する「社会性報復」に紐付く「献忠」と「冷漠」
こんにちは!
2024年11月、中国広東省珠海市で起きた車両暴走事件を受けて、習近平国家主席が「極端な事件」(社会性報復)の発生を防ぐよう求める「重要指示」を出しました。この異例の対応は、中国社会の安定が揺らぐことへの強い危機感を示しています。
では、習主席が警戒する「極端な事件」とは具体的にどのようなものなのでしょうか。
挙げていくと枚挙にいとまがないのでここでは、「極端な事件」(社会性報復)に該当すると思われる5つの事例を詳しく見ていくと同時に「献忠」というインターネットミームについて紹介します。
「極端な事件」(社会性報復)に該当すると思われる5つの事例
1. 珠海市車両暴走事件
2024年11月11日、広東省珠海市の体育施設で車両が暴走し、35人が死亡、43人が負傷する大惨事が発生しました。運転手の男性(62歳)は離婚後の財産分与に不満を持っていたとされ、個人的な怒りが無関係な市民を巻き込む大規模な事件に発展しました。
この事件は、経済停滞や格差拡大による社会不満が極端な形で表出した例と言えるでしょう。
習主席が即座に「重要指示」を出したのは、この事件の直後です。つまり、「極端な事件」(社会性報復)とは、こうした不満の蓄積が社会の安定を脅かす可能性を示唆するような事件を総称しているように推量できます。
何故推量かと言えば、これという明確な定義を表明せずに遺憾の意だけを強めに示しているためです。従って、もしかするとズレはあるかもしれませんが、「それで察してよ。分かるでしょ。」という内容ですから察するしかないのです。
2. 深セン日本人児童殺害事件
2024年9月、広東省深センで日本人学校に通う10歳の男子児童が通学中に刃物で刺され死亡する事件が起きました。中国当局は「前科のある者による個別の事案」と説明しています。
しかし、この種の事件は、外国人を標的とした犯罪は国際的な批判を招く要素が大きく中国の対外イメージを著しく損なう恐れがあります。
実際、自主的、会社指示問わず日本人駐在者や家族が中国から帰国する動きがあります。(外務省の海外在留邦人数調査統計では中国での在留日本人はざっくり10万人ですから、そうそう簡単に引き戻せる訳では無いのですが)
そのため、習主席にとって特に警戒すべき「極端な事件」(社会性報復)の一つと考えられます。外国人の安全が脅かされることは、対外関係や経済にも悪影響を及ぼす可能性があるからです。
3. 上海スーパーマーケット殺傷事件
2024年9月末、上海市のスーパーマーケットで男が来店客らを無差別に切り付け、3人が死亡、15人が負傷しました。公共の場での無差別攻撃は市民の日常生活に大きな不安を与えます。
珠海市車両暴走事件によく似ていて、犯人は「個人的な経済的問題をめぐる怒りをぶつけるため」に上海を訪れたとしており、前触れも無く縁故も無く無差別に実行しています。社会の安全神話を崩壊させ、政府の統治能力に対する信頼を損なう可能性があります。
習主席が「極端な事件」(社会性報復)と位置付ける背景には、こうした無差別攻撃が社会不安を増幅させることへの懸念があると推測されます。
4. 江蘇省職業学校切りつけ事件
2024年11月16日、江蘇省無錫市の職業技術学院で発生した切りつけ事件は、中国社会に大きな衝撃を与えました。この事件では、21歳の男性が刃物を持って学校内で無差別に学生を襲撃し、最終的に8人が死亡し、17人が負傷しました。負傷者の中には重傷者も含まれており、病院で治療を受けています。
容疑者はこの学校に通っていた学生であり、2024年が卒業年度でしたが、試験に不合格となり卒業証書を得られなかったことや、実習先での待遇に不満を抱えていたとされています。このような個人的な不満が無差別的な凶行へとつながったと考えられています。
5.広東省広州市の小学校近くの切りつけ事件
2024年10月8日、広州市の小学校近くで、60歳の男が刃物を持って通行中の児童らを襲撃し、3人が負傷しました。この事件は昼休みの時間帯に発生し、被害者には5年生の女児と3年生の男児が含まれていました。幸いにも、負傷者は命に別状はなく、容疑者は現場で拘束されています。
特定のターゲットを持たず、無関係な子どもたちを狙った無差別的な襲撃であり、社会に対する重大な脅威を示し、特に子どもが巻き込まれることは社会的な不安を増大させることから、習主席が警戒する「極端な事件」として分類される可能性があります。
「献忠」というインターネットミーム
ところで、「献忠」というインターネットミームを目にしたことはありますでしょうか?中国国内のSNSを中心に無差別殺人を指す言葉として広がり、特に社会の不満や絶望感を反映した文化的現象として注目されています。
「献忠」の起源とその意味
「献忠」は、2021年ごろから中国のインターネット上で社会に対する報復行為としての無差別殺人を示すミームとして使われるようになりました。
張献忠は、四川省を占拠し、多くの人々を殺害したことで知られる反乱指導者であり、その行動が「下層市民の英雄」として美化される傾向があります。
このような文脈で「献忠」は、社会的不満や絶望感から生まれる暴力行為を正当化する一種の文化的表現として機能しています。特に、経済的困難や社会的不平等に直面している層から支持を受けていることが特徴です。
この書籍はメインは共産党の過去の悪行に焦点を当てている書籍だが、張献忠の事例も挙げているため参考書籍となります。
使われ方
「献忠」は、一部のネットユーザーによって無差別殺人を肯定する言説を助長しています。彼らは、社会に対する不満を抱える中で、「献忠したい」という気持ちを表明し、暴力行為をほのめかすことがあります。
また、そこまで前のめりな危険分子で無くても昨今類似した要素を孕む事件が起こるとSNSで「献忠」とハッシュタグにつける人も増えています。
社会的孤立感の増大
「献忠」の広まりは、中国社会全体における孤立感や不安感を反映しています。経済停滞や就職難などによって、多くの人々が未来への希望を失いつつある中で、「献忠」精神が一種の逃避先として機能することがあります。
この現象は、社会全体の分断を広げ、特に若年層や社会的弱者の間で広がりつつあり、暴力行為への抵抗感を薄める恐れがあります。
政府による検閲と反発
中国政府は「献忠」を危険なものとみなし、厳しい検閲の対象としています。このミームが引き起こす可能性のある暴力的な行動や抗議活動に対して敏感になっていまいるのです。
政府が隠蔽を行うのは別にこれに限ったことではないのですが3つ理由が考えられます。
1.模倣行動の防止:政府は、無差別事件が広がることを恐れており、情報を封鎖することでさらなる模倣行動を防ごうとしています。
2.社会問題の露呈:事件の背後には、政府や社会システムに対する不満が潜んでいる場合があります。もし事件の原因が政府や特定の組織に帰属すると明らかになれば、それが社会運動や抗議デモに発展するリスクもあるため、情報公開を抑制しています。
3.国際的評価の低減抑止:事件によって中国政府の統治能力が低いという評価が増えて、国際的に低い評価を固定的に与えられることの恐れと自尊心の保護のためです。実態はどうあれ、追い越せアメリカでやっている国が三流扱いされるのは我慢ならないという分不相応に高いプライドがあります。
一方でこの説を真っ向から否定する論考が
珠海市車両暴走事件は、”離婚後の財産分与に不満を持っていたとされ、個人的な怒りが無関係な市民を巻き込む大規模な事件に発展した”と先に書きました。これ自体は間違えていません。
しかし、”経済停滞や格差拡大による社会不満が極端な形で表出した例と言える”と判断するのは間違えなのかも知れません。
この論考によると、容疑者は経済停滞や格差拡大による社会不満など抱えていない富裕層の可能性を示唆しています。
自業自得でギャンブルに負けた元億万長者が妻に裏切られて一文無しで借金まみれになり、頭が私怨でおかしくなって無差別犯行に至ったと言う説です。勿論これは仮説な訳ですが、もし事実なら貧困が人を突き動かしたというシナリオには合致しません。それこそ中国政府が口にする「個別の事件」ということになります。
この論考には続編があります。
筆者は「社会性報復」に結びつける行為を安直であり恣意的であると断じています。その上で中国固有の道徳の喪失を意味する「冷漠」感情という概念を挙げています。
「冷漠」は分かりにくい概念なので論考自体を読み通して欲しいが、誤解を恐れずに言うなら「金で恩を仇で返すことや他人の命をオモチャのように粗末に扱うことをクールで素敵だと考える」一言で言えばクズのロジックが成立する世相が中国には根付いているそうです。
例に挙がっていた事件を別ソースから入手した物を引用します。
この日を前後して同様に野次馬が飛び降りを強要する「まだ飛び降りないのか!」「1秒で問題は“解決”できるぞ!」といった囃し立てをして自殺してしまった事件が他にもあります。
胸糞悪いにも程があります。
これらは経済不安が人々を追い詰めたという分かりやすいストーリーとは別個の物なので真相とはほど遠いと論考では主張されています。
事実は分かりません。しかし、一定以上にこの論考には説得力があるように僕は思います。単語レベルであれば「闇の中国語入門」「面白いけど笑えない中国の話」に「冷漠」の解説があるのは確認出来ましたので参考書籍として挙げます。
終わりに
「献忠」というインターネットミームは、中国社会において無差別殺人を正当化する文化的現象として広がる恐れがあり、その影響は深刻です。政府による検閲や抑圧にもかかわらず、このミームは一部の層から支持され続けており、社会的不満や絶望感が背景にあるのかもしれません。
必ずしも全てが全て「献忠」とは紐付かないとは思いますが、捌け口を求めている八方塞がりな人達が何をしでかすかというのは、日本でも過去から現在に至るまで既視感があるものとして思い知らされています。
2008年の秋葉原無差別殺傷事件、2021年の小田急線刺傷事件、同年の京王線無差別襲撃事件もそうです。昨今被害が増大している闇バイトの実行役達も社会的な無差別な殺意は持っておらずとも共通して借金を抱える弱者が多いです。
こうなってくると、防犯意識を高めるとか、偉い人が訓示を垂れたり情報統制をしたりしているとかでは到底対処しきれないでしょう。基本捨て鉢で無敵の人に出くわすのは実に恐ろしい状況と言えます。
ただ、この日本における無敵の人と重ねて見るほど中国という国の文化のありようは日本とは異なるということも考慮が必要です。安易に決めつけてしまうと安心はしても、それは安全に結びつかない勘違いである可能性も否定しきれません。
真実はどこにあり、そこに横たわる問題を解決する手立てはあるのでしょうか?元々この記事は、日本のマスコミの多くのように「社会性報復」を前提とした流れを書いていましたが、別視点の論考の提示を見て大幅に書き換えを行いました。
皆さんはどのように思われますか?是非お教え頂ければ幸いです。
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ほぼ日刊で面白いと思ったニュースに後先構わずパクリと食いつく!それは僕らの本能だ。深掘りしまくるぞ!ネットニュースだけだと浅くてつまらない…
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