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『三流声優の俺、特殊スキル【演技】で異世界の英雄になってみた』第2話 【創作大賞2024・漫画原作部門応募作】
2
「……姿が戻った」
「なかなか似合っていたっぺよ」
俺の左肩をすっかり定位置としたティッペが笑う。俺はムッとする。
「褒めてないぞ……」
「それは失礼……」
俺たちはある町にたどり着く。
「それなりの規模のようだが、なんというか……みすぼらしいな、全体の雰囲気も、人々の恰好も」
俺は小声で呟く。
「なんてこと言うんだっぺ」
「正直に言ったまでだ」
「これには理由があるんだっぺ……」
「理由? む……」
俺の腹がグウっと鳴る。ティッペがまた笑う。
「くくっ、これはまた見事な腹の虫……英雄の道は遠そうだっぺね……」
「こればかりは仕方がないだろう……おい」
俺はティッペに手を差し出す。ティッペが首を傾げる。
「なんだっぺ?」
「分かるだろう。金だよ、金」
「金?」
「この世界は貨幣経済ではないのか?」
「いいや、金は天下の回りものとはよく言ったものだっぺ」
「そうだろう、ならば……」
俺は再び手を差し出す。
「だからその手はなんだっぺ?」
「だから金だ」
「なぜ金を要求するっぺ?」
「食事をするからだ、俺には手持ちがないからな、貸してくれ」
「オラにもないっぺ」
「はっ⁉」
俺は声を上げる。ティッペが呆れ気味に呟く。
「オラは妖精。空腹という概念がないっぺ。つまり……」
「金を所持する必要もないってことか。ちょっと待て、それならどうする?」
「どこかで稼ぐしかないっぺねえ……」
ティッペが他人事のように呟く。
「異世界に来てまでバイトか……」
俺は肩を落としつつも、周囲を見回す。ティッペが尋ねる。
「どうしたっぺ?」
「今言っただろう。稼ぐ場所を探している……」
「う~ん、今のこの町では難しそうだっぺねえ……」
ティッペの言う通り、町には活気というものがまるでなく、どこにも働き口がなさそうであった。俺は頭を抱える。
「参ったな……」
「一食くらい我慢したらどうだっぺ?」
「馬鹿を言うな、夜はどうする? 野宿でもしろと?」
「英雄がそれでは恰好がつかないっぺ……」
「そうだろう……どうにか日銭でも稼がないと……」
俺は腕を組む。ティッペが提案してくる。
「スキルを活かすのはどうだっぺ?」
「スキル? 【演技】を?」
「ああ、そうだったぺな……」
ティッペが天を仰ぐ。忘れていたのか、こいつ。
「演技でどう稼ぐ? 劇場でもあるのか、この町に?」
「無いっぺ」
「だろうな」
「その代わり……路上があるっぺ」
「は?」
「演者さえいればどこでもステージになり得るっぺ」
「もっともらしいことを言うな」
「……自信がないんだっぺか?」
「そういう問題ではない。この世界でポピュラーな演目を知らん」
「スグルが得意な奴をやればいいっぺ」
「冗談はよせ……」
専門学校時代に散々練習した外郎売りならば、今でも楽々と諳んじることが出来るが……それを異世界の路上でやるなんてあまりにもシュール過ぎる。というかダダ滑り確実だ。度胸はそれなりにあるつもりだが、滑るのだけはダメだ、メンタルがやられる。考え込む俺にティッペが更に提案をしてくる。
「物真似でもしたらどうだっぺ?」
「……この世界の著名人を知らん」
「英雄の真似とか……」
「……それは誰にでも通用するのか?」
「まあ、実際に顔を見た人は少ないっぺねえ……」
「それならやっても意味がないだろう。大体だな……」
「うん?」
「俺は腐ってもプロの声優だ。その辺で軽々しく芝居をして、金を取るつもりはない」
「ほお~言うっぺね~」
「芸の安売りはせん」
「絵は要りませんか~?」
「うん?」
道を曲がったところに座り込んで絵を売っている女性がいた。眼鏡をかけたロングヘアーの女性だ。姿恰好が俺の世界と共通している。その女性と目が合う。女性が立ち上がって、俺を指差して声を上げる。
「ああ⁉ 栄光さん⁉」
「⁉」
「良かった……知っている人に会えた~」
女性がへなへなと座り込む。俺は尋ねる。
「貴女も転移者のようだが……俺のことを知っているのか?」
「もちろん、声優の栄光優さんでしょう?」
「失礼だが、貴女は?」
「私は橙々木天(とうとうぎてん)です……」
「……! アニメーターの⁉」
「はい、この世界に来てしまって、絵を売っていました~」
よく見てみると、上手な絵が何枚も並んでいる。って……
「げ、芸を安売りしている……!」
俺は率直な感想を述べてしまう。
「そ、そうは言っても、お金が無ければ、ご飯も食べれませんし、宿にも泊まれません……背に腹は代えられませんよ~」
「そ、それもそうだな、すまない……」
俺は橙々木さんに頭を下げる。橙々木さんは手を左右に振る。
「い、いや、別に良いんですが……」
「……話は変わるが、橙々木さん。何故貴女がここに?」
「えっと、それがしは……」
「それがし?」
「え?」
「い、いえ、なんでもないです、続けて下さい」
「『デーモンファミリーリベンジ』の打ち上げパーティーに出席していたんです」
「ええっ! な、なぜ?」
「いや、作画スタッフで参加していましたから、呼んでもらえたんです」
そうだった。この橙々木さんは、俺と年齢もそう変わらないはずだが、若手実力派アニメーターとして既にその名を知られている。話題作の『デモリベ』に参加していても当然である。俺は自らの推測に基づき、質問を重ねる。
「失礼ですが……ホテルで落雷のようなものがあったと記憶しているのですが……」
「ありましたね~」
「貴女はその時どこに?」
「お手洗いにいました~」
「!」
「そういえば近くの廊下で神桃田桜さんとお話しされていましたよね。まさに同期の桜って感じで、なんちゃって~」
「‼」
「ど、どうかしました?」
「い、いや……」
どうやら俺の推測は当たっている可能性が高い。あの落雷のようなものの衝撃で、トイレの近くにいた者たちがこの世界に転移させられているのではないか? そうなるとやはり、桜もこの世界に……。
「あの~? 何かマズいことを言ってしまいましたか?」
「い、いえ、別に……それにしても……」
「?」
「俺と桜……神桃田が同期なんてよくご存知ですね」
俺のような三流声優――自分で言って悲しくなってきた――無名声優のことをこの人はなんで知っている?
「いや、それは知っていますよ。だって……!」
橙々木さんのお腹が鳴る。橙々木さんが恥ずかしそうにお腹を抑える。俺はしゃがみ込む。
「……俺も腹ペコで参っています」
「ははっ……」
「絵は売れますか?」
「ボチボチですね」
「それならお金には困らないのでは?」
「紙がここでは価値がかなりあるようなので……紙代でやっとトントンってところですね……」
「そうですか……」
若手実力派アニメーターでも、世界が変わればこうなるのか。どうにか稼げる方法はないものか……。俺は考え込む。
「お~い……」
「なんだ、ティッペ? 今考え事をしている」
「……手っ取り早く稼げる方法あるっぺよ」
「な、なんだと⁉ お前、人の心を読むとは……」
「そんな力はないっぺ……でも考えてそうなことくらい想像つくっぺ」
「……方法があるのか?」
「ああ、大金を」
「!」
「ほ、本当ですか⁉ 妖怪さん⁉」
「妖精だっぺ!」
ティッペが橙々木さんの発言をすかさず訂正する。
「その辺の定義はどうでもいい……」
「どうでもよくないっぺ!」
「いいから教えろ」
「それは……あっ……」
「ほ~ほっほっほ! 頭が高いですわよ!」
金髪の縦ロールの髪型をした、比較的小柄な女性が道を歩いてくる。
「……」
その後ろに同じく金髪のロングヘアーをなびかせた長身の女性が歩く。
「さあさあ、“ご集金”の時間ですわよ!」
「⁉」
周囲の人々がざわざわとする。縦ロールが顔をしかめる。
「なんですの? 揃いも揃ってそのリアクションは……」
「シ、シルバ様!」
中年男性が前に進み出る。
「なにかしら? 町長……」
「せ、先日、お支払いしたばかりでは⁉」
「そうね、ちょっと欲しい宝石とドレスが見つかったから、その分緊急でご集金ですわ」
「そ、そんな……」
「何? まさか払えないとでもおっしゃるつもり⁉ 一体誰がこの町を野蛮な野良モンスターどもから守ってやっていると思っているの⁉」
縦ロールの一喝に怯んだ町長が慌てて跪き、呟く。
「シ、シルバ姉妹様です……」
「そう……だからあなた方はその見返りをわたくしとお姉様に納める必要があるのです、お分かりかしら?」
「む、むう……」
「……あれはどういうことだ?」
俺は小声でティッペに尋ねる。
「前も言ったとおり、スキルを悪用してこの世界を支配しようとしている奴らだっぺ……」
「! 奴らも転移者か?」
「ああ、『プライドのシルバ姉妹』だっぺ」
「プライド?」
「傲慢とも言い換えられるっぺ」
「なるほどな……」
俺は頷く。縦ロールが町長に向かって声をはり上げる。
「聞いているの⁉ わたくしはお分かり?と聞いたのです! 答えは⁉」
「……」
「何を黙っているの⁉」
町長が顔を俯かせ黙る。唇を噛んでいる。周囲を見回してみると、他の町民も皆、同じような顔をしている。それを見て俺は再びティッペに尋ねる。
「ティッペ、お前が言っていた手っ取り早い稼ぎ方とは……あの姉妹を懲らしめるということか?」
「ほう、察しがいいっぺねえ……」
ティッペが笑みを浮かべる。
「おい、お前ら」
俺は傲慢な姉妹の前に進み出る。縦ロールが首を傾げる。
「? あなた、見ない顔ねえ……どちら様?」
「この世界の英雄になる予定の者だ」
「! お~ほっほっほ! 何を言うかと思えば!」
「お前らのような悪い転移者を懲らしめてな……」
「⁉」
縦ロールの顔が変わる。後方に控えていたロングヘアーが前に出てくる。
「デボラ、私に任せろ……」
「ローラお姉様……」
「お姉様がお相手してくれるのか?」
「貴様も転移者か?」
「そうだ」
「我々に服さない者は……必要ない!」
「ぐはっ‼」
ローラと呼ばれた女が右手を軽くかざしただけで、俺は吹っ飛ばされ、建物にぶつかる。