『ヒトカドくんは八方ふさがり!』第2話 【創作大賞2024・漫画原作部門応募作】
第二話
「ふう……」
四月のある日、一廉は教室でため息をつく。
「一廉!」
「! な、なんだい? 三冠さん……?」
一廉の右斜め前の席に座る青みがかった髪色でショートカットの女子が声をかけてくる。彼女の名前は三冠希望。
「ようやくこの日がやってきたな!」
「なんかあったっけ……?」
「オレのこのジャージ姿を見て気が付かないのか?」
希望が自らが羽織っているジャージを指でつまんで見せる。学校指定のジャージではなく、おしゃれでやや高級な、人気スポーツブランドのジャージである。
「三冠さん、基本いつもジャージじゃん……」
「んなっ!?」
一廉のそっけないリアクションに希望は面食らう。
「んなっ!?って言われても……」
「ふっふっふっ……」
希望は腕を組んで笑い出す。
「笑い出した……」
「さては一廉……いつも同じジャージだと思っていやがるな」
「いや、曜日ごとに替えているよね。ほとんど青系だけど」
「むっ!?」
「微妙な変化だけど気付いていたよ」
「そ、そうか……お前じゃなけりゃ見逃していただろうな……」
希望は髪の毛の毛先を右手の人差し指でくるくるとさせる。
「いつも目に入ってくるからね」
「! い、いつも見ているだと……?」
一廉の言葉に希望は顔を赤くする。
「? どうしたの?」
「な、なんでもねえ! それより今日は何の日か覚えてねえのか!?」
「なんだっけ……?」
一廉は首を傾げる。
「ヒントは”ス”で始まるものだ!」
「ス……?」
「ああ」
「う~ん……」
一廉が腕を組んで首を捻る。
「分からねえか?」
「それだけではなんとも……」
「〝ポ〟も入るぜ!」
「……ポ?」
「そうだ」
「スッポン?」
「違う!」
「違うの?」
「全然違う!」
「ええ……」
「もうひとつヒントだ、〝競う〟ものだ」
「競う……競争?」
「まあ、そんな感じだ」
「スッポン早食い競争」
「違う!」
「スッポン大食い競争」
「違う!」
「スッポン共食い競争」
「スッポンから離れろ! ってか、なんだよ、共食いって! 発想が怖えよ!」
「他に考えられないよ……」
一廉が困った顔を浮かべる。
「あるだろうが!」
「ええ……?」
「スポーツだよ、スポーツテスト!」
「ああ……」
一廉は思い出したように頷く。
「待ちに待った今年度初のスポーツテストだ……一廉、お前だけには絶対負けないぜ!」
希望が立ち上がって、一廉をビシっと指差す。
「ええ……」
一廉が困惑する。そして午後、スポーツテストの時間となった。
「はっはっは! 逃げずによく来たな、一廉!」
「いや、体育の授業の一環なわけだから、逃げないけどさ……」
ジャージに着替えた一廉が自らの鼻の頭をポリポリと掻きながら答える。
「一廉純と三冠希望の勝負か……今年度もなかなか面白そうだな」
九龍が二人の様子を見て、笑みを浮かべる。
「希望は昨年度、何度も悔しい思いをしたからね。この間の冬休みと春休みはハワイと沖縄で厳しいトレーニングを積んできたらしい」
「ほう、それはますます興味深い……」
八神の言葉に九龍は頷く。
「注目の対決だね……」
「どちらが勝つか、賭けるか?」
「賭けない」
「つれないやつだな……」
八神の即答に九龍はしょんぼりとする。
「しかしどっちが勝つんだろうね~」
「三冠ちゃん、すごい気合よね、これはひょっとするとひょっとするんじゃないかしら?」
「いや、ちょっと待て、お前ら……そもそもこういうのは男女別に行うものだろうが……」
六花が四恩と大五に対し、冷静にツッコミを入れる。
「ところがどっこい、そうではありません……」
不二が眼鏡をクイっと上げる。六花が首を傾げる。
「なんだって?」
「三冠さんは運動神経抜群、スポーツ万能……世界的なスポーツブランドが彼女のことを高く評価し、スポーツウェアを提供しています」
「ああ、そういえば、あいつだけ学校指定のジャージ着ていないよな……」
六花の反応に不二が頷く。
「ええ、彼女の身体能力は女子では桁外れ……将来的にはその名前の通り、三冠を獲ることは確実視されています……」
「……三冠ってなんの三冠だ?」
「……ダービーとか」
「競馬だろ」
「……名人戦とか」
「将棋だろ」
「いいえ、囲碁の方です」
「どっちでもいい。スポーツ関係ないだろう」
「おっ、そろそろ始まるでござる!」
七宝が声を上げる。
「それじゃあ勝負といこうじゃないか!」
「う、うん……」
希望と一廉は大きな翼を背中に付けて、校舎の屋上に並んで立っている。
「オレから行くぜ! アイキャンフライ!」
「!」
希望が屋上から飛び立つ、翼に上手く風を受けて、グラウンドの端の方まで飛び、華麗に着地する。
「すご~い、のんちゃん!」
「記録更新ね!」
「風と〝トモダチ〟になっているでござる!」
四恩と大五と七宝が歓声を上げる。
「走り幅跳びや走り高跳びなど、通常の跳躍競技ならば、男女差はどうしても出てしまいます。非常にフェアな競技ですね」
「非常に危険な競技だろう!」
不二の解説に六花が声を上げる。
「軽さの分、三冠さんがやや有利ですね」
「フェアじゃないじゃないか!」
「さて、どうする? 一廉君……」
「お手並み拝見といこうじゃないか……」
「いや、止めろよ!」
並んで腕を組んで見つめる八神と九龍に六花がツッコミを入れる。
「……はっ!」
一廉が屋上から飛び立つ。
「飛んだでござる!」
「む!」
一廉の左の翼が折れる。
「あれは『翼の折れたエンジェル』⁉」
「『思春期を殺した少年の翼』でござるか⁉」
「選曲が古いかつ渋いな!」
六花が四恩と六花にツッコむ。
「このままだと危ないわ!」
「ずっと危ないんだよ!」
大五に対しても六花がツッコむ。
「……くっ!」
「!」
一廉が体を捻って、体勢を立て直し、グラウンドの外、学院の隣の敷地まで飛んでいき、優雅に着地する。
「な……」
希望が唖然とする。
「なるほど、体を捻ることでバランスを取り、風を受ける位置や角度を調整、滞空時間を伸ばしたのですね。理に適っています……」
「なんの理だよ!」
六花が不二の分析に声を上げる。
「くっ! 次だ!」
二人は体育館に移動する。
「お次はバスケの3Pシュート対決だぜ! オレは……」
「……!」
希望はコートの端から端のゴールに綺麗なシュートを入れる。
「どうだ! オレにかかればコートのどこでもシュート範囲だぜ!」
希望がガッツポーズを取る。
「どっかで見たことあるような……現実に可能なのか……」
六花が舌を巻く。
「希望、シュートの精度を増しているね……〝掴んだ〟かな?」
「ああ、〝高み〟へ到達したようだな……」
「そこ! 雰囲気で会話すんのやめろ!」
六花が再び八神と九龍に対し、声を上げる。
「いわゆる……なんとかかんとかでござるな……」
「お前はなんか言え!」
六花がしたり顔で頷く七宝にツッコミを入れる。
「ふむ……それっ!」
「!!」
一廉が体育館の外に出て、ボールを投げ、わずかに開いていた窓を抜けて、ゴールに入れる。
「なっ、コートどころか、体育館の外から⁉」
「なんていうシュート精度なの……」
「コートの外に出たらあまり意味ないような気がするが……」
呆気にとられる四恩と大五の側で六花が頭を抑える。
「ちぃ! 次だ、次!」
二人はグラウンドに移動する。並んで立つ二人の50メートル先に巨大な送風機が置かれている。
「単純なスピードならやはり差が出てしまうところ、お互いに強力な向かい風を受けることで公平さを持たせるのですね」
「……果たしてこれはテストなのか?」
不二の解説に六花が首を捻る。
「一廉さんの方が風を受ける面積がどうしても大きい……三冠さんが有利ですね」
「公平さはどこへ行ったんだよ……」
六花が呆れ気味に指摘する。
「『向かい風に立ち向かえ!』……この学院の創設者の教えでござる」
「……本当か?」
六花が七宝に問う。
「……適当に言ってみただけでござる」
「やっぱりな、大体元々女子校なのに、そんなリスキーなこと教えないだろう……」
「いかに〝風の通り道〟を見つけるかが鍵となるだろうね……」
「ああ、そこが勝負の分かれ目だろうな……」
「そこ! その訳の分からない『後方実力者面』をやめろ!」
六花が、八神と九龍に向かって声を荒げる。スタートが告げられる。
「よし!」
希望がリードする。
「のんちゃんがリード!」
「やっぱり三冠ちゃんが優位かしら……!」
四恩と大五が息を呑む。
「これだ!」
「⁉」
一廉が高速ででんぐり返しを繰り返し、希望をかわして、先にゴールインする。
「なるほど、体を丸めることで風の抵抗を少なくしたのですね……」
「……走ってないけど良いのか?」
不二が頷く横で六花が首を傾げる。
「ま、負けた……三本勝負とも……」
希望が愕然とする。
「……ありがとう、三冠さん」
「え?」
希望が一廉の方を見る。
「テスト前に君が発破をかけてくれたお陰で高い集中力を持って臨むことが出来たよ。君がいなければ好記録はあり得なかった。ありがとう」
一廉が右手を差し出す。
「あ、ああ……」
希望が戸惑い気味に握手に応じる。
「これからもお互いに切磋琢磨していこう」
「せ、切磋琢磨!?」
「良きライバルで好感の持てる友人だからね」
「こ、好感!?」
一廉の思わぬ言葉に希望の顔が真っ赤になる。
「おや……風邪かい?」
「な、なんでもねえ!」
希望が握手を振りほどく。
「そ、そうか……」
「次は勝つ! オレたちの戦いはこれからだ!」
希望の叫びがグラウンド中に響く。