『アタシをボランチしてくれ!~仙台和泉高校女子サッカー部奮戦記~』第3話 【創作大賞2024・漫画原作部門応募作
「どうしたの?」
「いやさ、アレってありなのか? ボール離したと見せてさ、こっちに『取れる!』って思わせるの」
「フェイントの一種みたいなものだから。反則じゃないよ」
「そっか、フェイントか……」
そう言って、竜乃ちゃんは所定の位置に。一本目後攻、竜乃ちゃんの攻める番です。笛が鳴ってもしばらく動きません。どうしたかと思っていると、彼女が何やら呟きました。
「う~ん、小難しいことは止めとくか」
そして彼女は大きく左足を振りかぶって、助走なし、ノーステップでシュートを放ちました。
「は⁉」
聖良ちゃんは驚きながらも右足を伸ばし、低い弾道で飛んできたシュートを防ごうとしました。しかし、完璧には防ぎきれず、ボールは勢いをほとんど失わず飛んでいきましたが、ゴールのわずか左に外れました。竜乃ちゃんが天を仰ぎます。
「あ~やっぱ無理か~」
「あ、当たり前でしょ! こういう場合は相手をかわさないとシュートコースなんてないんだから!」
右足を抑えながら、聖良ちゃんが叫びます。
「ノーステップかつシュートフォームも無茶苦茶……それでもなおあの威力、規格外ですね……彼女は何者ですか?」
美花さん、こっちが聞きたいです。
二本目先攻、聖良ちゃんの番です。今度は今までとは逆方向、竜乃ちゃんにとっては右側の方にドリブルしていきます。スピードは十分ありますが、それでも竜乃ちゃんを振り切れません。聖良ちゃんは一瞬止まりました。どうするのか。体を右に傾けました。竜乃ちゃんもそちらに重心を傾けます。次の瞬間、再び左側(対面する竜乃ちゃんにとっては右側)を抜きにかかります。
「うぉ⁉」
竜乃ちゃんはバランスを崩されました。彼女の反応の鋭さを逆手に取って、上半身だけでフェイントをかけたのです。駆け引きに長けています。聖良ちゃんが早くもシュート体勢に入りました。反転した竜乃ちゃんがスライディングに近い体勢でシュートブロックを試みます。一本目と似たような形になるかと思われましたが、ここからが違いました。聖良ちゃんはシュートを打たず、急停止。滑り込む形になっていた竜乃ちゃんは止まれません。聖良ちゃんは左足でボールを転がし、軸足(右足)の裏側に通します。そして、竜乃ちゃんの左側をすり抜けます。大体ゴール前右三十度位の位置です。聖良ちゃんが左足でシュートを放ちますが、ボールはゴール前を横切るように飛んでいきます。キックミスか、と思わせてそこからググっとボールが左に、つまりゴールに向かって曲がりました。アウトサイドに回転をかけたのです。このままゴールの左サイドネットに入るかと思われましたが、永江さんが横っ飛びでこれを弾きました。またも得点はなりませんでした。しかし、利き足ではシュートを打たないというハンデを課しながらこれだけのプレー。相当な実力者です。何故このチームに入ろうとするのか?
二本目後攻、竜乃ちゃんの番。今度は笛が鳴るとすぐに、左斜め前方にボールを転がし、早くもシュートモーションに入りました。角度をつけてシュートコースを作るのは良い判断。しかし当然、聖良ちゃんがシュートを阻止しようと動きます。
「馬鹿の一つ覚えなのよ!」
「かかったな!」
「なっ⁉」
竜乃ちゃんはシュートを打つのを止めて、右斜めに抜け出します。キックフェイントです。聖良ちゃんは逆を突かれました。
「もらった!」
竜乃ちゃんが右足でシュート体勢に入ろうとします。しかし聖良ちゃんも追いついて、竜乃ちゃんの左肩に右肩でタックルを仕掛けます。
「ぬぉ⁉」
「きゃっ⁉」
何とタックルを仕掛けた聖良ちゃんの方が吹っ飛びました。ですが、竜乃ちゃんも体勢を崩しました。それでもシュートを放ちますが、ボールはゴール左に逸れていきました。シュートを撃った勢いで転んだ竜乃ちゃんはすぐ起き上がり、聖良ちゃんに文句を言います。
「おい!反則じゃねーか!」
「今のは横からのショルダータックル! 正当なプレーよ!」
聖良ちゃんも立ち上がりながら言い返します。ここまで0対0。勝負は三本目にもつれこみました。ここまで接戦になるとは思いませんでした。
「竜乃ちゃん! ドリブルが大きいと、次のプレーに移りにくかったり、ボールを獲られやすくなるよ! ボールタッチは細かく、小さくを心掛けて!」
「分かったぜ、ビィちゃん!」
竜乃ちゃんが頷きます。
三本目先攻、聖良ちゃんの番です。
「桃ちゃんとコンビを組むのは私……邪魔させない……」
何やら呟き、聖良ちゃんがドリブルに入ります。今度は真っ直ぐに竜乃ちゃんに向かっていきます。高速で突っ込みながら、右左にまたいで、左足アウトサイドを使って、自身の左斜め前にボールを持ち出します。
「どぉわ⁉」
見たことの無い速さのフェイントに竜乃ちゃんも翻弄され、置いていかれます。このままシュートを打つかと思いきや、聖良ちゃんはスピードを緩めます。
「ナメんな!」
追いついた竜乃ちゃんが横に並びかけ、左肩でタックルを仕掛けます。それを予期していたのか、聖良ちゃんはボールを左足裏で操りながら、3歩程後ろに下がります。
「何だ⁉」
タックルをかわされ、戸惑う竜乃ちゃん。次の瞬間、聖良ちゃんはボールを左足で思い切りすくい上げます。皆が「あっ」と思ったその時、ボールは緩やかな弧を描いてゴールに吸い込まれていきました。絶妙なループシュートです。永江さんも虚を突かれて一歩も動けませんでした。目の前に竜乃ちゃんが立ってしまったため、聖良ちゃんの動きが一瞬見えなくなったのも要因かと。ただ、それも含めて彼女の計算だったのでしょう。
「……これで私の1点リード。よく頑張った方だけど、勝負は見えたわね、本気を出せばこんなものよ」
聖良ちゃんが位置に着こうとする竜乃ちゃんに話しかけます。
「まだ終わっちゃいねぇだろ……!」
竜乃ちゃんの闘志はまだ萎えていないようですが、力量差は明らかです。
「ビィちゃん!」
竜乃ちゃんが私を呼びます。私は駆け寄りました。
「え、どうしたの?」
「強いシュートの撃ち方を教えてくれ、フォームおかしいんだろ?」
「気付いていたの?」
「どうにも撃ち心地が悪くてよ。この前みたいにスカッといかねぇんだ」
「撃つときは軸足を、竜乃ちゃんの場合は右足を、ボールの真横に置くことを心掛けるんだよ、そして軸足をしっかりと踏み込んで、最後までボールをよく見て撃つの」
「OK。大体分かったぜ」
竜乃ちゃんが位置に着きました。
三本目後攻、竜乃ちゃんの番です。竜乃ちゃんは軽くボールをすくい上げます。少し浮いて落ちてくるボールをそのままシュートしようとします。
「⁉ やけくそってこと⁉」
聖良ちゃんがブロックに入ります。しかし、竜乃ちゃんはシュートを撃ちません。ワンバウンドしたボールを自分の右斜め前方に蹴り出します。
「しまっ…!」
聖良ちゃんの反応が遅れました。竜乃ちゃんはボールに追いつきますが、右足でシュートせずに、ボールをキープする体勢に入りました。聖良ちゃんが追いつきます。
「もらった!」
聖良ちゃんがボールを奪い取ろうと足を伸ばします。しかし次の瞬間、驚愕のプレーが飛び出ました。竜乃ちゃんが左足裏でボールを引き寄せ、クルっと反転し、今度は右足裏を使って、ボールを自身の前に運びます。「ルーレット」と呼ばれる技術です。ここで出してくるとは……恐らくまた本能的なものでしょう。これで聖良ちゃんと完全に入れ替わる形となりました。キーパーと1対1の状況です。そして、竜乃ちゃんはシュートモーションに入りました。軸足をしっかりとボールの真横に置いています。私は思わずまた叫んでしまいました。
「撃て!」
竜乃ちゃんの撃ったボールは凄い勢いでゴールに向かって飛んでいきました。永江さんのほぼ正面でしたが、伸びが予想以上に鋭かったのか、キャッチングをしようと伸ばした両手を吹き飛ばし、ゴールネットに突き刺さりました。あまりの衝撃に皆しばし呆然としてしまいました。やがて我に返った美花さんが、
「ゴ、ゴールです! 同点です!」
と、得点を宣告しました。
「スコアは1対1だが?」
永江さんが二人に問いました。
「延長戦か⁉ 望むところだぜ!」
竜乃ちゃんが鼻息荒く答えます。
「……私の負けです」
聖良ちゃんが呟きます。竜乃ちゃんが驚きます。
「あん⁉ なんでそうなんだよ!」
「1点ずつ取ったけど、しっかりと相手をかわしてゴールを決めたのはアンタ。内容的にアンタの方が勝ちにふさわしいわ」
そして、聖良ちゃんはその場を立ち去ろうとします。竜乃ちゃんが尋ねます。
「どこ行くんだ?」
「退部をかけた勝負って言ったでしょ。敗者は去るのみよ」
「待って!」
私の声に聖良ちゃんが振り返ります。
「私、聖良ちゃんのプレーにすごく魅了されたよ! 『幕張の電光石火』と一緒にプレーしたいよ!」
「桃ちゃん……」
「一緒にサッカーやろう?」
「うん! あの時みたいに!」
私が差し出した手を聖良ちゃんは両手で握り締めてきました。あの時っていつ?まだ思い出せませんが“相手の調子に合わせてみる”作戦はもうしばらく継続。そして聖良ちゃんは竜乃ちゃんの方に向き直って話しかけました。
「突っかかって悪かったわね……龍波さん」
「竜乃で良いよ」
「え?」
「これからチームメイトになるんだろ? さん付けなんか良いっての。それよりお前ホント上手いよな、これから色々教えてくれよ」
「ふふっ、私で良ければ。よろしくね、竜乃」
「おう、よろしくな! ピカ子!」
「は? ピ、ピカ子?」
「だって、ピカピカうるせぇし、あだ名が『電光石火』だっていうし……そのツインテールも○カチュウの触覚みてぇだし……だからピカ子」
「~~~!」
聖良ちゃんの肩がプルプルと震えています。そして私の方に振り返り、叫びました。
「私やっぱりコイツ嫌い!」