『私が征夷大将軍⁉~JK上様と九人の色男たち~』第3話 【創作大賞2024・漫画原作部門応募作】
翌朝、葵は顔をしかめた。
「転入生の黒駆秀吾郎と言います。宜しく……」
「ねえ、恰好良くない?」
「ミステリアスよね~」
葵の隣の列に座る女子たちがヒソヒソと盛り上がる。葵も秀吾郎の顔をじっと見る。昨夜は怒り心頭で認識出来なかったが、スッキリとまとまった短い黒髪に涼やかな顔立ち、長身でスラリとしたスタイル。成程、なかなかの美男子だ。このクラスでも一、二を争う程かもしれない。
「では黒駆君の席ですが……黒駆君?」
担任が座る席を指し示したが、秀吾郎はそれを無視して窓際の一番後ろの席に向かい、男子に声を掛けた。
「君、この席からだと黒板の字も見えづらいし、先生の声も聞こえづらいだろう。自分の席は前の方だ。交換しよう」
「は? 嫌だよ」
男子が断る。当然だ、窓際の一番後ろという特等席を譲るものなどそうはいない。すると秀吾郎は身を屈めて、男子に何事か耳打ちした。男子が驚く。
「な、お、お前、何でそれを⁉」
「交換してくれるな?」
「あ、ああっ! 交換しよう! 先生! 僕、彼と変わります!」
「はあ……では黒駆君はそこで。ホームルームを続けます……」
「……これで良し」
秀吾郎は呟いて席に着く。全然良くないと隣の葵は思った。
「ゴメンね、サワっち。案内してもらって」
「構いません」
昼休み、葵は爽とともに、ある場所へ向かっていた。
「……で、貴方は?」
葵は訝しげな視線を自分たちの後ろを歩く秀吾郎に送る。
「自分は上様を御守りするのが……い、いえ、昨夜の寝所でのことを釈明したく……」
「昨夜の寝所?」
爽が、葵と秀吾郎の顔を交互に見やる。
「誤解を招く言い方やめて! ……私はストーキング趣味の奴と話すつもりはないから!」
「余り感心しませんわね、黒駆君……」
爽が冷ややかな視線を秀吾郎に向ける。
「誤解です! 自分はストーカーなどではなく、上様のおん……」
「おん?」
「い、いや……」
「ああ、着きました、葵様。こちらが生徒会室です」
「ここね……」
爽がドア越しに声を掛ける。
「二年と組、副クラス長の伊達仁です。も、……上様をお連れしました」
「ああ、どうぞ入って下さい」
部屋の中から声が聞こえた。昨日聞いた万城目のものだった。爽に促され、葵もやや緊張した面持ちでその部屋に入ろうとしたが、そこで振り返って、秀吾郎に対して告げる。
「貴方は入ってこなくていいからね!」
そして、生徒会室の重い扉は、秀吾郎の前で閉じられた。葵と爽が部屋の中に入ると、万城目が立ち上がって二人を出迎えた。
「お待ちしておりました、上様。さあどうぞ、こちらにお座り下さい」
そう言って、万城目は立ち上がり、自らの座っていた席を指し示した。その先には整然とした大き目のデスクと座り心地の良さそうなチェアーがあり、更にデスクの前方には黒い三角柱に白字で「生徒会長」と書いた名札が置いてあった。葵は恐縮する。
「いえいえ! そこは会長の席ですから!」
「そうですか? では失礼して……」
万城目は席に改めて着いた。二人はデスクの前に立つ。万城目は両肘をテーブルの上に突き、顔の前に両手を組んで話し始めた。
「昨日の今日で、上、……若下野さんにはきちんとご挨拶をしたかったのですが、事情が変わりまして」
「事情?」
「ええ……はっきり言えば、若下野さんの将軍職在位に不満のある方々からの提案で、夏休み前の生徒総会でどなたが真の将軍にふさわしいかということを全生徒に問うてみるということになりまして」
「「⁉」」
「これからの約三か月間の各人の振る舞い、働きぶりを生徒たちに見てもらって、投票してもらいます。その結果は民意の一つの表れとして、あちらにいらっしゃる大人たちにとっても良い判断材料になるでしょう」
万城目は窓の外から見える大江戸城を指し示しながら、意図を説明した。
「働きぶり……?」
「例えば『夏の文化祭』を大成功に導くとか……冬の文化祭と違って、夏の文化祭の方は主に二年生の実行委員が中心となって盛り上げていくのが通例ですから」
葵の問いかけに万城目が答える。
「会長! それでは葵様に不利です! 我々の代では、実行委員会の類で、と組の発言権はほぼ皆無! 意見が採用されることなど滅多にありません! そのような状態でどうやって存在感を示せと!? 選考過程がいまひとつ不明瞭であれ、葵様がれっきとした征夷大将軍です!」
万城目はお茶を一口飲むと、爽の方に身を向き直す。
「しかし、とある方々の考えも無視出来るものではありません……」
万城目が爽の目をじっと見る。
「……あった、これだ」
葵の声に反応した爽たちが葵の方に振り返る。葵は胸ポケットから取り出した、生徒手帳をパラパラとめくっている。
「葵様、何か?」
若干苛立ち気味の爽を落ち着かせつつ、葵が万城目に声を掛ける。
「会長、改めてお話があります。放課後またお邪魔しても宜しいでしょうか?」
「構いません」
「ありがとうございます! じゃあ、サワっち、教室に戻ろう」
「……分かりました。失礼致しました、会長」
教室に戻る途中、爽が不満そうに声を掛ける。
「葵様、何か思い付いたのですか? 教えて頂かないと」
「これだよ!」
葵は先程開いていたページを爽に見せる。爽は書いてある文言を確認すると、冷静な表情を取り戻した。
「……成程、構成人員はあの二人とおん……黒駆君にお願いしますか。それで頭数は揃いますね」
「私はどうしたら良いかな?」
「……名称を考えておいて下さい。詳細はわたくしの方で詰めて置きます」
放課後、生徒会長万城目のデスクの前に五人の生徒が並んだ。
「二年と組のクラス長、副クラス長、書記までお揃いとは……お話とは何でしょうか?」
「わたくしが申し上げます。こちらの同好会設立要望書に承認を頂きたいのですが……若下野さんを会長とした同好会を立ち上げたいと思っております」
「最低でも五人必要になりますが?」
「若下野さん以外にここにいる四人が会員になります」
「何だって⁉」
「初耳ですわよ⁉」
小霧と景元が驚きの声を上げる。
「意思統一が図れていない様なのですが……」
万城目が困惑する。
「意志統一はこれから図ります。黒駆君、例のものを」
「はっ」
爽に促され、秀吾郎がある紙をその場にいる全員に配る。
「校内瓦版……?」
「しかも号外……ってサワっち、この内容⁉」
驚く葵に爽が頷く。
「そうです、スクープです」
「学内選挙⁉ これからの数か月間の働きぶりで将軍に相応しい人物を決める⁉ どういうことですか、会長!」
「選挙が本当に行われるということですの⁉」
「はい、私の方から提案させていただきました」
景元と小霧から詰め寄られ、万城目は頷く。
「葵様の将軍在位を快く思わない勢力がこの学園内に相当数いることは事実。所詮は学生の選挙ごっこだと無視するのは得策ではありません。よって我々も対策を取るべきだと思いまして」
「その対策の一環が、同好会設立ですか?」
万城目の問いに、爽が頷く。
「そうです! 葵様!」
「ええ! 会長! あくまでも学園内の選挙ということですが、私は絶対に勝ってみせます!」
「意気込みは結構ですが、そこで同好会にどう繋がるのでしょうか……?」
「将軍の立場を生かして、生徒皆の学園生活をより良いものにしていく活動を行おうと思います! 同好会設立の承認をお願いいたします‼」
「会の名称は?」
万城目の疑問に対し、葵は胸を張り、高らかに会の名前を宣言した。
「『将軍と愉快な仲間たちが学園生活を盛り上げる会』です!」
「長いな⁉」
「大丈夫、略称もちゃんと考えてあるから! 秀吾郎!」
「はっ!」
秀吾郎が持っていた半紙をばっと広げた。そこには『将愉会(しょうゆかい)』と筆で書かれていた。
「いや略す所そこですの⁉」
「……具体的な活動内容はどういったものになりますか?」
「東に喜んでいる生徒がいれば一緒に喜び、西に怒っている生徒がいればその怒りを鎮め、南に哀しんでいる生徒がいればそっと寄り添い、北に楽しんでいる生徒がいればその楽しみを分かち合う……そんな活動内容です!」
「そ、そうですか……」
万城目が助け舟を爽に求めた。爽が即座に答える。
「校内数か所に『目安箱』を設置したいと考えています。そこに寄せられた生徒たちからの諸々の相談、悩み事を我々が一つ一つ解決していきたいと思っています」
「学園内のトラブルシューティングを請け負うと? ふむ……お三方は良いとして、そちらのお二人はどうなのですか?」
「当然やりますわ! 会の評判も上がれば、上様の株も上がる。学内選挙でも勝てるはず……人を外様大名の娘だと散々馬鹿にしてきた連中の鼻も明かせる……こんな機会をみすみす逃す手はありませんわ!」
「大毛利くんは如何ですか?」
「……学園生活をより良くすることは良いことだと思います。僕も加わります」
「……分かりました。『将軍と愉快な仲間たちが学園生活を大いに盛り上げる会』、通称『将愉会』の設立を承認いたします」
「ありがとうございます! 一生懸命頑張ります! それでは失礼!」
葵たちは部屋を後にした。
「勢いに圧されて承認してしまいましたが……はてさて、どうなることやら……」
残された万城目はそう呟きながらお茶を一口飲んだ。