『お嬢様はゴールキーパー!』第1話 【創作大賞2024・漫画原作部門応募作】
あらすじ
川崎市で活動する女子フットサルチーム、『川崎ステラ』。しかし、とある事情で活動休止を迫られていた。
そんなところに現れたのが、優雅で華麗で気品あふれるお嬢様、溝ノ口最愛。
たまたま飛んできたシュートをキャッチしたことがきっかけで、お嬢様はゴールキーパーに!?
個性豊かな女の子たちが織り成す、青春フットサルストーリー!ここにキックオフ!
本編
プロローグ
「で、どうするのさ、ヴィオラ?」
コートに座っていた青と黄色を織り交ぜた特徴的なショートカットの女の子が向かい合ってベンチに座っていた、紫色の長い髪を丁寧な三つ編みにした女の子に尋ねる。
「誰か一人でも新たに加入させられなければ、ここからも追い出されてしまいます……」
「あの“人妻”じゃ駄目なのかい?」
「復帰までもう少しかかりそうですし……あまりあの方の力をお借りしたくはないです!」
三つ編みがプイっと横を向く。ショートカットが苦笑する。
「ヴィオラは人妻が絡むといつもこうだからな~」
「そ、そういう円さんはどうなのですか⁉」
「一応声はかけているけど、ボクはこの辺じゃあ、まだまだ『外様』だから知り合いが少なくて……それに……ポジション的にもね」
「そ、そうですよね……」
三つ編みが俯く。
「なんだなんだ、随分とシケた面してんな~」
「アンタほどじゃないでしょ」
「あんだと⁉ どういう意味だ、トサカ?」
「言葉通り受け取ってもらえばいいわ、それにアタシには雛子というれっきとした名前があるの、お分かり? オオカミさん?」
「俺は真珠だ!」
赤いミディアムヘアを狼のようにボサボサとさせた女の子と水色の髪をトサカのように逆立てた女の子が口喧嘩しながら、コートに入ってくる。三つ編みが立ち上がって迎える。
「お二人とも、こんにちは。コートでは仲良くね……」
「お、おおっ……」
「し、失礼……」
三つ編みがにっこりと笑い、ウルフカットとトサカヘアの女の子が軽く頭を下げる。
「おおっ、笑顔一つであの二人を黙らせた……さすがは『聖女様』」
「それで? 二人は誰か当てが見つかった?」
三つ編みが問う。
「はん、一匹狼の『オレ様』にそんな知り合いいねえよ!」
「ちゃんと勧誘したわ。『べ、別にアタシのチームに入っても良いんだからね!』って」
「……それ、効果あったのか?」
「何故だか敬遠されるのよね~」
ウルフカットの問いにトサカヘアは首を傾げる。
「へっ、そりゃあそうだろ……」
「なによそれ」
「相変わらず見事な『逆様』っぷり……」
「ど、どういう意味よ!」
そんな中、三つ編みが突如叫ぶ。
「あ~! もうまったく、どいつもこいつもですよ!」
「ヴィオラがキレた⁉」
「‼」
「おらあっ!」
三つ編みが近くに転がっていたボールを思い切り蹴る。勢いがあり正確なボールはコートを覆うネットが破れていた部分――ちょうどボール一個分――そこから外に飛び出してしまい、近くを歩いていた青みがかったロングヘアーの女の子に当たりそうになる。
「あ、危ない⁉」
「と、止めて!」
「いや、ヴィオラ、止めるのはいくらなんでも無理だって!」
「……!」
「⁉」
ロングヘアーの女の子が華麗に振り返ると、ボールをキャッチしてみせる。
「と、止めた……?」
「ヴィ、ヴィオラ、謝りに行かないと!」
ショートカットに促され、三つ編みが三人を連れて、ロングヘアーの女の子の元に向かい、頭を下げて謝罪する。
「ご、ごめんなさい! いきなりシュートをぶちかましちゃって」
「シュート……?」
ロングヘアーの女の子が優雅に首を傾げる。その雰囲気に吞まれてしまったのか、よく分からないが、三つ編みの女の子が名前を問う。
「あ、貴女、お名前は?」
「溝ノ口最愛(みぞのくちもあ)と申します」
「! あ、あの溝ノ口グループの『お嬢様』の……」
「ええ……」
最愛と名乗った女の子は髪をかき上げる。その綺麗な仕草、そして長い手指に目を奪われた三つ編みが突拍子もない提案をする。
「溝ノ口さん、私たちのチームでゴールキーパーをしてくれないかしら?」
「ええっ!」
「……良いですよ」
「ええっ⁉」
最愛が頷く。そのやりとりにショートカットら三人は驚く。
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「しかし……あのボール一個分の穴を正確に通すヴィオラもだけど……それを振り向き様に止めたアンタも凄いわね……」
「いや……」
「それほどでも……」
最愛と三つ編みがともに後頭部を抑える。
「ヴィオラに関しては皮肉よ」
トサカヘアが三つ編みに冷ややかな視線を向ける。
「あ、そうですよね……」
「まったく……何事もなくて良かったわ」
「ま、まあ、コートに戻りましょうか、溝ノ口さんも」
「はい……」
四人は最愛を連れてコートに戻る。
「……ということで、メンバーが増えました~♪ はい、拍手~!」
「……」
三つ編みの呼びかけに三人は黙る。三つ編みは首を傾げる。
「あら、どうしたの?」
「どうしたのって……それで良いのかお前……?」
ウルフカットが最愛に問う。最愛が頷く。
「ええ」
「ええって……」
「察するに……」
「うん?」
「このチームは人数不足で実質的な活動はほとんど見られない……それならば他の人数が揃っていて、なおかつやる気もあるチームにコートを譲れと周囲からプレッシャーをかけられている……といったところでしょうか?」
「あ、当たっている、凄い洞察力……!」
ショートカットが驚く。三つ編みが満足そうに頷く。
「そこまで理解してくれているならば話は早いですね……この後予定は?」
「特にないです」
「OK、それなら一緒に練習を……練習着とシューズは私のものを貸してあげます」
「シューズはともかく、練習着は及びません」
「え?」
「自分で持っていますから」
「持っているって……」
「この近くのジムで汗を流すのが日々のルーティンなもので……」
「ああそうなのですか……更衣室はあっちですから」
最愛が練習着に着替えてくる。
「……お待たせしました」
「……何度も聞くが、本当に良いのかよ?」
「ええ、ちょうどクラブ活動というものをやってみたかったのです」
ウルフカットの問いに最愛が頷く。
「学校の部活ではダメなのか?」
「なんといいますか……わたくしの心の琴線に触れなかったのです……」
最愛が自らの胸に手を当てて呟く。
「き、金銭か、やっぱお嬢様ってのは金にシビアなんだな……」
ウルフカットが顎に手を当ててふむふむと頷く。トサカヘアが呆れる。
「アホは放っておいて……」
「ああん?」
「アンタ、プレー経験はあるの?」
トサカヘアが最愛に尋ねる。
「本格的にはありませんが、サッカーなら体育の授業で何度もありますよ」
「サッカーじゃないわよ」
「?」
最愛が首を傾げる。三つ編みが口を開く。
「私たちがやっているのは『フットサル』です」
「フットサル……」
「そう、5人対5人で行う競技で、基本的には室内で行われる、サッカーに似たものです」
「ふむ……」
「私たちは『川崎ステラ』というチームで、このコートで練習をしています」
「ほう……」
「ここまではよろしいですか?」
「大丈夫ですわ」
「じゃあ、チームに参加ということで……」
「はい」
「話がとんとん拍子だな……」
「まあ、やる気があるなら良いんじゃないの?」
ウルフカットの言葉にトサカヘアが応える。
「溝ノ口さんは結構身長もありますし、ゴレイロでいいですね?」
「ゴレイロ?」
「ああ、ごめんなさい、ゴールキーパーのことです。フットサルではそのように呼ぶときもあります。基本はゴールキーパーでも通じますが」
三つ編みが両手を胸の前で合わせる。最愛がゴールを見つめながら尋ねる。
「ゴールキーパーとはゴールを守るポジションですよね?」
「ええ、最後の砦です」
「砦……」
「やって下さいます?」
「ええ、やりましょう」
「助かるわ~」
「ちょ、ちょっと待って!」
ショートカットが声を上げる。三つ編みが首を捻る。
「円さん、なにか?」
「いや、溝ノ口さん初心者でしょ⁉ そんな簡単に決めていいの?」
「見事なキャッチングでしたよ?」
「そ、それにしたってさ、他にもポジションがあるんだし、まずは体験してもらった方が良いんじゃない? 適性を見る意味でも……」
「ちっ、まあ、円さんの言うことにも一理ありますね……」
「今露骨に舌打ちしたよね⁉」
「ではまずパス練習をしてもらいましょうか」
「分かりましたわ」
三つ編みの言葉に最愛が頷く。
「それじゃあ、円さん相手をしてあげて」
「う、うん……あ、ボクは登戸円(のぼりとまどか)、よろしくね」
「よろしくお願いしますわ」
最愛は円に丁寧に頭を下げる。
「それじゃあ、ちょっと距離を取って……ボールは色んな蹴り方があるけど、まずはここでの蹴り方を覚えよう」
円が自らの足を持ち上げ、内側辺りをさする。
「インサイドキックというものですね」
「おっ、よく知っているね~じゃあ、そこに当てるように蹴ってみようか……うおっ⁉」
スピードあるボールが来たため、円は戸惑う。最愛は首を捻る。
「……強すぎましたかしら?」
「い、いや……この距離ならそれくらいでも良いんじゃないかな……はい、リターン……おっ、トラップも上手いね……ふおっ! ははっ、良いパスだね……ぬおっ!」
「円の奴、押されてんじゃねえか……」
「あれじゃ逆に教わっているみたいね……」
ウルフカットとトサカヘアが呆れながら、最愛と円のパス交換を見守る。
「ふふっ……なかなかやるじゃないのさ……」
「いや、すがすがしいまでの捨て台詞だぞ、お前……」
コートの外に出て、膝をつき肩ではあはあと息をする円のことをウルフカットは冷ややかな目で見つめる。最愛は呼吸を整えて正面を見据える。
「……」
「なかなかのものだったぜ」
「そうでしたかしら?」
「ああ、まず初心者はボールを前に飛ばすことすら大変だからな」
「体育の授業が役に立ちましたわ」
「体育の授業、結構万能だな……」
「たくっ、しょうがないわね……」
「あん?」
「ここはアタシの出番のようね……」
「そうか?」
「そうよ」
トサカヘアが髪をかき上げながら前に進み出る。
「おいおい……」
「アンタ!」
トサカヘアが最愛をビシっと指差す。
「は、はい……」
「円を倒したくらいで良い気にならないでちょうだい」
「は、はあ……」
「え、ボクって倒された扱いなの⁉」
「うるせえな、黙って見てろ……」
円の問いにウルフカットが応える。
「あの子はいわゆる『四天王』最弱……」
「さ、最弱なの⁉」
「そもそも四天王が初耳だよ!」
重ねて問う円に対し、ウルフカットが声を上げる。
「パスの技術がなかなかのものだということはよく分かったわ」
「……ありがとうございます」
「しかし、フットサルで何より大事なのはボール扱いよ!」
「ボール扱い……」
「そう、ドリブルでボールを運んだり、相手に渡さないようにボールキープすることがなにより大事になってくるのよ!」
「な、なるほど……」
「そういうところを見てあげるわ!」
「ありがとうございますわ。ええっと……」
「ああ、アタシは等々力雛子(とどろきひなこ)よ」
「よろしくお願いしますわ」
最愛が雛子にも丁寧に頭を下げる。雛子が最愛に向かってボールを転がす。
「さあ、これはいわゆる1対1という練習法よ」
「1対1……」
「そう、そこからドリブルを駆使して、アタシをかわしてみなさい!」
「は、はあ……」
「溝ノ口さん、相手の虚を突くことを考えてみてください」
三つ編みが助け舟を出す。
「虚を突くこと……」
「さあ、開始よ!」
「!」
一気に距離を詰めた雛子が最愛からあっさりとボールを奪う。
「あらら……簡単にボールを奪えちゃったわね~」
「むう……」
「初心者に何をイキってんだあいつは……」
ウルフカットが呆れた視線を雛子に送る。
「み、溝ノ口さん、もっと細かなボールタッチを意識してみて!」
円が最愛に声をかける。雛子が驚く。
「なっ……円、四天王を裏切るの……?」
「入った覚えがないから! 大体最弱扱いなんてひどいよ!」
「細かなボールタッチ……」
「ボールを触る回数を増やせということです。それと……」
三つ編みが最愛に囁く。
「や、やってみますわ……」
「では、もう一度……」
三つ編みが片手を挙げる。雛子が顔をしかめる。
「いつの間にかヴィオラが仕切っているのが納得いかないけど……」
「開始!」
「むっ!」
最愛が雛子とボールの間に体を入れるようにしてボールをキープし始めた。
「これは……」
「へっ、ヴィオラの入れ知恵か……」
「くっ!」
「雛子がなかなかボールを取れない!」
「体格差を上手く活かしてやがるな、あれならツンツンはお嬢の懐に入れない」
円とウルフカットがそれぞれ分析する。
「むむ……」
「ちっ!」
さらに最愛は手を使って、雛子が近づいてこられないようにしている。
「上手い手の使い方だ! 雛子を抑え込んでいる!」
「あれもヴィオラの入れ知恵か、あれではツンツンは容易に近づけない」
「……まあ、審判にとってはファウルを取るかもしれないけどね……」
「その辺はまだ初心者だからな、だが、ツンツンとしてはそれを理由に勝負を無効にするのはプライドが許さないはずだ」
「へえ……」
「なんだよ? こっち見てニヤニヤしやがって……」
「仲良いじゃん、雛子と」
「あん? 仲良くねえよ……」
ウルフカットが円を睨む。円が目を背けながら呟く。
「べ、別に睨まなくても良いじゃん……」
「そろそろ動くぞ!」
「溝ノ口さん、足裏を上手く使って!」
「足裏……なるほど……」
最愛が後ろ向きの状態から反転して、雛子の左側を抜けようとする。その動きは雛子ももちろん察知している。
「そう簡単にはさせないわよ! えっ⁉」
雛子が驚いた。前を向こうとした最愛の足元にボールが無かったからである。
「……虚を突けた!」
「! ボールを足裏で反対方向に転がした!」
「えい!」
「⁉」
再び反転した最愛がボールをキープして、雛子の右側を抜き去った。
「はあ、はあ……」
「ま、まさか、そんな……」
肩で息をする最愛の横で雛子が信じられないと言った表情で立ち尽くす。
「パスもドリブルもそれなり以上だね……」
「体育の授業だけであれは身に付かねえ……なかなかのセンスの持ち主だな」
円が戸惑う横で、ウルフカットが笑みを浮かべる。
「はあ、はあ……」
「大丈夫ですか? 溝ノ口さん……」
三つ編みが声をかける。
「え、ええ……」
最愛が右手を挙げる。ウルフカットがコートに入ってくる。
「よっしゃ! お次はいよいよオレ様との1対1の番だな!」
「溝ノ口さんはお疲れです、今日のところはこの辺で……」
三つ編みは両手を掲げてウルフカットを制止する。
「え~そんなケチくさいこというなよ~」
「こ・の・辺・で!」
三つ編みがウルフカットの前に立ちはだかる。円が声を上げる。
「ヴィオラの圧が凄い!」
「ああなると、あのアホは気圧されるのよね……」
雛子が苦笑する。
「ぐっ、ちょっとだけならいいじゃねえかよ……」
「駄目です……!」
「ケ、ケチ~」
「子供っぽく言っても駄目です」
「オ、オレ様だって、あの新入りと遊びたいのに……」
「ちょっとかわいく言っても駄目です」
「は、はあ⁉ か、かわいくねえし!」
ウルフカットが顔を赤らめる。三つ編みがため息をつく。
「面倒くさいですね……」
「……えっと、大丈夫ですわ」
「え?」
三つ編みが振り返ると、呼吸を整えた最愛が立っていた。
「少し休憩を頂きましたから……」
「そ、それにしても立て続けに1対1は……」
「いえ、ちょうど体も温まってきたので……」
「って! アタシとの1対1はウォーミングアップ扱い⁉」
「ははっ、悪気は無いんだろうけどね……」
雛子の横で円が苦笑する。
「悪気がないなら、ナチュラルボーン煽り体質……! 油断ならないお嬢様ね!」
「ボクはさっき雛子に四天王最弱ってディスられたけどね……」
「……そんなこと言ったっけ?」
「無自覚……⁉ タチ悪いな!」
鼻の頭をポリポリとこする雛子を円が冷ややかに見つめる。
「あ、始まるわよ!」
「話逸らした……」
円はため息をつきながら視線をコートに向ける。
「それじゃあ、オレ様が攻めだ、防いでみろよ、お嬢様! 手は無しだぜ?」
「えっと……」
「ああ、御幸真珠(みゆきしんじゅ)って言うんだ、よろしくな」
「よろしくお願いしますわ」
最愛は真珠にも丁寧に頭を下げる。
「なんか調子狂うな……審判」
真珠が三つ編みに視線を向ける。三つ編みが首を傾げる。
「いつの間に審判に……開始!」
「うおおっ!」
「!」
「真珠の直線的なスピードにも着いて行ってる!」
「身体能力の方もそれなりのようね……」
円が驚き、雛子が感心する。
「くっ……」
「……」
「真珠が止まった!」
「重心を落として……初心者とは思えない構えね」
「さっき、ヴィオラが何か囁いていたみたいだからね」
「それにしても大した吸収力ね……」
雛子が腕を組む。
「おおおっ!」
「今度は逆方向に!」
「その程度の揺さぶりじゃ通用しないわ」
雛子の言葉通り、真珠は最愛を振りきれない。
「ぬおおっ」
「⁉」
真珠が半ば強引に突っ込み、最愛を弾き飛ばす。三つ編みが告げる。
「はい、反則です」
「はあ⁉ どこがだよ⁉」
「ファウルチャージ、不当なチャージです」
「あれくらいの競り合い普通だろうが!」
「相手が初心者だということも考慮してください……」
「そ、そんなの関係あるかよ!」
「審判は絶対です」
「ぬ、ぬう……」
三つ編みに詰め寄られ、真珠はタジタジとなる。
「真珠は負けず嫌いだね~」
「初心者をスピードで振り切れないからって、パワー勝負って、単純なのよ……」
「でも、そういう単純なところが案外頼りになったりするんだよね~」
「そう! こないだの試合でも……! って、全然頼りにしてなんかいないんだから!」
「お互い素直じゃないんだから……」
「うるさいわね、円!」
円と雛子が何やら話している内に、最愛がボールを返す。真珠と三つ編みが首を捻る。
「ん?」
「溝ノ口さん、貴女の攻め手ですよ?」
「いえ、こちらの守備練習でございますので……それに……」
「それに?」
「この方の攻撃を止めてみたいのです……!」
最愛が真珠のことをビシっと指差す。
「! へっ、言ってくれんじゃねえか……本気出すぞ! 泣いても知らねえぞ⁉」
「大体そういう方のほうが、涙腺がお緩くていらっしゃいます」
「おし! 絶対泣かす!」
審判の開始の合図とともに、真珠が突っ込む。円が声を上げる。
「また突っ込んだ! 真珠、キレちゃっている⁉」
「いや、頭は冷静……!」
真珠は右足でボールを内から外に跨いだ瞬間に、右足の裏でボールを、左足の後ろに通してみせ、左足でボールを前に持ち出そうとした。
「もらった! なっ⁉」
真珠が倒れ込む。ボールを最愛の足がカットしたからだ。
「ふう……」
「ボールから目を離すなっていうアドバイスを早速実践してくれたわね♪」
三つ編みが嬉しそうに最愛に駆け寄る。
「けっ、ま~たヴィオラの入れ知恵かよ……くそっ」
真珠が悔しそうに天を仰ぐ。
「トップスピードであれをやられたら流石に対処が難しいと思うけど……」
「なかなかの対応力ね……」
円と雛子が揃って感心する。
「……」
ベンチに座って一息ついている最愛に三つ編みが話しかけてくる。
「お隣、よろしいですか?」
「……どうぞ」
三つ編みが座り、口を開く。
「『アラ』としてのパス能力……」
「え……」
「『ピヴォ』としてのドリブル能力……」
「うむ……」
「『フィクソ』としての守備能力……」
「ふむ……」
「どれをとってもセンスの良さを感じました」
「はあ……」
「溝ノ口さん、貴女はどのポジションがやりたいですか?」
「え? ポジションの話だったのですか?」
最愛は首を傾げる。
「そ、そうですよ。アラはサッカーで言えばミッドフィルダー。ピヴォはフォワード、フィクソはディフェンダーですね」
一人で盛り上がっていたのが恥ずかしかったのか三つ編みは顔を赤らめ早口で説明する。
「ほう……」
「ま、まあ、細かく言うとまたちょっと違うのですけどね……」
「う~ん……」
最愛が己の両手をまじまじと見つめる。
「やっぱり溝ノ口さん……」
「わたくし……『ゴレイロ』、ゴールキーパーをしてみたいですわ」
「!」
「……駄目でしょうか?」
「駄目ということはないですけど、どうして?」
「貴女の……えっと……」
「ああ失礼、まだ名乗っていなかったですね、大師(だいし)ヴィオラです」
「大師さんの……」
「ヴィオラで良いですよ」
「! ヴィ、ヴィオラさんのわたくしを目掛けて蹴ったキック……」
「い、いや、あれは別に狙ったわけじゃないですから! たまたま、たまたまですよ!」
ヴィオラが手を激しく左右に振る。
「あのボールを受け止めた時……」
「見事にキャッチされましたね……」
「まさにその時ですわ……」
「その時?」
「心に……」
最愛が己の胸に手を当てる。
「心に?」
「走ったのですわ、稲妻が」
「と、倒置法⁉」
「はい?」
「い、いや、すみません、続けてください……」
「このような感情を抱いたことは今までの人生でまずありません……」
「そうですか」
「そこでこう思ったのです」
「ど、どう思ったのですか?」
「感じちゃった、運命」
「またもや倒置法⁉」
「なにか?」
最愛が首を傾げる。
「い、いえ、なんでもありません……そうですか、運命ですか」
ヴィオラが立ち上がる。最愛が苦笑する。
「ふふっ、大げさですわよね、わたくしってこういうところがあって……」
「良いのではないですか」
「え?」
「私も人生を長く生きたわけではありませんので、そこまで偉そうに言えることでもないのですが、一つの出来事を運命だと自覚することなどほとんどありません」
「そ、そうですか?」
ヴィオラが頷く。
「ええ、そうですとも。それもある種の幸運です」
「幸運?」
「ええ、人生を豊かに彩るきっかけを得たのですから。私はそう思います」
「では……わたくしはきっかけをその手に掴んだと……」
最愛が両手を握りしめる。ヴィオラはそれを見て微笑む。
「ふふっ、どうやら掴んでしまいましたね、ハートを……」
「は?」
「あ、こっちの倒置法は伝わらない⁉」
ヴィオラが再び顔を赤らめる。最愛が首を捻る。
「どういうことでしょうか?」
「い、いえ、気にしないで下さい……お疲れでしょうから、キーパー練習はまた後日……」
「いえ、今すぐ始めたいですわ」
「ええ?」
「なんというか……感覚を忘れないうちに!」
最愛が両手を強く握りしめる。ヴィオラが呟く。
「コートの事務所なら、レンタル用にキーパーグローブもありましたね……」
「売り物は?」
「え? ああ、一応何種類か取り扱っていたと思いますが……」
「……では、その中で一番高いものを希望します」
最愛が黒いカードを取り出す。
「お、お嬢様! い、いいのですか?」
「ええ、わたくし、何事も形から入るもので……」
購入したキーパーグローブを着けた最愛がコートに戻ってくる。ヴィオラが声をかける。
「では、キーパー練習をしましょう……三人ともこっちに来て下さい」
「?」
ヴィオラが集まってきた真珠、雛子、円に説明する。四人は順に並ぶ。
「では、参ります……円さん!」
「えいっ!」
「ふっ!」
「! 低いボールもしっかり手で取りに行った……雛子さん!」
「それっ!」
「ほっ!」
「! サイドを突いたボールに飛びついた……横っ飛びにも恐怖心はない……真珠さん!」
「おらあっ!」
「はっ!」
「! 強いボールと見るや、パンチングに切り替え……判断力が良い……私の番ですね!」
「⁉」
「! 初見のブレ球に対して、反射的に膝で防いだ……反応も鋭い……皆さん、こちらの溝ノ口最愛さんが、我が『川崎ステラ』のゴールキーパーで良いですね?」
「異議なし!」
三人が声を揃えて頷く。ヴィオラが優しく微笑みかける。
「……ということでよろしくお願いしますね?」
「ええ、こちらこそ、よろしくお願いしますわ!」
最愛が力強く頷く。この日、お嬢様はゴールキーパーになった。