『拝啓、バニーボールはじめました』第1話 【創作大賞2024・漫画原作部門応募作】
あらすじ
鳥取の高校生、白田天空は不完全燃焼のまま、高校バレーを終えた。地方の中堅高のため、有名大学や強豪実業団などからも特に声がかからなかった。バレーをやめようかと思ったとき、ある男からビーチバレーへの誘いがかかる。
「ビーチへの転向も悪くはないか」。天空は二つ返事でその誘いを受ける。しかし、当日向かった場所で渡されたのは、バニーガールの衣装だった。ある男は言う。「その衣装を着て、バレーボールをしてもらう」。戸惑う天空をさらに戸惑わせたのは、既にバニーガールの恰好に着替えていた、同地方でしのぎを削ったライバル、黒木大地の姿だった……。
変態が世界を熱くする!
本編
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「ふう……」
誰もいない体育館で長身で明るい髪色、筋肉質の体と中性的な雰囲気を併せ持った青年がバレーボールを片手にため息をつく。青年の名前は白田天空(しろたてんくう)。先日、高校三年生での最後のバレーボールの大会に挑んだ天空。その実力を遺憾なく発揮したものの、バレーボールはチームスポーツである。天空の孤軍奮闘も空しく、彼のチームは鳥取県予選ベスト8で敗退となった。
天空の実力はそれなりに知れ渡ってはいたものの、やはり全国区での実績が無いということがネックとなり、彼に対して、有名大学や強豪実業団、Vリーグのチームからの誘いはこなかった。
天空はバレーボールを見つめながら、寂し気に呟く。
「オレのバレーボールは高校までか……ん?」
天空のポケットのスマホが鳴る。取り出して画面を見る。知らない番号だ。無視しようかとも思ったが、なんとなく電話に出てみる。低く渋みを感じさせる男性の声がした。
「ああ、白田天空くんだね? いきなり電話をして申し訳ない……」
「……どちらさまでしょうか?」
「私は兎野平太(うさぎのへいた)というものだ」
「兎野って……! あ、あの、ビーチバレーのメダリストの!?」
「ほう、ご存知だったのかい、光栄だね」
兎野と呼ばれた男性が嬉し気に話す。
「そ、それはもちろん知っていますよ! で、でも、どうして兎野さんがオレなんかに電話を?」
「……単刀直入に言おう、白田天空くん、君が欲しい……!」
「!」
「全国区には残念ながら縁が無かったが、中国地方の選抜には何度か抜擢されていたね……」
「み、見ていてくださったんですか?」
「ああ、それで声をかけさせてもらったというわけだ」
「……ビーチバレーへの転向ということですね?」
「……それは来れば分かる」
「来れば?」
「急な話で申し訳ないが、三日後、沖縄へ来てくれたまえ」
「お、沖縄ですか?」
「ああ、往復の航空券もすでに送った。ホテルなども手配してある。ユニフォームなども用意してあるから、練習道具だけを持ってきてくれ」
「え、えっと……」
天空は困惑する。
「まあ、無理にとは言わないが……」
「いえ、やります! やらせてください!」
天空は力強く答える。電話口の向こうで兎野がふっと笑う。
「待っているよ……それじゃあ」
兎野が電話を切る。
「……ビーチバレーへの転向か……正直ほとんど頭に無かったけど……まだバレーが続けられるかもしれない……!」
天空が嬉しそうにバレーボールを両手で持って見つめる。三日後、天空は沖縄にやってきていた。空港に兎野のアシスタントを務めているという美人の女性が迎えに来てくれた。天空は彼女の運転する車に乗り、海岸の方へと向かう。天空が窓の外を眺めながら、やや首を傾げる。女性が呟く。
「……ホテルで顔合わせという話だったのですが、やはりバレー選手はバレーボールで語り合った方が良いだろうというお話です」
「な、なるほど……」
「トレーニングの方は……?」
「部活を引退してからも約一ヶ月、欠かしていません!」
「さすがですね、それならば問題はないでしょう……」
「い、いきなりそんなにハードなトレーニングをするんですか?」
「……着きましたよ」
女性は天空の質問には答えず、車を停め、天空に降りるように促す。
「は、はい……」
「こちらです……」
「よく来たね、待っていたよ、白田天空くん」
そこにはTシャツとハーフパンツ姿ではあるが、日に焼けた肌と、屈強な肉体が覗く、元ビーチバレー日本代表の兎野の姿があった。
「兎野さん!」
天空が両手を腰にピタッと付けて、兎野に向かって体を90度に折り曲げた。兎野がやや面食らう。
「う、うん?」
「こんなオレにバレーボールを続ける機会を与えて下さり、誠にありがとうございます!」
「いや~そんな堅苦しい挨拶は良いんだよ。早速で悪いんだが、適性を見たいんだ。こいつに着替えてくれ」
「はい! ……え?」
天空が渡されたのは、バニーガールの衣装であった。兎野が告げる。
「その衣装を着て、バレーボールをしてもらう」
「い、嫌ですよ!」
「ほう、何故だい?」
「な、何故って、男が着るような衣装ではないでしょう!?」
「そうかな?」
「そうですよ!」
「彼はもう着ているけどね……」
「え……ああっ!?」
兎野が指し示した先には、長身で、黒い髪色、精悍な顔つきに褐色でマッチョな肉体の上に黒のバニーガールの衣装を着ている青年がいた。兎野が笑顔で天空に問う。
「よく見知った顔だろう?」
そう、天空は彼のことをよく知っていた。岡山県出身で、隣県の天空とは、幾度となく鎬を削った相手、黒木大地(くろきだいち)だ。好敵手と意識していた相手がバニーガールの恰好をしている。
「な、なっ……なんじゃ、こりゃあ!?」
天空は沖縄の白い砂浜で叫ぶ。バニーガールの衣装を片手に。
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「というわけで、バニーボールをしてもらう……」
「い、いや、というわけでって!」
兎野の言葉に天空はなおも戸惑う。
「……どうしても嫌なようだね」
「そ、それは嫌ですよ!」
「……何故だい?」
「さ、さっきも言ったように、男の着るような衣装じゃないからですよ!」
「そうかな?」
「そうですよ、だってバニーガールですよ!?」
「はあ……」
兎野が両手を広げて、ため息をつく。
「な、なんですか……?」
「……説明を頼む」
兎野がアシスタントの女性を促す。女性は頷き、タブレット端末を取り出し、手際よく操作して、ある画面を見せる。天空は首を傾げる。
「こ、これは……?」
「バニーボールの潜在的競技人口です。全世界で約1億人がプレーをしています。日本では約10万人……」
「ほ、本家のバレーボールでも約5億人なのに……!?」
「ええ」
「ちょ、ちょっと待ってください、今潜在的って言いませんでした?」
「ちっ……」
「し、舌打ちされた!?」
「……実数はそれほど多くはありません」
「じ、実数を示してもらわないと意味がないじゃないですか!?」
「……なにを申したいのかというと……将来性です」
「しょ、将来性?」
女性が頷く。
「そうです。このバニーボールというスポーツには水面下ではありますが、大いに注目が集まり始めています」
「で、でも水面下なんでしょう?」
「こういうのは一気に火が点くものです」
「そ、そうでしょうか?」
「そうです。先行投資をしておいて損はないです」
「先行投資?」
「初期の段階でこの競技を始めていれば、人気プレーヤーとなれる確率は非常に高いです……」
「そ、そうですかね……?」
「そうです。各種SNSで人気を集めているインフルエンサーを思い起こしてみてください」
「イ、インフルエンサーですか?」
「ええ、大体の方が、みな早い段階でそのSNSを始めています」
「そ、それはそうかもしれない……」
「つまり……今の時点でバニーボールを始めておくと、人気者になれる可能性が高いです」
「い、いや……」
「女性にもモテますよ」
「それは別に……」
「モテたくないんですか?」
「モテたい気持ちはありますが、それで決めるのはどうかと……」
「ならば……」
女性がタブレット端末に違う画面を表示させる。天空は目を丸くする。
「! こ、これは……?」
「あなたが人気バニーボーラーになった時の想定される全収入です……もちろん、結果をある程度出すことが求められますが……」
「ほ、本当にこんなに稼げるんですか?」
「マッチョでイケメンな男性がバニーガールの恰好をしてバレーをしているところを見たいというニーズは世界的に高まっているのです……」
「ニ、ニッチ過ぎませんか?」
「まあまあ、騙されたと思って、一度着てみたまえ!」
兎野が声を上げる。
「え、ええ……」
「さあさあ!」
「わ、分かりました……」
兎野の迫力に圧され、天空は頷いてしまう。
「更衣室はあちらです」
女性が指し示した建物に天空は向かう。
「き、着替えてきました……」
青のバニーガールの恰好になった天空が恥ずかしそうに戻ってくる。
「うむ、なかなか似合っているじゃないか!」
「あ、あまりジロジロ見ないでください……」
天空は両手で体を隠そうとする。
「黒木くん、どう思う?」
兎野が一人で黙々と練習していた黒木大地に声をかける。練習を中断した大地が天空を見て呟く。
「悔しいですが……似合っていますね」
「く、悔しいってなんだよ!?」
天空が声を上げる。
「だが……この恰好には俺の方が慣れている」
「はあっ!?」
「既に二週間前からこの恰好で練習をしているからな」
「な、なんでそんなにバニーガールに前のめりなんだよ!」
「岡山県予選もベスト8で敗退した……大学や実業団、もちろんVリーグからの誘いもなかった……」
「あ、ああ、オレと似たようなもんだな……」
「……俺にはもう、バニーボールしかないんだ……!」
「そ、そうはならないだろう!?」
「まあ、とりあえずアップをしたまえ!」
「は、はあ……」
兎野の言葉に従い、天空は大地とともにアップをする。しばらくすると、兎野が声をかけてくる。
「よし、早速試合だ!」
「ええっ!? 早すぎませんか!?」
「練習だけでは退屈だろう?」
「そ、それはそうですけど……」
「既に準備はしてある……」
兎野が指し示した先に、バレーコートが準備してある。
「い、いつの間に……」
「相手も呼んである……!」
「あ、相手……?」
「ふう……」
「どうも……」
屈強な体格でバニーガールの恰好をした男性が二人現れる。
「え、ええ……?」
「彼らは社会人バニーボーラーだ」
「社会人とは!?」
「今の君らにとっては格上の相手だな、胸を借りるつもりで臨みたまえ」
「ええ……」
「腕が鳴るな、白田……」
「だから、なんでそんなノリ気なんだよ、黒木!?」
練習試合が始まる。
「ふん……!」
「!」
相手の強烈なジャンプサーブが決まる。天空は一歩も動けない。
「さっさと決めさせてもらうぜ……!」
「くっ!」
「おらあっ!」
「ぐっ!」
相手のサーブになんとか食らい付こうとする天空だったが、ボールに触るのが精一杯で、レシーブもままならない。相手が笑う。
「ふっ、大人と子どもだな……」
「ちっ……砂浜の上でのプレーがこんなにきついとは……これがビーチバレーなのか……」
「……白田」
「なんだよ」
天空は大地の方を見る。
「これはビーチバレーじゃない、バニーボールだ」
「はあ?」
「バニーに成りきることが重要だ」
大地は自らと天空が頭に付けたうさ耳を交互に指し示す。
「わけのわからんことを……」
「野性味を出せということだ」
「はあ?」
「見ていろ……」
「そらあっ!」
「むん!」
「なっ!?」
相手の強烈なサーブに大地が飛びついてレシーブを上げる。天空の反応が遅れ、ボールは落ちてしまう。
「……」
「す、すまん……」
天空は立ち上がった大地に謝る。
「謝らなくていい……それよりも分かったな?」
「え?」
「今の感じだ」
「今の感じって……」
「このバニーガールの恰好は俺たちの秘めている運動能力を格段に引き上げてくれるんだ……」
「き、気のせいだろう……」
「気付いているだろう?」
「ええ?」
「この驚くべきフィット感に……」
「それはバニーガールだからな、ピチピチなんだよ……」
「まさに今の俺たちは人間ではなく、変わったなにか……!」
「変態っていうんだよ」
「とにかく集中力を研ぎ澄ませ、どんなボールにも反応出来るぞ」
「それって自己暗示じゃないか……?」
「……負けたらバレーが出来なくなるぞ?」
「……!」
「それで良いのか?」
「……良くはねえよ」
「そうだろう」
「ちっ……分かったよ。もうちょっとガチってみるわ」
「……来るぞ」
「どおりゃあ!」
「白田、バニーになれ!」
「ピョン!」
「!!」
天空が横っ飛びして、相手の鋭いサーブをレシーブしてみせる。
「よし、良いぞ! 任せた!」
ボールの落下点に入った大地がトスを上げる。
「……!! 高いだろう!? 届くかよ!」
体勢を素早く立て直した天空が戸惑う。大地が声を上げる。
「相手のブロックを抜くにはこれくらいがベストだ!」
「マジかよ……!」
「白田、バニーの心だ!」
「ピョ~ン!」
「!?」
天空は高く飛び上がり、強力なアタックを放つ。相手の高いブロックの上をいき、天空たちの得点になる。大地がガッツポーズを取る。
「ナイス!」
「よっしゃあ! ……思った以上に高く飛べたな……」
「それはお前が身も心もバニーになってきている証拠だ!」
「ちょ、ちょっと複雑だな……」
「集中だ! この試合、勝つぞ!」
「分かってるよ!」
天空のアタックから試合の流れがガラッと変わり、天空と大地のチームが逆転。2セットを先取して、試合を制した。
「やったぞ! 白田!」
「うおっ……」
大地が天空に思いきり抱き付く。
「お前とペアを組めて良かった……! お前とならば、俺たちはこのバニーボールの世界……どこへだってイケる……!」
「ちょ、ちょっと離れてくれ、くっつき過ぎだ……」
天空は大地の喜びように戸惑う。
「ふっ、将来が楽しみなバニーボーラーが生まれたようだな……」
兎野がバニーガール姿で密着する天空と大地を見てふっと微笑む。
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