『令和ちゃんと平成くん~新たな時代、創りあげます~』第3話 【創作大賞2024・漫画原作部門応募作】
「……いたぞ」
旧石器が声を潜めながら顎をしゃくる。その先にナウマンゾウがいる。
「大きいな……」
「大体3m弱の肩高ですか、現代のアジアゾウに比較すれば小柄ですよ」
「比較対象がおかしい……」
冷静な令和に平成が呆れる。旧石器が声をかけてくる。
「武器を渡す。気に入ったのを使ってくれ」
旧石器が三本の槍を差し出してくる。平成が首を傾げる。
「……見たところ、同じですけど……」
「全然違うだろう、先端を見ろ」
旧石器がそれぞれの槍の先端を差し示す。
「え……?」
「ふむ、『打製石器(だせいせっき)』を用いていますね……」
「ダセエなんて失礼だろう、令和ちゃんよ。旧石器さんはイケてると思っているんだから」
「……イントネーションが違います。石を打ち割って作る石器です」
令和が呆れた視線を平成に向ける。旧石器は平成を無視して令和に問う。
「で、どれにする?」
「……これですかね」
令和が一本の槍を持ち上げる。旧石器が感心する。
「お目が高いね、『細石刃(さいせきじん)』を選ぶとは」
「細石刃?」
「小型の石刃のいくつかを木や動物の骨の柄に掘った溝にはめ込んだものです。貫通性能が高く、槍を軽量化することも出来ました」
令和は平成に説明する。旧石器が頷く。
「軽いから投げ槍としても使える。この三本の中では一番新しいものだ」
「え~ずりい! ニューモデルとか!」
「声が大きい! 獲物に気付かれる……!」
旧石器が声を抑えながら平成に注意する。
「チュートリアルだからって令和ちゃんばっかり良い武器なんて贔屓っすよ」
「何を言っているか分からんが、ほら、好きな方を選べ」
旧石器は残った二本の槍を差し出す。
「こっちで」
「ふむ……『石槍』か」
「い、石槍? ひ、ひねりがないな」
「石器を木の葉形に加工し、槍に付けた。この石は黒曜石(こくようせき)と言って珍しいんだぞ?」
「レア武器ってわけですか、じゃあこれ!」
平成が石槍を手に取る。旧石器は残った槍を手に取る。令和が問う。
「それは『尖頭器(せんとうき)』ですか?」
「日本では少し違う。黒曜石の欠片の鋭い縁を残した『ナイフ形石器』を槍につけたものだ」
平成が言い辛そうに口を開く。
「旧石器さん……先に取ってしまってあれなんだけどよ……」
「うん?」
「そんな装備で大丈夫か?」
「大丈夫だ、問題ない」
「令和ちゃん、旧石器さんが戻ってきたときは、その細石刃を渡してやって……」
「ゲームから離れて下さい。コンティニューなどありません」
令和が冷たく平成を突き放す。
「……それじゃあそろそろ行くぞ」
旧石器が平成たちに声をかける。平成が慌てる。
「ちょ、ちょっと待ってください、令和ちゃんさ……」
「なんですか?」
「マジでその槍でナウマンゾウに挑む気?」
「なにか問題が?」
「あるね。この細い槍で仕留めるのは難しいんじゃないか?」
「ではどうすれば?」
「いつぞやのようにトラック召喚は……」
「却下です。ナウマンゾウが突如飛んできた異世界の方の身にもなって下さい」
「駄目か……」
平成は肩を落とす。旧石器があらためて声をかける。
「それじゃあ行くぞ、手筈通り行けば大丈夫」
「手筈通り? 俺聞いてないんだけど……」
「よし、散れ!」
旧石器と令和がナウマンゾウを挟むようなポジションを取る。出遅れた平成はナウマンゾウの目の前にその姿を晒してしまっている。
「平成さん! あっ!」
令和の投げた槍がナウマンゾウの左臀部辺りを貫く。ナウマンゾウが痛みに体を大きくのけ反らせる。正面から見た平成にはとても大きな物体に見える。
「で、でか……」
「ぼっとするな、平成!」
旧石器が右の腹部を数カ所、素早く刺す。ナウマンゾウが体勢を崩しそうになるが、踏み止まり、前に向かって走り出す。平成は慌てる。
「こ、こっちに来る!」
「平成、目を狙え、それで勢いを削げる!」
「それが出来れば苦労しない! 旧石器さん!」
「どうした⁉」
平成が旧石器の方を向いて、満面の笑みを浮かべる。
「俺、ここで『落ちます』! お疲れ様でした!」
「はっ⁉ 『落ちる』? 何を言っているんだお前⁉」
「平成さん! 正気に戻って下さい! これはオンラインゲームではありません! 繰り返します! これはゲームではありません!」
「⁉」
令和の呼びかけに平成は正気になるが、そこまでゾウがきている。旧石器も叫ぶ。
「平成! なんとかかわせ!」
「くっ! 『人類の退化の過程』!」
「「⁉」」
令和も旧石器も驚いた。平成が後ずさりしながら徐々に腰を曲げ、やがて四足歩行に近い状態になったのだ。まるで『人類の進化の過程』を逆再生したようなものだ。さらにはそれすらも通り越して、土下座をする。
「ここは大和田常務ばりの『土下座』で一つ!」
「そんなの通用しないでしょう! ⁉」
縮こまった平成を踏み潰そうとしたナウマンゾウだったが、その近くに掘られていた落とし穴にはまり、体勢を大きく崩す。平成が立ち上がり、槍を刺す。
「引っかかったな! 喰らえ!」
「本来はイノシシやシカ用の落とし穴なんだが上手く落ちてくれたな……」
「ラッキーでしたね……」
旧石器と令和は胸を撫で下ろす。
「……」
旧石器が黒曜石の石器を用いて肉を切る。平成が呟く。
「黒曜石使っていますね」
「ああ、この辺では取れないからな。いくつかある産地まで取りに行かないとならない。場所によっては舟で海を渡って取りに行っている奴らもいるぞ」
令和は顎に手をやって呟く。
「黒曜石を追い求めて各地から……当時の交易範囲や交通事情の一端も伺いしれますね……」
「交易か……思い出すな、俺もドラゴンの鱗やフェニックスの爪、ユニコーンの角を用いたもんだよ……」
「……だからいい加減現実に戻ってきて下さい」
令和が平成に冷たい視線を向ける。一方、旧石器が焼いた石の上に草や葉で包んだ肉を置く。平成が呟く。
「蒸し焼きか」
「……焼き上がったな……さあ、食べろ」
「これは何の肉ですか?」
「別の場所で獲れたシカの肉だ。モモの辺りが旨いぞ」
「いただきます……おおっ、すごいジューシーな味わい……」
平成はホクホク顔である。令和が問う。
「旧石器さん、こちらは何のお肉でしょう?」
「それも別の場所で獲れたイノシシだ。旨いぞ、脂身の多いバラ肉だ」
「いただきます……うん、美味しい。豚肉に似た味ですね」
令和もホクホク顔である。
「うん、これも旨いぞ、令和ちゃん! 食べてごらんよ」
平成がある肉を指し示す。令和が尋ねる。
「……何のお肉ですか?」
「まあ、とにかく食べてみなよ」
「何事も経験、頂きます……うん、しっとりとして甘い味わいですね」
「ああ、それは野ウサギだ」
「⁉」
旧石器の言葉に令和は悲しそうな目になる。
「自然の摂理だ」
「むう……」
「く、口直しって言ったら失礼ですが、肉の他には何かありますか?」
令和の気分を変えるように平成が旧石器に問う。
「まあ、確かに肉ばかりというのもな……ちょっと待っていろ」
旧石器が平たい石器を持ってくる。平成が問う。
「それは?」
「石皿(いしざら)だ」
「そ、そのままですね……」
「他に言いようがないだろう」
「それもそうですね……それをどうやって使うんですか?」
「こうやって……!」
「!」
旧石器は石皿に松ぼっくりを何個か置き、別の石器でおもむろに叩き割る。
「この石は敲石(たたきいし)という。大体丸い手ごろな石を使う。石器を作る時にも使う。叩き割ったものをこの磨石(すりいし)というものを使って……磨り潰す」
旧石器は円形状の石器で松ぼっくりをすり潰し、粉状にする。令和が尋ねる。
「その磨石は皆さん同じようなものを使うのですか?」
「いや、球状に近いものもあれば、他にも様々な形状がある。ほら食べろ」
平成が皿を受けとりながら呟く。
「ふ~ん、肉の他には木の実が主食ですか」
「後は果物だな、ブドウやイチゴなどがある。地域によって食するものが微妙に異なるけどな」
「そうなのですか?」
イチゴを口にくわえながら令和が首を傾げる。
「ああ、東日本は針葉樹、西日本は落葉樹が多く生えていたからな」
「なるほど、木の実の種類も変わってきますからね」
「関東と関西でうどんつゆや出汁が違うみたいなもんだな」
「それは微妙に違うと思います」
令和は平成の言葉を切り捨てながら食事を続ける。旧石器が笑う。
「さて、ごちそうといくか」
「ごちそう?」
旧石器が大きい肉を焼き、平成たちに渡す。
「ナウマンゾウだ」
「こ、こんなに頂いても良いのですか?」
「気にするな。ナウマンゾウ一頭で、集団の食糧が数か月はもつ」
「そりゃ助かるな」
平成は顎をさすりながら呟く。令和が困惑する。
「ほ、本当に頂いてもいいのですか?」
「いいぞ、どうかしたのか?」
「ゾ、ゾウを食べるというのは抵抗があると言いますか……」
「狩ってしまったんだ。食べるのがせめてもの償いだ」
「そ、そうかもしれませんが……」
「考えていたら飢え死にするぞ……うん、美味い」
旧石器はゾウの肉を豪快に食べる。令和もおそるおそる口にする。
「おおっ、令和ちゃん! どうだ?」
「……うん、なんとも形容しがたいですね。平成さんもどうぞ」
「……なんというか、大味だな」
「なんだ、気に入らなかったか?」
「良い経験にはなりました」
旧石器の問いに平成は無難に答える。旧石器は首を捻る。
「せっかく美味しい部位を分けてやったのに……」
「お、美味しい部位とかあるのですか?」
「そうだぞ、令和が食べたのが、お前が槍を突き刺した臀部だ」
「⁉ そ、そうですか……」
「お、俺が食べているのは?」
「鼻だ」
「は、鼻⁉ 食べられるんですか⁉」
「現に食べているだろう、ちなみに足も美味だぞ、古代ローマ人のお墨付きだ」
「こ、古代ローマ人が言っているなら間違いないか!」
「欧米に弱いんだから……」
令和はナウマンゾウの鼻にかぶりつく平成を冷ややかに見つめる。