『拝啓、バニーボールはじめました』第3話 【創作大賞2024・漫画原作部門応募作】
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「ふあ……」
天空があくびをする。
「おはよう」
「お、おお、おはよう……」
天空が声をかけてきた大地に戸惑い気味に応える。
「どうした?」
「い、いや、現地集合じゃなかったのか? わざわざ鳥取の空港にまで来るだなんて……」
「予定が変わったようだ」
「そ、そうなのか?」
「ちょっとしたサプライズでね」
兎野とアシスタントの女性が現れる。
「あ、おはようございます……」
「おはようございます……」
天空と大地が揃って頭を下げる。
「うん、おはよう」
「おはようございます」
「サプライズっていうのは……?」
「これを……」
アシスタントの女性がアイマスクとヘッドホンを天空と大地にそれぞれ手渡す。天空が苦笑気味に呟く。
「……まさか、これを着けろってことですか?」
「そのまさかです」
「何の為に?」
「行き先を秘密にしておきたいからね♪」
兎野がウインクする。
「そんなことして意味がありますか?」
「現場での適応力を見たいんだよ」
「適応力?」
「ああ、バニーボールというのは様々な環境で行うからね」
「大阪の街中でやるとは思いませんでしたよ……」
天空が目を細める。
「まあ、というわけで着けてくれたまえ……ああ、そういえば、ユニフォームは着ているかい?」
「いいえ……」
「そうか、それならジャージの下に着ておいてくれ」
「……っていうことは着いたらすぐに試合ですね?」
「サプライズ感が薄れてしまったけど……そうだよ」
兎野が天空の問いに頷く。
「トイレで着替えてきてください」
「はい……」
「分かりました」
女性に促され、天空と大地はトイレへと向かう。その途中で天空が大地に問いかける。
「どこに行くんだろうな?」
「また沖縄じゃないか?」
「隠す必要があるか?」
「じゃあ海外かもな」
「海外って……」
「兎野さんは以前、『バニーボールの輪は世界中に広まっている』っておっしゃっていたぞ」
「嫌な広がりだな……」
トイレで着替え終えた二人は兎野たちのもとに戻る。
「海外なら楽しみだな」
「パスポートを持ってないだろう。海外の線はないと思うぞ」
「ああ、そうか……」
大地が少しがっかりする。天空が呆れる。
「なんでちょっとがっかりしてんだよ……お待たせしました」
天空が兎野たちに声をかける。
「ああ、それじゃあアイマスクとヘッドホンを着けてくれ」
「なんだかドキドキしてきたな……」
「悪い意味でな……」
大地の言葉に応えながら、天空はアイマスクとヘッドホンを着ける。二人は女性の手に引かれながら、飛行機へと乗り込む。それから数時間後……。
「ん!?」
「な、なんか、肌寒いような……うん……車?」
そこからまた数時間後。ヘッドホンが外される。
「さあ、降りたまえ」
兎野の声に応じ、車らしきものから降りる。
「む……」
「や、やっぱり寒いな……!」
「さあ、ジャージを脱いで……」
「は、はい……」
二人はジャージを脱いで、バニーガール姿になる。
「それじゃあ、アイマスクを取って良いよ」
「はい……眩し……こ、ここは!?」
天空は驚く。見渡す限り一面の銀世界であったからだ。
「秋田のスキー場だよ」
「あ、秋田!? 鳥取からなら、東京で乗り換えでは!?」
「飛行機をチャーターしたんだ」
「お、お金の使い方、間違っていませんか?」
「これもバニーボールの普及と発展の為だよ」
「普及と発展……ってか、寒っ!?」
「冬の東北ですからね」
いつの間にか防寒着をしっかりと着こんだ女性が呟く。兎野もあったかそうな服を着ている。天空が抗議の声を上げる。
「じ、自分たちだけ、ズルくないですか!?」
「まあ、それは良いから」
「良くないですよ!」
「それよりアップを始めて、試合が始まるからさ」
「はい、分かりました。行くぞ、白田」
「黒木、お前、物分かり良すぎだろう!」
「……行くぞ」
「あ~もう! 分かったよ!」
天空は大地とともにアップを始める。しばらくすると……。
「がっはっはっは!」
「!?」
ひげ面の大柄な男性が現れる。
「兎野! こいつらがお前らの秘蔵っ子か?」
「ああ、そうだ」
「ふ~ん……」
ひげ面が天空たちを見つめる。
「……」
「少し……いや、だいぶ、『もやしっ子』でねえか?」
「なっ!?」
ひげ面の言葉に天空たちがムッとする。
「儂の育てたやつらと戦ったら、あっという間に決着がついてしまうんでないかな、これは……」
「やってみないと分からないさ」
「ふん、まあいい……おめえら、こっちさ来い!」
「うす!」
「はい!」
「うおっ!?」
「……!」
熊のような大きな体格の男二人がバニーガールの衣装を着て現れる。胸毛が豊かな男と腕毛が豊かな男だ。天空と大地は少し圧倒される。ひげ面がニヤリと笑う。
「へっ、バニーボールに必要なのは『たくましさ』だ! こいつらにはそれが備わっている……! 世界へと届きうる逸材だ!」
「ほう、それは楽しみだ……」
兎野も笑みを浮かべる。
「よし! さっさと試合を始めるぞ!」
試合が開始される。
「……ふん!」
「!」
胸毛の豊かな男の強烈なサーブが決まる。大地が舌打ちする。
「ちっ……」
「どんどん行くぞ!」
胸毛のサーブが次々と決まる。天空が忌々し気に呟く。
「くそ! 雪に足を取られて、思う様に動けねえ……!」
「けっぱれ~」
「白田くん、めんけ~」
「!!」
天空は我が目を疑う。自分たちに声援を送ってくれるかわいい女の子たちがいたからだ。
「きゃ~こっち見た~」
「な、なんだ、あの女子たちは……」
「……先日の大阪での一件はネットでそれなりに話題になりまして……今日ここで試合があるということをそれとなくSNSで流しておきました……」
コートライン際に歩み寄ってきた女性が淡々と呟く。
「そ、それは……」
「良いモチベーションになるかと思いまして……」
「……う、嬉しいけど恥ずかしい!」
「……な、なんだ!?」
「うおおっ!」
「あ、明るい髪の奴の足元の雪が溶けた!?」
胸毛が驚く。
「これは……?」
「羞恥心から出る熱いオーラだろうね」
女性の問いに兎野が答える。
「羞恥心……それはバニーボールでは不要なものでは?」
「それをプラスに変えることが出来るのなら話は別だ」
「なるほど……」
女性は頷く。
「なんだか分かんねえけど、雪が溶けた! これなら自由に動ける!」
天空が胸毛の放つサーブを拾う。ボールが良い位置に上がる。天空が大地に声をかける。
「黒木! そのままアタックだ!」
「わ、分かった!」
「そうはさせん!」
「くっ!?」
大地のアタックが腕毛が豊かな男にブロックされる。
「ふふん! そんなヤワなスパイクなど通用せん!」
「ぐっ……」
「黒木くん~かっこえ~」
「素敵~」
「……!!」
「お、おい、声援に応えろよ!」
天空が大地に呼びかける。
「……さい」
「え?」
「照れくさい!」
「ぬおっ!?」
「うおおおっ!」
大地が叫ぶと、周囲の雪が舞い上がる。
「……これも羞恥心の為せる業ですか?」
「そのようだね……」
女性の問いかけに兎野が頷く。
「白田! どんどん上げてこい!」
「お、おおっ! それっ!」
「もらった!」
「何度でも止めてやる!」
「むん!」
「どわあっ!?」
大地の放ったスパイクが、腕毛のブロックを豪快に弾き飛ばす。
「よっしゃあ! やったぜ、黒木!」
「さっさと終わらせるぞ、天空!」
「!? あ、ああ、大地!」
「凄まじい熱気だ、足元の雪をほとんどすべて溶かしてしまいそうなくらいだ、あれなら慣れないアウェイのコート条件も関係ないね」
「……それはアリなんでしょうか?」
兎野の言葉に女性が首を傾げる。
「バニーボールは自由なんだよ」
「それなら良いのですが……」
盛り返した天空たちは2セットを先取し、試合に勝利する。
「やったぞ! 天空!」
「ああ、大地!」
「よし!」
「え……?」
ハイタッチをしようとした天空が戸惑う。大地がうさ耳をこちらに向けてきたからだ。
「何をしている、お前もうさ耳をこちらに向けろ」
「え、ど、どういうことだ?」
「『うさ耳タッチ』だ、バニーボーラーはこっちでタッチをかわす方が自然なんだ……!」
「ほ、本当かよ……?」
「早くしろ……」
「わ、分かった……」
天空もうさ耳を向け、互いのうさ耳をタッチさせる。
「きゃあ~♡」
「めんけ~♡」
女子たちから歓声が上がる。
「ま、まあ、ウケたからいいか……」
天空が笑みを浮かべる。
「負けたぜ……」
ひげ面が兎野に声をかける。
「いや、あの子たちもなかなかのものだったよ……」
「世辞はいらね。しかし、さすがは兎野だ、良い選手たちを見つけてきたものだな……」
「ああ、まだまだ発展途上ではあるが、彼らなら、バニーボールの未来を託せる……そう確信しているよ……」
兎野は目を細めて、天空と大地を見つめる。傍らに立つアシスタントの女性は、(バニーボールってそんなに歴史あったのかな……?)と思ったが、余計なことは言わないでおこうと黙っていた。