『もっともな戦隊はごもっともな変態!?』第2話 【創作大賞2024・漫画原作部門応募作】
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「……来たな」
生徒会室に入ってきた美蘭を見て、強平が笑みを浮かべる。
「……」
「それじゃあ、あらためて……」
「………」
強平が美蘭に歩み寄る。美蘭が体を強張らせる。
「ビンタをしてくれ」
強平が右の頬を美蘭に向かって差し出す。
「だ、だから、するわけないでしょう!」
「何故だ?」
「する理由がないからよ!」
「理由なんてこの際どうだって良いだろう」
「どうでも良くないわよ!」
「ほら……」
強平が右の頬を突き付ける。美蘭が戸惑う。
「ほ、ほら、じゃないわよ!」
「安心しろ……」
「え?」
美蘭が首を傾げる。
「右の頬を打たれたら、左の頬も差し出す」
「どこかのイエスみたいなことを言うな!」
「決して反撃はしない」
「当たり前でしょ! そもそも、ビンタをしないけれど!」
「え……しないのか?」
「ええ!」
「そんな……」
強平が肩を落とす。
「そ、そんなに露骨にガッカリされても!」
「じゃあ、なんで……」
「は?」
「なんで生徒会室に来たんだよ⁉」
「はあ?」
美蘭が首を捻る。
「ここに来たということはビンタを了承したということだろう⁉」
「いや、なんでそうなるのよ⁉」
「そうじゃないと説明がつかない……!」
「いくらでも説明がつくわよ!」
「え……?」
強平が首を傾げる。
「あんなにしつこく校内放送で呼び出されたら、来ないわけにもいかないでしょう? 休み時間の度に放送するなんて……まったく……何を考えているのよ!」
「無視するという選択肢だってあったはずだろう?」
「当然、それも考えたけれど、周囲の視線が痛いのよ! アンタたち生徒会はこの学院では、随分と畏敬の念を持たれているみたいだからね、『その呼び出しを無視するとは一体何事か』みたいな雰囲気になるのよ!」
「ふむ、そうか、畏敬の念を持たれているのか……」
強平は顎をさする。美蘭は肩をすくめる。
「……厄介なことにね」
「どうやら……」
「どうやら?」
「こちらの狙い通りに事は運んだようだぜ」
「た、質が悪いわね⁉」
得意気な笑みを浮かべる強平に対し、美蘭が声を上げる。
「これも生徒会の威光の為せる業だ……」
「威光がメッキを剥がせば偽物だということを知らしめたい気分だわ」
「知らしめる? どうやってだよ?」
「え? お、大声で言いまわるとか……」
「ガキかよ。そんなことにいちいち耳を傾けるやつがいるか?」
「が、学院内で発行している新聞に情報をタレ込むわ!」
「はっ、そんなことをしたら、アンタの方がひんしゅくを買うことになるぜ?」
強平が両手をわざとらしく広げる。美蘭が困惑する。
「な、なんでそうなるのよ⁉」
「このご時世をよく考えてみろよ」
「ご時世?」
「ああ、今の時代は『多様性を尊重する』時代だ」
「……それがどうしたの?」
「……分からねえのか?」
「あいにく、さっぱり」
美蘭が首を左右に振る。
「はあ……」
強平がため息をつく。
「な、なによ、そのため息は?」
「多様性……俺のこの“ちょっとばかり特殊な性癖“も尊重されてしかるべきだ」
「! そ、そんなバカげたことが……」
美蘭が愕然とする。
「タレこみか……まあ、何事もやってみないと分からねえがな……受け取り方もまた人それぞれなわけだからな……」
「そ、そうよ!」
美蘭が生徒会室から出ようとする。
「まあ、落ち着けよ。少し冷静になれ……それは悪手ってもんだぜ」
「ええ……?」
強平に呼び止められ、美蘭が振り返る。
「それでもしもそれなりの騒ぎにでもなったら、アンタに対して余計に注目が集まってしまうことになるぜ?」
「! そ、それは……」
「望むことではねえだろう?」
「え、ええ、出来る限り平穏無事に学生生活を送りたいから……」
「それならば、答えはひとつだ」
強平は右手の人差し指をピンと立てる。
「は……?」
「簡単なことだぜ」
「な、なによ?」
「……俺を思いっきりビンタするんだ」
「結局それじゃないの!」
「それで万事解決だ」
「だからそれが嫌だと言っているのよ!」
「どうしてだよ?」
強平が不思議そうに首を捻る。
「ど、どうしてって……」
「知人とじゃれ合っているようなものだと思えば良いだろう」
「ふ、普通は知人にそんなことしないわよ! 大体、よく知らないし!」
「ふむ、そうか……やはりここはあれだな……」
「あれ?」
強平が右手を美蘭に向かって差し出す。
「……亜久野美蘭、アンタも生徒会に入れ」
「はあっ⁉」
強平の突然の提案を受け、美蘭は驚きの声を上げる。
「そうだ、それがいい」
強平が自らの発言にうんうんと頷く。
「か、勝手に納得しないでもらえる⁉」
「いい考えだと思うんだが……」
「どこがよ!」
「生徒会として同じ時間を過ごせば、互いのことをよく知ることが出来るだろう?」
「そ、それはそうかもしれないけれど……」
「理解も深まる……」
「う、うん……」
「もうそうなれば……」
「そうなれば?」
「知人という関係性と言っていい。違うか?」
「そ、それはまあ……」
「……心おきなくビンタが出来るな」
「い、いや、そうはならないから!」
美蘭が右手をぶんぶんと左右に振る。
「ならないか?」
強平が首を傾げる。
「ならないわよ!」
美蘭が声を上げる。
「ふむ……」
強平が顎に手を当てる。
「だ、大体ね! 繰り返しになるけれど!」
「うん?」
「知り合いにビンタなんかしないから!」
「知り合いの度合いにもよるだろう?」
「知り合いの度合い?」
美蘭が首を捻る。
「ああ」
「どういう意味よ?」
「そのままの意味だ。顔見知り程度よりは、例えば生徒会としての活動をともにこなして、多くの時間を一緒に過ごせば、親しい間柄になれる……」
「ま、まあ……」
「……というわけでビンタだ」
「い、いや、というわけでとはならないから!」
美蘭が左手をぶんぶんと左右に振る。
「なんでだ?」
強平が首を捻る。
「こっちがなんでだなのよ⁉」
「互いの親密さが深まったわけだろう?」
「深まったとしても、そういうことには普通はならないのよ!」
「そうか……」
強平が腕を組む。
「そ、そもそもとしてね!」
「ん?」
「生徒会の活動なんてほとんどしていないんでしょう⁉」
「む……」
「なんか準生徒会とかが実質動いているとかなんとか……そんなところに入ってもしょうがないわ。交流を深める余地がないでしょう」
「むむ……」
「違う⁉」
「……」
「………」
強平が黙る。沈黙が流れる。
「……そこはあれだ……」
「あれって?」
「なんらかの活動機会を設けるさ」
「活動機会を設けるって、そんなことが……」
「出来るさ、なんてたって会長だからな」
「う……」
胸を張る強平に対し、今度は美蘭が言葉に詰まってしまう。
「どうだ?」
「ど、どうだって言われても……」
「生徒会に入れ」
「い、いや……」
「嫌なのか?」
「嫌っていうわけじゃないけど……」
「生徒会活動などをすれば、内申点も大幅にプラスされると思うぜ?」
「う、う~ん……」
美蘭が腕を組んで考え込む。目の前にいる人物の正体は最上戦隊ベストセイバーズのレッドセイバーである。その者に接近しておくのは悪いことではない。むしろそれがこの学院に潜入した目的のようなものだ。
「悪い話じゃねえと思うんだが」
「…………」
「……………」
「………………」
「そんなに考え込むことか?」
「……生徒会に入ったら、目立つんじゃないの?」
「? まあ、それは多少はな」
「女子会員もいないっていうじゃない」
「ああ、そう言われると男所帯だな……」
「ふむ……」
美蘭はさらに考え込む。出来る限り学院生活を平穏に過ごしたいのだ。潜入調査をしているものが目立ってしまってはいけないだろう。いわば敵地に飛び込んできたようなものである。時にはリスクを冒す必要も出てくるだろうが、それは今ではないはずだ。レッドセイバーが誰かということは掴めた。現時点ではそれで十分ではないのだろうか。
「どうした?」
「……やっぱり……」
「やっぱり?」
「生徒会へのお誘いはお断りするわ」
「!」
強平が驚く。
「じゃあ、そういうことで……」
美蘭が立ち去ろうとする。
「ま、待ってくれ!」
「待たない」
「そこをなんとか!」
「ならない」
「この通りだ!」
「⁉」
美蘭が驚く。強平が土下座をしてきたからだ。
「お前しかいないんだ! 頼む!」
「ちょ、ちょっと!」
美蘭が困惑する。
「……これは一体全体どういうことですか?」
「‼」
美蘭が声のした方を見ると、整った青みがかった短髪に眼鏡をかけた、スラっとした体格の青年が生徒会室に入ってきていた。