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『三流声優の俺、特殊スキル【演技】で異世界の英雄になってみた』第3話 【創作大賞2024・漫画原作部門応募作】
「栄光さん!」
「ぐっ……へ、平気です」
橙々木さんに対し、俺は手を挙げながら立ち上がる。ローラが呟く。
「ほう、立ち上がるとは……」
「お姉様、遊んでいないでとどめを!」
「ああ……」
「ティッペ!」
「分かっているっぺ!」
ティッペが前足を振ると、一枚の紙が現れる。俺はそれを掴む。
「絵を見て……念じる!」
「妙なことを……させん!」
「‼」
建物が吹き飛ぶ。デボラと呼ばれた女が笑う。
「お~ほっほっほ! お姉様にかかれば……なっ⁉」
「ふん……そんなものなの? って、あ、あれ⁉」
俺は自らの姿を確認する。女の姿になっているではないか。ティッペをキッと睨む。
「い、いや、かつてこの世界の危機を救った伝説の『虹の英雄たち』の一人、『橙色髪の武道家』を描いた絵を渡したっぺ!」
「せ、性別が変わっているじゃないの⁉」
俺は橙色のショートボブの髪をかき上げながら愕然とする。
「さすがは『七色の美声』、女の子を演じても違和感が無いっぺ……」
「感心している場合じゃないわよ!」
「ええっ⁉」
「な、なんで『赤髪の勇者』の絵を寄越さないのよ⁉」
「き、緊急事態で慌てていたっぺ……」
「お約束!」
「女に変わった……どういうスキルだ?」
「お姉様、隙を与えないで!」
「それもそうだ……な!」
「!」
ローラが右手と左手を掲げる。右手からは強烈な風が吹き出し、左手からは猛烈な炎が噴き出して、俺の体を狙ってきた。デボラが声を上げる。
「強力な風魔法と炎魔法の併用! 本来ならば片方だけでも相当魔力を消耗するのにも関わらず、併用を苦にしないのは、お姉様のスキル、【魔力量倍加】の成せる業! 見事ですわ、お姉様!」
「これくらい造作もない……」
「英雄気取りめ、跡形もなく……⁉」
「なっ⁉」
「どうかした?」
激しい熱風が去った後、平気な顔で立っている俺の姿を見て、ローラとデボラは姉妹揃って驚いた顔を浮かべる。
「ば、馬鹿な……」
「無傷だと……? どんなスキルを使った?」
ローラの問いに俺は右拳を掲げて呟く。
「……ぶっ飛ばした」
「そ、そんなことが出来てたまるか⁉」
「出来たんだからしょうがないでしょうが……」
「むう……」
「じゃあ、こっちの番ね……」
「! 反撃する気よ!」
「そうはさせん!」
ローラが右手を掲げる。強烈な風が吹きつけてくる。だが……。
「関係ないわ!」
「⁉」
俺は一瞬でローラとの距離を詰める。
「おらあっ!」
「‼」
俺の放った拳がローラの左頬を捉え、ローラは真横に勢いよく吹っ飛ぶ。俺は右手をひらひらとさせながら呟く。
「綺麗なお顔をぶってごめんなさいね……」
「くっ!」
ローラが立ち上がり、今度は左手を掲げる。
「意外とタフね!」
「むっ!」
俺はまたもローラの懐に入り、今度は右頬を殴る。吹っ飛んだローラはゆっくりと立ち上がって、頬を抑えながらこちらを睨み付けてくる。
「に、二度目だと……?」
「親にもぶたれたことなかった?」
俺はわざとらしく首を傾げる。デボラが信じられないという様子で呟く。
「ど、どういうこと……?」
「この世界の伝説に残る『橙髪の武道家』は、魔法がからっきしだったそうだっぺ……」
「え?」
いつの間にか俺の肩から離れ、距離を取っていたティッペが説明を始め、それにデボラが反応する。
「その代わりに彼女は“謙虚”な姿勢でもって、己の格闘術を徹底的に磨き上げたそうだっぺ。その結果として強力な魔法を打ち消してしまうほどの拳を手に入れたっぺ……」
「……だそうよ」
俺は右拳で左の掌をバシッと叩く。デボラが声を上げる。
「あ、あり得ないわ!」
「あり得るんだからしょうがないでしょう……」
「伝え聞くところでは、スキル【打撃無双】を有していたとかいないとか……」
「ふっ、無双なんて……まだまだよ」
「おおっ、勝気な反面、謙虚な所もちゃんと持ち合わせていたという武道家をしっかりと演じているっぺ……」
ティッペが感心する。ローラが体勢を崩し、膝をつきそうになり、舌打ちする。
「ちっ……」
「これで終わらせてあげるわ!」
「ぐっ!」
俺がローラに殴りかかる。
「お姉様!」
「なっ⁉」
俺の放った拳が弾かれる。ティッペが声を上げる。
「妹の方だっぺ!」
「なんですって⁉」
俺が視線を向けると、ローラの背後に回っていたデボラが両手を掲げている。デボラは苦しそうに呟く。
「わ、わたくしは支援・補助魔法を極めておりますの……分厚い障壁を張りました、これであなたはお姉様とわたくしに指一本触れることは出来ません」
「傲慢なだけはあるってことね……」
「そういうことだ……!」
「むっ⁉」
体勢を立て直したローラが両手を掲げる。凄まじい爆風と爆炎が俺に向かって飛んできた。回避することが出来なかった俺は吹き飛ばされる。
「スグル!」
「ぐっ……」
「ははっ、決まったわね、お姉様の爆発魔法が!」
「久々だな……」
「あらためて……見事ですわ、お姉様!」
「くう……」
「なっ⁉ まだ動けるの⁉」
ゆっくり立ち上がった俺を見てデボラが驚く。俺は身構える。
「……」
「お、お姉様! 今度こそとどめを!」
「い、言われなくても……!」
「! ……?」
ローラから爆風が飛んでこない。ティッペが叫ぶ。
「爆発魔法は消耗が激しい! 短時間で連発は出来ないっぺ!」
「そ、それは朗報……」
「今が好機だっぺ!」
「し、しかし、あの分厚い障壁をどうしたものかしらね……」
「そ、それがしにお任せを!」
「えっ⁉」
橙々木さんが飛び出してきた。
「橙々木さん! 危ないから下がって!」
「そういうわけには参りません! それがしでもお役に立てるはずです!」
「!」
橙々木さんが紙に素早く絵を描き、それを掲げる。
「あ、現れろー!」
橙々木さんの掲げた紙が光ったかと思うと、重い手甲が俺の両手に装着される。
「こ、これは……⁉」
「鉄よりも硬い、ミスリルで出来た手甲です! それならばあのバリアもきっと破れるはず!」
「テンのスキルが分かったっぺ!」
「えっ⁉」
ティッペの言葉に俺は振り返る。
「スキル【描写】! 描いたものを実際に写し出すことが出来るっぺ!」
「くっ……」
「向こうが回復しそうだっぺ!」
「おっと! そうはさせないわ!」
俺はローラたちに殴りかかる。
「なっ⁉」
先程は簡単に弾かれた拳が障壁にめり込む感覚を得る。
「おらっおらっ!」
「‼」
俺は両の拳で連撃を繰り出す。障壁にひびが入っていく。
「おらっ!」
「⁉」
俺の拳がついに障壁をぶち破る。俺は間髪入れず、右拳を振るう。
「おらあっ!」
「ぐはっ⁉」
俺の右拳がローラのみぞおちに入る。デボラが悲鳴に似た声を上げる。
「お姉様⁉」
「ご心配なく! 姉妹仲良くね! うらあっ!」
「ごはっ⁉」
俺の左拳がデボラのみぞおちに入る。
「ぐふっ……」
「ごふっ……」
ローラとデボラが力なく崩れ落ちる。
「はあ、はあ……ざっとこんなもんよ……」
俺も膝をついてうつ伏せに倒れる。
「スグル!」
「栄光さん!」
ティッペと橙々木さんが俺に近寄ってくる。その直後、俺は意識を失う。
「……ん?」
「……財産没収なんて生ぬるい!」
「むち打ちにすべきだ!」
姿が元に戻り、意識を取り戻した俺の目に飛び込んできたのは、ボロボロに傷ついたローラとデボラを取り囲む群衆の姿であった。
「みんな、落ち着け……」
町長が群衆を見回して静かに呟く。
「しかし! 我々がどれだけ苦しい生活を強いられたか!」
「……気持ちは分かるが、暴力はいけない……」
町長が首を左右に振る。
「ですが!」
「凶暴な野良モンスターからこの町を何度も救ってくれたのは事実だ……」
「そ、それは……」
町長がローラたちに語りかける。
「……お二方、この町から速やかに退去して頂きたい。これが我々としての最大限の譲歩です」
「ちょ、調子に乗るのもいい加減に!」
「やめろ、デボラ……行くぞ……」
ローラは立ち上がると、町の外に歩き出す。
「く、屈辱ですわ、お姉様……」
デボラが唇を噛みながら、ローラの後に続く。俺がティッペに尋ねる。
「とどめを刺しておかなくていいのか?」
「……そんな力が残っているっぺか?」
「……今は無いな」
「それならば今はこの町から追い出しただけでも良しとするっぺ」
「そうだな……」
俺は半身を起こす。
「え、栄光さん、大丈夫ですか?」
橙々木さんが心配そうに声をかけてくる。
「大丈夫……」
俺は橙々木さんを見つめる。
「な、なんですか?」
「お陰で助かりました。ありがとうございます」
「い、いえ、恩返しですから気にしないで下さい」
「恩返し?」
俺は首を傾げる。橙々木さんは少し躊躇してから口を開く。
「それがしは……栄光さんたちと同じ専門学校のアニメーター科に通っておりました……」
「え……」
だから俺と桜が同期だと知っていたのか。
「大きな夢を抱いて上京したのは良いのですが、周囲のレベルの高さにすっかり自信を失いかけておりました。そんな時……それがしの手がけた短編アニメを唯一褒めて下さったのです、栄光さんが!」
「! ああ……」
そういえばそんなこともあったかもしれない。たまたま感想を聞かれたので、自分の感じたことを素直に述べただけなのだが。
「それがとっても嬉しかったのです! それがしにとって大きな自信を与えてくれました。お陰で夢を諦めずに済んで、プロのアニメーターになれました!」
「そ、そうだったのですか……」
「ですから、いつか恩返しがしたいと思っていたのです」
「はあ……」
「栄光さん、あなたは英雄になるというようなことをおっしゃっていましたが……それがしにも手伝わせて下さい!」
「えっ⁉」
「この世界、行く当てもないんです! どうぞ連れて行って下さい!」
橙々木さんが頭を下げてくる。
「……同じ世界の方が一緒なのは心強い、こちらこそお願いします、橙々木さん」
「天で構いません」
「え? よ、よろしく、天……」
俺は戸惑いながら天にお礼を返すのだった。