『神月くんは噛みつきたい!』第3話 【創作大賞2024・漫画原作部門応募作】
3
「くっ……」
シャワールームで気を失った次の日、神月が教室で顔をしかめる。
(まさかウェアウルフがいるとはな……生徒数も多い学園とはいえ、まったくの予想外だった……今にして思えば、競争、跳躍、投擲……どれをとっても人間離れしていた……その時点で気が付くべきだった……)
神月は額を抑える。
「……ん」
(噛まれてからしばらく気を失ってしまった……なんという失態……これではヴァンパイア取りがヴァンパイアだ。しかし……)
神月は腕を組む。
「……さん」
(それにしても、あのウェアウルフ、意外と胸があったな……もっとはっきり見ておくべきだった……い、いや、そうじゃないだろう!)
神月は頭をぶんぶんと振る。
「……きさん」
(あの原口鋭子もこの学園の関係者の女性だ。よって、なんとしても噛みついて血を吸わなければならない……。しかし、こちらがヴァンパイアだと知られているのはまた厄介過ぎる問題だ……ちっ……)
神月が内心舌打ちをする。
「……月さん」
(運動能力で勝負しても、あの圧倒的差を埋めるのは容易ではない……どうにかして隙を突くか……いや、神月家のヴァンパイアたるもの、そのような卑怯な手は……さて、どうする……?)
「神月さん」
「うわっ!? は、はい!?」
神月は驚く。目の前に長身の女子生徒が立っていたからだ。女子生徒は銀髪セミロングの髪をかき上げながら呟く。
「さきほどから何度もお声がけをしていたのですが……」
「あ、ああ、すみません……」
神月は頭を下げる。銀髪セミロングは悲し気に顔を俯かせる。
「存在感が希薄ですか、わたくし……」
「い、いえ、そんなことはありません! 今はちょっと考え事をしておりまして……って、もしかして貴女は……?」
「初めまして、長屋蘭華(ながやらんか)です……」
蘭華と名乗った銀髪セミロングが頭を下げる。
「やはり長屋さんでしたか……」
神月が頷く。
「わたくしなどのことをご存知なのですか?」
蘭華が首を傾げる。
「それはもちろん、この学園でも有名じゃないですか」
「そうでしょうか?」
「そうですよ」
「ふむ……」
(俺の狙っている女の一人だしな……)
「自分ではよく分からないものですね……」
「……何か御用ですか?」
「美術部に来てもらえませんか?」
「え?」
「……駄目でしょうか?」
「い、いや、駄目というか……」
「それならば致し方ありません……たいへん失礼を致しました……」
蘭華がその場から速やかに立ち去ろうとする。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
神月が蘭華を引き留める。
「はい?」
(……どういうことだ? 狙っている女から声をかけてくるとは……美術部……確かにこの女は美術部の所属だ。勧誘か? 正直言って部活動をやっている暇は無いのだが……)
神月が頭を回転させる。
「あの……」
「う、伺います! 美術部に!」
「そうですか、良かったです。では、お昼休みに美術室に来てください」
「ひ、昼休みですか? 放課後ではなく?」
「ご都合が悪いのですか?」
「い、いえ、大丈夫です!」
「では、お待ちしております」
蘭華が去っていく。
(獲物の方から来てくれるとは好都合だ……)
神月は笑みを浮かべる。そして、昼休みとなり、神月は美術室に向かった。蘭華が待っていた。
「わざわざすみません」
「いえ……」
「それではどうぞ」
「……あれ?」
蘭華の後に続いて美術室に入った神月だが、誰もいない教室を見て、不思議そうに首を捻る。
「……どうしましたか?」
「い、いえ、美術部の活動中では無いのですか?」
「美術部の活動は基本的には放課後のみです」
「あ、ああ、そうですか……」
「それがなにか?」
「い、いや、美術部を見学させてもらえるのかなと思ってまして……」
「他の部員がいると恥ずかしいかと思いまして……」
「恥ずかしい?」
「ええ、神月さん、貴方にはモデルになってもらおうかと……」
「モ、モデルですか?」
「ヌードで」
「ヌ、ヌード!?」
神月が声を上げる。
「まあ、さすがに生まれたままの状態というのはマズいですから、こちらを穿いてもらいます……」
蘭華が赤いブーメランパンツを差し出す。
「え、ええ……」
神月が戸惑う。
「……無理でしょうか?」
蘭華が俯く。
(……ここで頼みを聞いてやった方が、俺になびく可能性が高まるな……抵抗はあるが……)
「すみません、ご無理を言ってしまって……」
「や、やります! やらせていただきます! ヌードモデル!」
「!」
神月は蘭華が引っ込めようとしたブーメランパンツを強引に奪い取る。
「着替えてきます!」
「……お願いします」
「……お待たせしました……って、ええっ!?」
ブーメランパンツ一丁になって戻ってきた神月が驚く。蘭華がカメラを構えていたからだ。
「では、そこの円形の台にお乗りください……」
「えっと、写真のモデルですか……?」
「そうですが……なにか?」
「い、いや、てっきり絵のモデルかと……」
「わたくしは視覚芸術全般を極めたいと考えておりますので、当然写真作品も制作します」
「そ、そうですか……」
「では台の方に……」
「はい……」
神月が台に乗る。蘭華がレンズを向ける。
「どうぞ、思ったようにポーズを取ってみてください……」
「そ、そう言われても……こ、こうですか?」
「ああ、良いですね……」
「ほ、本当ですか?」
「その調子でお願いします」
「は、はい……」
蘭華がシャッターを切り続ける。その音に合わせるかのように、神月がポーズを変えていく。蘭華が声をかける。
「素晴らしいですよ、神月さん……」
「そ、そうですか?」
「思った以上です……」
「な、何故に僕をモデルに?」
神月が尋ねる。
「昨日、陸上部の練習に参加されていたでしょう?」
「は、はい……していましたね……」
「それをお見かけして、ピンと来たのです」
「は、はあ……そうですか……」
「しかし、本当に思った以上の肉体美……」
「に、肉体美?」
「ええ」
「う、美しいということですか?」
「そうです」
蘭華が頷く。
「そうですか……美しいですか……」
「はい、とっても……」
蘭華の言葉に神月は満面の笑顔になる。
「さあ、どうぞ、どんどん撮ってください!」
「おっ、ノッて来ましたね……」
「ええ、ノリに乗ってます!」
神月はノリノリでポーズを取り始める。
「……」
「………」
「…………」
「……………」
しばらく無言の時間が続き、蘭華が口を開く。
「……では、そろそろパンツを脱いでみましょうか」
「ええっ!?」
蘭華の言葉に神月が面食らう。蘭華が首を捻る。
「どうしましたか?」
「い、いや、さすがにそれは……」
「たかが布切れ一枚あるかないかです」
「されど布切れ一枚です!」
「……仕方ありませんね……」
蘭華が神月に歩み寄る。
「な、なにを……ああっ!?」
蘭華が神月のパンツを脱がそうとする。
「ほら、暴れないでください……」
「あ、暴れますよ!」
「これも芸術の為です……!」
「それは免罪符になりませんよ!」
神月は抵抗する。
「……強情ですね」
「こちらのセリフです!」
「……破るか、パンツ」
(な、なにを言っているんだ、こいつは!?)
「うん、破ろう」
(ま、マズい! はっ!? 今なら首筋に噛みつけるんじゃないか?)
神月の視界に、無防備な蘭華の首筋が入る。
「……せーの……」
(意識が完全にパンツにいっている……!)
「3、2、1……」
(よし……! 今だ!)
「ゼ……」
「ええい! がはっ!?」
蘭華の首筋に噛みつこうとした神月だったが、蘭華の首が伸び、蘭華の強烈なヘッドバットを顔面に食らう。
「狙いがみえみえです……」
「く、首が伸びた……!? そ、それにこの頭の硬さは……!?」
「すみません、わたくし、ロボットなもので……」
「!? ロ、ロボットだと……」
「残念ですね……大人しくパンツを脱いでくださったら……もとい、芸術に協力してくださったら、わたくしの体内にわずかに残っている血を吸わせてあげてもよろしかったのですが……芸術を高めるのはまたの機会に……」
神月は薄れゆく意識の中、蘭華がふふっと笑う顔を見た。温かさを感じさせる笑みだと思った。
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