
『黒一点は特異点!?』第2話 【創作大賞2024・漫画原作部門応募作】
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「それでは日下さんとのコンビネーションはバッチリなんですね~」
「ええ、もう何年も一緒にやっているみたいです」
女性のライターさんと爽が楽し気に話しているのをボクは見つめている。
「……」
「日下さんはどうでしょうか?」
ライターさんがこちらに話を振ってきた。ボクは慌てて答える。
「え、えっと……と、とにかくただひたすら一生懸命にやるのみです」
「真面目か!」
爽が笑顔でツッコミを入れてくる。周囲に笑いが起こる。
「い、いや……ははっ……」
ボクは苦笑する。ライターさんが爽の方に向き直る。
「今後の目標は?」
「全国のファンの方にも会いに行きたいですね」
「SNSなどの効果で、四国在住の方以外にもリーチしていますよね」
「そうですね、ローカルグループでも想いを届けることが出来るんだということを実感しています」
「例えば、ニューアルバムを引っ提げてのツアーですか?」
「正直、詳細はまだ決まっていないんですが、そういう形で新曲を披露することが出来れば理想的ですよね」
「日下さんはどうでしょうか? 今後の目標は?」
「四国八十八というグループの今後の更なる発展に寄与することが出来れば良いなと考えております……」
「硬いな!」
爽がまたツッコミを入れてくる。周囲に再び笑いが起こる。
「……本日はありがとうございました」
「こちらこそありがとうございました。またよろしくお願いします」
「あ、ありがとうございました」
ライターとお礼を言い合う爽に倣い、ボクもお礼を言う。取材の場を後にする。移動車に乗ると、マネージャーが告げる。
「雑誌などの取材は今ので終了。この後はテレビ局に移動。夕方の生放送に出てもらうわ」
「おっけ~」
爽は笑顔で頷く。
「な、生放送……? き、聞いていないんですけど……」
ボクの顔が引きつる。
「収録番組に出演の予定だったけれど、今日のゲストが急な体調不良になったみたいで、そのピンチヒッター。どっちの番組も同じプロデューサーだからスムーズに話は進んだわ。またとないチャンスね」
「チャンスはピンチ!」
ボクは思わず大声を上げる。マネージャーが首を傾げる。
「? 逆でしょ?」
「い、いや、ピンチでしょう!? 生放送に出演だなんて、どんなボロが出るか分かったものじゃ……」
「出さないようにしなさいな」
「か、簡単に言いますけどね……!」
「大丈夫よ」
「なにをもって!? 大体ですね……」
「なに?」
「ボクは必要以上には露出しないという話だったのでは?」
「だから最低限に留めているじゃないの。本当は新メンバーのあなたをもっと大々的にプッシュしたいのよ?」
「生放送は!?」
「それはイレギュラー。まあ、いいじゃないの」
「いいじゃないのって……」
「爽もいるから心配ないわ。この為に組ませたんですもの」
「まあ、任せといてよ、晴ちゃん」
隣に座る爽がウインクしてくる。四国八十八のリーダー的存在――正式なリーダーではないらしいが――である爽はわりと常識人だ。確かに彼女のお陰で取材対応は概ね上手くいった。安心しても良いのかもしれない。
「ああ、生放送で新曲披露するから、よろしくね♪」
「ええっ!? 新曲?」
「そう、アルバムに入るあなたと爽のデュエット曲。こないだ振り付けもしたでしょ?」
「し、しましたけど……」
「急遽の出演だから、リハーサル無しだけど、そこんとこよろしくね♪」
「ま、まさにぶっつけ本番!?」
「OKです」
「お、OK!?」
爽の返事にボクは驚く。そうこうしている内にテレビ局に到着して、控室に通される。ボクは不安たっぷりに椅子に座る。爽が声をかけてくる。
「大丈夫よ、晴ちゃん、振り付けしっかり出来ていたじゃないの」
「い、いや、不安はそこではなくてですね……」
ボクはミニスカートの裾を両手でギュッと掴む。爽がその様子を見て笑いながら話す。
「ははっ、パンチラの心配? どうせ見せパンなんだから気にしなくても良いでしょ」
「い、いや、穿いてきていないんです……」
「え?」
「今日は踊ると思っていなかったんで……トランクスです……」
「……太ももの部分をギュッと縛れば、ワンチャンドロワーズだと誤認される可能性が……」
「縦縞のかぼちゃパンツなんて見たことあります?」
「無いわね」
「振り付けを一部変更してもらうわけには……」
「それはダメよ、二人揃って頭を地面に着けてのヘッドスピンがこの曲の見せ場なんだから」
「え、ええ……」
「……ミニスカートを股でギュッと挟んで、両手を腰にピッタリとつけて逆さ直立みたいな体勢で回転すれば?」
「そ、そんなの無理ですよ!」
「やるしかないでしょう……ほら、本番よ、行きましょう」
「マ、マジすか……」
生放送は始まった。簡単なトークの後、新曲を披露する時間となった。問題の逆さ直立でのヘッドスピンだが……出来た。何事もやってみるものだ。
「すごい、早速切り抜きの映像がバズっているわよ」
控室でスマホを見ながら爽が呟く。
「は、はは……」
ボクはただ苦笑するしかない。
「四国八十八がまた有名になるわね……」
「それはなにより……」
「やはり晴ちゃんにこのグループに入るように仕向けて良かったわ」
「はい……えっ? 仕向けた?」
ボクは視線を爽に向ける。爽がニヤリと笑って、ボクに顔を近づけて、耳元で囁く。
「君は昔から裏の世界でも注目されている存在なの。これからも影響力を多方面に及ぼしてね、特異点ちゃん……」
「え……?」
「それじゃあ、私は直帰OKされているから……お先に~」
ボクは茫然と爽の背中を見つめていた。明くる日……。
「はい、良いよ~和ちゃん~!」
「は~い♡」
スタジオで和がグラビア撮影に臨んでいる。衣装は布地の少ないビキニ水着だ。この四国八十八では、豊満なスタイルの和がグラビアを飾る機会がもっとも多い。すでに有名な雑誌のグラビアにも何度か掲載されている。
「それじゃあ、新顔ちゃんにも入ってもらおうか~」
「え、えっと……」
ボクは白いビキニ姿である。トップスにはフリルのレースがついており、ボトムの部分にはパレオを巻いている。露出度は和に比べると格段に低い。カメラマンはボクを見て首を傾げる。
「う~ん……」
「な、なにか?」
「ちょっとそのパレオを取ってみようか」
「ええっ!? そ、それはちょっと……」
「いや、このままだと二人がちょっとアンバランスだからさ……」
「そ、そう言われても……」
「うちの晴はそういうのはNGです……」
マネージャーが進み出て、毅然とした態度でカメラマンに告げる。よ、良かった……胸は寄せて上げて、パットを入れてなんとか誤魔化せているが、下半身は無理だ。グラドルの撮影現場を間近で見て、股間のアレが膨らんでしまっている。こちらの膨らみは誤魔化せない。
「……編集部から聞いたんだけど、来月号の表紙の娘がやらかしちゃって、表紙に空きが出来たんだよ。俺が一声かけりゃあ、表紙も飾れるけど……」
「どんどん撮っちゃってください」
「はあっ!?」
マネージャーの豹変にボクは驚いて声を上げる。
「晴、パレオを取りなさい」
「い、いや……そ、それは……」
ボクは腰をくねくねとさせる。マネージャーが歩み寄ってくる。
「表紙なんて飾ろうと思って飾れるものじゃないのよ? しかも、今日の雑誌は、全国の書店、コンビニ、キヨスクなどでほぼ必ず置かれている雑誌だわ。あなたも知っているでしょう?」
「知っています……」
「それなら早く」
マネージャーがパレオを引っ張るので、ボクは慌てる。
「ちょ、ちょっと! 無理ですって!」
「なにが無理なの?」
「い、いや、股間の膨らみが……」
ボクは赤面しながら、小声で告げる。
「ああ……」
マネージャーがボクの股間に目をやり、理解したように頷く。ボクは股間を両手で覆う。
「じ、じっと見ないでくださいよ……!」
「……オカンの顔」
「は?」
ボクは首を捻る。
「母親の顔を思い浮かべなさい。ただひたすらそれだけを考えなさい」
「え、ええ……?」
「……どう? 萎えてきたでしょう?」
「ま、まあ、確かに……」
ボクは頷く。
「よろしい、それじゃあ、お待たせしました!」
「ああっ!」
マネージャーが勢いよくボクのパレオを取る。背中を押されたボクは和と並んでグラビア撮影に挑むことになってしまった。言われたように、母親の顔を思い浮かべ続けた。確かに萎えさせることは出来たが、それにしてもやはり無茶があるのではないだろうか……。しばらくして……。
「はい、OK! 二人とも良かったよ! これは良いグラビアになるよ~!」
カメラマンが撮影終了を告げる。ボクのナニはまったく気にならないレベルだったらしい。ホッとするよりも悲しさが先に立った。
「はあ……」
「晴ちん、お疲れ~シャワーどうぞ~」
シャワーを終え、バスローブを着た和が声をかけてくる。色っぽい雰囲気だ。ボクは目線を逸らしながら応える。
「お、お疲れ様です……!」
「晴ちん、今日は良かったよ~」
「あ、ありがとうございます……」
「……今回の雑誌は全国で爆売れして、晴ちんには単独グラビアのオファーが殺到する……」
「ははっ、どうせならそれくらいになって欲しいですね……」
「欲しいじゃなくて、確実になるんだよ。歴史が証明している」
「えっ……?」
ボクは視線を和に向ける。和がボクに顔を近づけ、耳元で囁く。
「君がちゃんとアイドルになってくれて良かった。はるばる未来からやって来た甲斐があるってもんだよ」
「み、未来……?」
「後は人気アイドルになるかどうかで未来の歴史が大きく変わる……アタシも出来る限りフォローするから頑張ってね、特異点ちん……」
「ええ……?」
「それじゃあ、お疲れちゃ~ん」
手を振って去って行く和の背中をボクは唖然とした表情で見送った。