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『スキル【編集】を駆使して異世界の方々に小説家になってもらおう!』第2話 【創作大賞2024・漫画原作部門応募作】


「ふう……」
 私は今、街からかなり離れた場所の荒野にいる。スーツ姿で。砂埃が激しく舞う。そんな中に私はいる。スーツ姿で。何故そんなことをしているのかというと……。
「……モギ君」
「……モリです」
「ああ、失敬。しかし、今はそんなことはどうでもいい」
「どうでもいいって……」
 この失敬なことを宣う、白髪頭の老人はクレイ先生という方で、かなり名の知られた画家だ。先生の描く絵には大変ファンが多く、発売する画集はいつもベストセラーだ。
 それがこの度、我がカクヤマ書房から画集を出版するということになった。何故にしてマイナー出版社の我が社が、人気画家のクレイ先生と仕事が出来ることになったのか。
「……見たまえ」
「!」
 大きな岩の陰に隠れながら、クレイ先生はあるものを指し示す。その指し示した先には、巨大な灰色の狼が歩いていた。あれが噂に聞く、伝説級のモンスターか。こうして距離をとっていても、物凄い迫力に呑まれてしまいそうだ。
 私は恐怖で震える両膝を両手で抑えつけ、その狼へ視線を戻す。幸いにもこちらには気が付いていないようだ。砂埃が強いのも影響しているのだろうか。こちらの臭いがうまいことまぎれてしまっているのかもしれない。
「これは幸運だよ、モズ君」
「……モリです」
「ああ、失敬、しかし、そんなことはささいなことだ」
「ささいなことって……」
「見たまえ」
「見ております」
「あの威容、その辺の野良狼には百年、いや、千年かけても醸し出せないだろうね」
「そこまでですか」
「ああ」
「そのようなモンスターにここまで接近出来るというのは大変幸運ですね」
「……」
「ああ、もちろん、先生の長年にわたる研究結果が実を結んだということですが……」
「…………」
「あとは先生、この辺りを拠点とし、あの伝説級のモンスターをキャンバスに存分に描いて頂きたいと思っております……」
「……足りないんだよねえ」
 私は嫌な予感をしながら振り返る。
「はい?」
「なんかこう……違うんだよねえ……」
「ち、違うというのは……?」
「イメージとは程遠いのだよ」
 嫌な予感は確信に変わりつつあったが、私は尋ねるしかなかった。
「先生の思い描くイメージとは?」
「良い質問だ、モロ君」
「……モリです」
「ああ、失敬……君、脚の速さには自信があるかい?」
「ひ、人並み程度かと」
「決まりだ」
 いや、なにが決まりなんだよ、これから嫌なイメージだけが脳内を支配しているぞ。どうしてくれるんだよとかなんとか思っている内に……。
「うわあああ!」
「シャアア!」
 私に課せられた任務はこの巨大狼に出来る限り接近し、ちょっとばかり挑発し、巣から引きずり出すということだ。引きずり出した後? 全力で逃げ回る、スーツ姿で。
「いやあああ!」
「シャアアア!」
 狼の唸り声を背中に受けながら私は必死で逃げ回った。頭上からクレイ先生の喜ぶ声が聞こえてくる。
「これだよ、これ! 私が追い求めていたものは! モンスターというのは捕食対象を追いかけているときの姿が一番美しい! そうは思わんかね、モネ君!」
「モリです!」
 名前を訂正しながら、私は全速力で走る。なるほど、こういう取材姿勢だったわけだ。そりゃあ大手も中堅も敬遠するわけだ。これでは命がいくつあっても足りない。
 もう少しで追いつかれるというところで、念の為に雇っていた青年二人の放った弓が巨大狼の両脚を射抜いた。狼の私を追撃する足は大分鈍り、私はなんとか逃げおおせた。九死に一生を得るとはまさにこのことだろう。
「……うむ」
 私は先生の下に戻る。先生はキャンバスを眺めながら満足気に頷いていた。納得のいく一枚が描けたということだろうか。それなら私の苦労も報われるというものだ。
「クレイ先生」
「おっ、君か、よく無事だったな」
「ええ、なんとか……」
「君の奮闘のお陰で良い絵が描けたよ」
「本当ですか?」
「ああ、見てみなさい」
 先生がキャンバスを指し示す。そこには巨大な灰色狼が全身を躍動させながら、獲物――スーツ姿の私――を追いかける獰猛な様子が生き生きと描き出されていた。私は感動のあまり、疲れもどこかに吹き飛んでしまった。
「これが先生の描く、かの伝説級モンスター、『フェンリル』ですね?」
「いや、違うよ?」
「え?」
「これはフェンリルの亜種、フェイクリルだよ」
「フェ、フェイクリル?」
「毛色と言い、よく似ているのだけど、大きさが全然違う」
「は、はあ……」
 私は全身から力が抜けていくのをはっきりと感じる。
「とはいえ、この『フェイク』シリーズ、上々のスタートが切れたね」
「ちょっと待って下さい……」
「うん?」
「フェイクシリーズとはどういうことでしょうか?」
伝説級のモンスター……によく似たモンスターを描くシリーズさ
「伝説級のモンスターを描いていただけるという話では⁉」
「伝説級のモンスターはこの辺では滅多に遭遇しないからねえ……遠征に出る必要がある。その為には……もうちょっと取材費がないと」
 クレイ先生は言い辛そうにこちらを見る。詳細をしっかり詰めなかった私のミスだ。いや、そもそも遠征隊を組織するような資金を我が社が工面出来るはずもない。死ぬ思いをして走ってこれか……私は思わず天を仰いだ。
「ああ……」
「空を見ているのかい? そうだ、空と言えば、この辺にもあの怪鳥のフェイクが……」
「先生、それはまた後日……」
 結果として、クソジジイもとい、クレイ先生の画集は発売された。我が社にとっては久々の大ヒット作となった。編集長も喜んでいる。早速第二弾という話が出てきたが、私は上手いことはぐらかした。あれでは命がいくつあっても足りない。それに私が主に任されているのは、小説でヒット作を出すことだ。こちらに専念したい。今日も若い女性との打ち合わせだ――下心がないといえば、嘘になるが――獰猛な狼よりはこちらのお相手の方が遥かにマシだ。
「こんちはーっす‼」
「⁉」
 狼の耳を生やした褐色の女性が入ってきたので、私は反射的に机の下に潜った。
「へ~これが編集部っすか~」
「ちょっと確認をさせていただきます……」
「あ、はい」
「お名前は?」
「アンジェラっす!」
「お住まいは?」
「西の村っす!」
「ご種族は?」
「狼の獣人っす!」
「……はい、確認が取れました……」
「あの~編集さん?」
「はい」
「なんでそんなに離れているっすか?」
 私が部屋の端の方に隠れるように座っていることにアンジェラさんは困惑気味だった。
「えっと……」
「お話がしづらいというか……」
 それもそうだ、大体失礼にあたる。私はおそるおそるアンジェラさんの座る席に近づく。
「実は……」
「実は?」
「かくかくしかじかで……」
 私は先日の恐怖体験について話す。アンジェラさんは笑う。
「あ~それでっすか、それはまた大変だったすね……」
「す、すみません……狼さんの耳を見てしまうと、体がつい反応してしまって……」
「まあ、それも無理ないっすね。でも、あの狼も結構かわいいところあるんすけどね」
「そ、そうですか?」
「そうっす。よく分かっていないだけっすよ」
「は、はあ……落ち着きました。あ、申し遅れました、私はこういう者です」
 席に着く前に私は名刺をアンジェラさんに渡す。
「モリ=ペガサスさんっすか……」
「ええ、モリとお呼び下さい」
「……モリさんはニッポンからの転移者ってのはマジっすか?」
「え、ええ、そうです」
 隠してもしょうがないことだと思い、私は素直に頷く。
「すっげえー! オレ、転移者の方、初めて見たっすよ!」
 アンジェラさんは目を輝かせてこちらを見てくる。
「そ、そうですか……でも、何故私が転移者だということをご存知なのですか?」
「いや、もう結構な噂になっていますよ、カクヤマ書房さんにそういう編集さんがいるって。オレの村にも聞こえています」
「そ、そうなんですか……で、あれば……ごほん」
 私は咳払いをひとつ入れる。アンジェラさんが首を傾げる。
「ん?」
「ここがカクカワ書店ではなく、カクヤマ書房だということはご存知なのですね?」
「ええ、それはもちろんっす!」
 後で知らなかったと言われても困るので、このことはきちんと確認しておこう。
「では、アンジェラさんは我が社のレーベルから小説を出版することになっても構わないということですね?」
「はい! 間違って原稿を送っちゃったのはこっちのミスっすから! それで声がかかるのも一つの縁かなと思って!」
「ふむ、そうですか……」
「そうっす!」
 前向きなのはこちらとしても非常に助かる。私はアンジェラさんの送ってきた原稿を取り出して、机の上に置く。
「それでは早速ですが、打ち合わせを始めましょう」
「はいっす!」


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