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『同好怪!?』第1話 【創作大賞2024・漫画原作部門応募作】
あらすじ
静岡県静岡市にある私立高校、『海道学園』に勤務する、若い男性地学教師、村松藤次。
ある日職員室で昼食中の彼の下に、不良、優等生、陽キャという個性バラバラな三人の女子生徒が揃って訪ねてくる。
これは一体何事かと構えていると、不良が口を開く。
「同好怪を立ち上げるから、顧問になってくれ」
同好……怪!?そして、その日の夜、学校の校庭で村松は驚くべきものを目撃することになる。
新感覚パニックアクション、ここにスタート!
本編
プロローグ
「ガオオオッ!」
「ガルアアッ!」
突然だが、俺の名前は村松藤次(むらまつとうじ)。私立の高校教師をやっている。年齢は25歳。独身、彼女なし。担当科目は地学。そう、選択する人間が極めて少ないことでメジャーなマイナー科目だ。意外と学習する範囲は狭かったりするから、覚えないといけないことは少ないので、大学入試などでも有利だと思うのだが……。
「ギオオオッ!」
「ギルアアッ!」
まあ、それは別に良いか。ここはどこかと言うと、静岡県静岡市である。静岡県と言えば、東西に長いことで、東海道新幹線ユーザーの方にはすっかりお馴染みであろう。静岡市はその県のちょうど真ん中あたりに位置する県庁所在地であり、政令指定都市だ。南北に広い都市で、南は駿河湾に面しているが、北は南アルプスに面している。北なのに南というのは少しややこしいな。海と山、どちらの自然でも存分に味わうことが出来る。
「グオオオッ!」
「グルアアッ!」
もっとも俺の勤務している『海道学園』は、やや海寄りに立地している学校なのだけれどね。ちょっと車を走らせればすぐに海にたどり着く。幸いなことに不意に海を見たくなるほど、仕事で思い悩んでいるというわけではないし、逆に不幸にも、助手席に乗せてドライブを一緒に楽しむようなお相手がいない。……どちらかというとやや不幸寄りかな?
「ゲオオオッ!」
「ゲルアアッ!」
とにかくだ。大卒で今の仕事についてはや三年目。仕事にも慣れてきた。社会人としてのペースというものが掴めてきた。今年は彼女でも作って、プライベートも充実させたいところだ。……教師という仕事は、なかなか自分の時間を確保することが難しいのではあるが。もちろん、やり甲斐というものは日々感じている。この仕事を選んだことに後悔はまったくない。……今のところは。というか、ついさっきまではと言った方が良いだろうか。
「ゴオオオッ!」
「ゴルアアッ!」
ただ、今晩、この場所、学園の広い校庭に来てしまったことに関しては激しく後悔している。よっぽど疲れているのか、俺の眼には、燃えるような真っ赤な体をした二足歩行の巨大な竜のようなフォルムをした生き物と、これまた二足歩行の巨大なトカゲのような生き物が激しく争っている。一進一退の攻防というやつであろうか。
「ど、どうなっているんだ……?」
俺は平凡過ぎるが、この場においては適切に近いであろう言葉を呟く。
1
話はその日の昼間に戻る。レアなイベントが起こった。職員室で昼食中の俺の下に三人の女子生徒が尋ねてきたのである。繰り返しになるが、地学というマイナー科目を担当している俺である。生徒が授業などの質問に来ることなど、ほぼゼロに近いことだ。まあ、それは裏を返せば、疑問点が生じないような授業を行えているということだから、良いことではあるのかもしれないが……。え? そもそも誰も授業内容に興味が無いのではって? いやいや、そんなことはないだろう、多分……。
「あのさあ、村松っちゃんよお……」
おいおい、いきなりちゃん付けかよ。親しみを込めているような感じはしない。どこか大人を舐めている。俺は若干イラっとしながらも、つとめて冷静に応じる。
「……なんだ、紅蓮?」
「なんだってことは無えだろう、なんだってことは」
その女子生徒、紅蓮龍虎(ぐれんりゅうこ)は俺の反応に対し、不満そうに唇を尖らす。
「なんだとしか言いようが無いだろう」
「ってか、オレの名前、知ってんだな……」
それは知っている。紅蓮龍虎、学園内きっての不良生徒で、真っ赤なショートボブの髪型と細身ながらグラマラスな体つき、校則が緩いとはいえ、短いスカートなど、印象に残らない方がおかしいレベルの生徒だからだ。一人称がオレというのまでは知らなかったが。
「見ての通り、昼食中なんだ、後にしてくれないか?」
「昼飯なんていつでも食えるだろう?」
「いつでもって……お前はどうしたんだ?」
「んなもん、決まってんだろ、早弁だよ、早弁」
早弁なんてワード、久々に聞いたぞ。
「……お前、授業中に食べたのか?」
「ああ」
「ああって……せめて休み時間とかに食べろ」
「休み時間は眠くなんだよ」
「そりゃあ、飯を食うからだ」
「腹が減ってはなんとやらっていうじゃねえか」
「それでしっかりと授業に臨んでいるのならまだ褒められるが、こそこそと隠れて弁当を食べているのではな……」
「こそこそなんかしてねえよ、堂々と食べているぜ」
紅蓮は胸を張る。そんなことで威張るな。初めてまともに喋ったが、かなりの問題児だな……。例えば喧嘩だなんだという話は聞かないが、早弁の常習犯で注意されないとは……しかし、よく入学出来たな……そういえば、運動神経抜群なんだっけ。推薦枠ってやつか。
「……村松先生、よろしいでしょうか?」
「ああ……なんだ、疾風?」
紅蓮の左隣で黙っていた眼鏡の生徒が口を開く。
「まずは初めまして……こうしてお話をするのは初めてのことなので。私は疾風晴嵐(はやてせいらん)と申します。以後お見知りおきをよろしくお願いいたします」
「あ、ああ……よ、よろしく」
丁寧にお辞儀をしてくる疾風に俺は少々面食らう。疾風晴嵐……。青みがかったロングヘアーを後ろでまとめ、両サイドの前髪を長く伸ばしている。眼鏡の他に、パンツスタイルの制服を着ているのも特徴的だ。この学園の女子生徒には、スカートかパンツスタイルかを選ぶ自由はあるが、それでもスカートが多数派だ。そこでパンツスタイルの彼女は特に印象に残りやすい。もちろん、学園内でも有数の優等生だということも聞いている。
「昼食中、たいへん恐れ入りますが……」
「昼食の後では駄目なのか?」
「お時間は取らせません」
「そうは言ってもだな……君も昼食は良いのか?」
「ご心配には及びません。ゼリー飲料で済ませましたから」
そう言って、疾風は飲み終わったゼリー飲料の袋を見せてくる。いや、逆に心配になってくるんだが……。もうちょっとがっつり食った方が良いぞ。紅蓮もそうだが、君も結構細身で、しかも紅蓮よりはスレンダータイプだからな……。って、こんなことを口に出したらセクハラだよな……。俺は話題を変える。
「授業についての質問とかなら、後でちゃんと時間を取るから……」
「それは無用です」
「え?」
「私は文系クラスですし、地学はそもそも選択しておりません」
「あ、ああ、そうだったな……」
「それに……」
「それに?」
「仮に地学を選択していたとしても、授業後に質問することなどありえません。私は予習復習など、自分自身でしっかりと行えますし、授業にも集中して取り組みますので」
「あ、ああ、そ、そうなのか……」
俺は圧倒されてしまう。す、すごい自信だな……。これが絵に描いた優等生ってやつか。オーラが見えるようだ……。
「よろしいでしょうか?」
「え、えっと、ちょっと待ってくれないか、すぐに食べ終わるから……」
俺は弁当の残りをかきこむ。
「……ねえ、村松っち……?」
「ん?」
疾風の左隣に立っていたギャルの生徒が口を開く。
「……彼女いないんだね」
「ぶほあっ⁉ ごほっ、ごほっ!」
俺は思いっきりむせてしまう。ギャルがそれを見て笑う。
「あははっ、そのリアクション、マジウケるんですけど」
「な、何を言うんだ、雷電……!」
「あれ? ウチのこと知っているんだ?」
「知っているさ、雷電金剛(らいでんこんごう)……」
雷電金剛……なんとも強そうな名前とは裏腹に本人は今時のギャルだ。金髪をポニーテールにして、短いスカートの下に黒いストッキングを穿いている。いわゆる『陽キャ』である。しかも超の付く陽キャだ。交友関係はかなり広いようで、俺の担任しているクラスにもよく出入りしているのは見かける。俺はあまり詳しくないのだが、SNSのフォロワーも結構多いようで、全国的に有名なインフルエンサーらしい。一説には高校を辞めても、充分食べていけるとか……羨ましい限りだ。
「へえ、ウチも有名なんだね……もしかして、村松っちの『リスト』に入っているとか?」
そう言って、雷電は自分の体をわざとくねらせる。紅蓮や疾風に比べると、やや小柄でふくよかではあるが、体型は豊満と言ってもいい。って、なにを言っているんだ。
「リストってなんだ?」
「え? 狙っている生徒のリスト」
「馬鹿を言うな、狙っているわけないだろうが」
「え~狙ってないの? それはそれで不満~」
「……注目はしているさ」
俺は笑みを浮かべながら、冗談を言う。雷電の顔が変わる。
「えっ……マジで? それはちょっと引くんだけど……」
「いやいや、どっちなんだよ⁉」
「あははっ、ジョーク、ジョークだって」
「ったく……で?」
俺は三人にあらためて問う。学園きっての不良と、学園内有数の優等生、学園のカリスマギャル……この三人がそれぞれ交友があったのも意外だが、何故に俺なんかのところへ?
「……村松ちゃん、これ」
「ん? 部活動の設立申請書?」
「オレらさ、『同好怪』立ち上げるから、顧問になってくれよ」
紅蓮が予想だにしないことを言い出した。
「……は?」
俺は首をこれでもかと捻る。紅蓮が重ねて言ってくる。
「いや、顧問になってくれってことだよ」
「それは分かるが……」
「分かってんなら、そのリアクションはなんだよ」
「いや、すまん……」
「謝らなくてもいいけどよ……」
「……なんで俺なんだ?」
「……聞いたところによると、村松先生はまだいずれの部活動や、同好会などの顧問もされていないということでしたので……」
疾風が眼鏡の蔓を触りながら呟く。
「……誰に聞いたんだ?」
「それは秘密です」
「ちっ……」
俺は三人に聞こえないように小さく舌打ちする。教師という仕事で面倒なのが、部活動やら同好会の顧問というやつだ。これまでは新人ということで何かと負担がかかるだろうということで免除されていた。しかし、もう三年目だ。さすがにそういうわけにもいかないだろうという雰囲気は感じ取っていたが、なんとか誤魔化しながら新年度を迎えていた。だが、やはり他の先生方にはバレていたのか……。お前だけ楽はさせんぞってか……。
「面倒をかけるつもりはありません」
疾風がこちらの考えを見透かしたようなことを言ってくる。
「う~む……」
「お名前だけでも貸して頂ければ……」
「いや、そうは言ってもだな……」
「どなたかに顧問になって頂けないと、活動が出来ないということなので……」
「顧問になる以上は監督責任というものがある……これでも、教材研究などで色々と忙しくしている身なんでね……」
「もちろん、負担をおかけするようなことは致しません……」
「とは言ってもだな……」
「いいじゃん、村松っち、どうせ放課後は暇なんでしょ?」
「……話聞いていたか? 雷電?」
「だって彼女とか居ないじゃん」
「! だ、断言する根拠は?」
「そのコンビニ弁当。情報によれば、ほぼ毎日それらしいじゃん」
「だ、だから誰から聞いたんだ?」
「それは秘密~♪」
「むっ……」
「だから、結構時間はあるはずだと思うんだよね~」
「いや、それは……」
俺は露骨に嫌そうな顔をする。紅蓮が口を開く。
「今断っても、いずれはお鉢が回ってくるぜ? もっと面倒臭そうなやつとか」
「うっ……」
「ここでオレらの顧問になっておけば、そういうのは回避できるぜ?」
「ぬっ……」
「まあ、年貢の納め時だと思って、ちゃちゃっとサインしてくれよ」
「くっ……」
紅蓮のいちいち古臭い言い回しを気にしながらも、俺は受け取った書類に一応目を通す。
「それじゃあ、お願いするぜ」
「……」
「どうかしたか?」
無言の俺に対して、紅蓮が尋ねてくる。
「いや……」
俺が視線を書類から上げる。
「なにか気になることでもありましたか?」
疾風が不思議そうに首を傾げる。
「ああ、『同好怪』っていうのはなんだ?」
「!」
「‼」
「⁉」
俺の指摘に三人の顔色がわずかに変わる。
「……そこに気が付くとは、村松っち、なかなかやるね……」
「いや、気付くだろ」
雷電の呟きに、俺は突っ込みを入れる。
「……まあ、いいじゃん♪ お茶目な書き間違いってことで……」
「よくない」
「え~」
「大体、これでは何の同好会なのかも分からないじゃないか。ダンスだとか、軽音楽だとか、色々あるだろう?」
「……だってよ、龍虎っち?」
雷電が紅蓮に視線を向ける。紅蓮が少し間を空けてから言う。
「……余計な言葉は必要ねえ。同好怪で頼む」
「いや、頼まれてもな……」
「この通りだ……!」
紅蓮が勢いよく頭を下げてくる。俺は戸惑いながら答える。
「! い、いや、そうやって頭を下げられてもな……」
「……活動の内容などから鑑みても、ベストとは言わないまでもベターなネーミングだと考えております」
疾風が眼鏡のブリッジを触りながら話す。俺は少し驚く。
「驚いたな、お前さんも賛成か、疾風……」
「浅慮な龍虎さんにしては良い考えかと……」
「おい、今馬鹿にしただろう?」
紅蓮が顔を上げ、疾風を睨む。俺は紅蓮を宥める。
「ああ、待て待て、ここが職員室だというのを忘れるなよ?」
「ふん……」
紅蓮が視線を疾風から逸らす。俺は自らの後頭部をポリポリと掻きながら問う。
「う~ん、よく分からんが、怪ってことはあれか? いわゆる怪談的なものか?」
「そう、いわゆるひとつのそれだ」
紅蓮が頷く。
「だったら尚更却下だな」
「な、なんでだよ⁉」
「その手の会なら、オカルト研究会がいるだろう。同じような会はふたつも要らない……」
「あ~そっか、なるほどね……」
雷電がうんうんと頷く。紅蓮が注意する。
「おい、納得してんじゃねえよ金剛。……オレらはそういうお遊びとは違うんだよ」
「お遊びとは違う?」
「ああ、れっきとしたチアイージーカツ丼だ」
「……治安維持活動です」
紅蓮の言葉を疾風が訂正する。俺は首を傾げる。
「治安維持って大げさな……」
「他に適当な言葉が見つかりませんので……」
「……風紀委員会的なことか?」
「それとはまた異なりますね」
疾風が眼鏡のフレームを触りながら答える。
「話が見えないんだが……」
「……まあ、いいや、百聞は一見になんちゃらってやつだ、今夜、校庭に来てくれよ、面白えもんが見られるぜ?」
紅蓮がそう言ってニヤリと笑う。なんだよ、究極か至高の料理が食べられるのか?
「……」
俺は言われた通り、夜の校庭にやってくる。我ながら何をやっているんだか……。貴重なプライベートの時間を削ってさ。まあ、そのプライベートの時間、特別何かをするっていうわけでもないんだけども……。
「……いらっしゃいましたね」
「村松っち、こんばん~♪」
「! お、おお……こ、こんびゃんは……」
暗がりから疾風と雷電が現れる。いきなり声をかけられた俺は挨拶を噛んでしまう。
「アハハ! こんびゃんはだって! ウケる~」
雷電が笑う。俺はややムッとする。
「ちょっと間違っただけだ……大体、呑気に挨拶なんかしている場合か」
「え?」
雷電が首を傾げる。
「え?じゃない。なんだか言われるがままに来てしまったが、もう下校時間はとっくに過ぎているだろう。さっさと帰るんだ」
「え~」
雷電が唇を尖らせる。
「え~じゃない。家に帰れよ」
「そういうわけにはいかないよ~」
「なんでだ?」
「なんでって……ねえ、晴嵐っち?」
雷電が疾風に対して視線を向ける。疾風が口を開く。
「監督してくれる方がいらっしゃいますので、急いで帰宅しなくても良いですね……」
「監督? 誰がだ?」
俺は周囲を見回す。
「……村松先生ですよ」
「お、俺がか?」
俺は自分を指差す。
「はい」
疾風が首を縦に振る。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。なんで俺が監督せなならんのだ?」
「顧問ですから」
「まだ顧問になると決めたわけじゃないぞ」
「ちっ……」
おい、今小さく舌打ちしたぞ、この優等生。俺には聞こえた。強引に俺を顧問にしようとしやがった。意外と勢い任せなところがあるんだな……。
「……俺も帰るから、お前らも早く帰れ」
「……あいにくですが、そういうわけにも参りません」
疾風は首を左右に振る。
「疾風、お前までそういうことを言うのか?」
「ええ」
「あまり困らせないでくれ……」
「顧問になっていただけるのであれば大人しく帰りますが」
「いやいや、どんな交換条件だよ」
「承知していただけませんか?」
「だから顧問になれって言われてもな……」
俺は後頭部をポリポリと掻く。
「まあ、そのように駄々をこねられるだろうと思いまして……」
「駄々をこねるってなんだよ」
「『わがままを言う』の類義語です」
「それくらいは知っている。なんで俺が困った子どもみたいな扱いなんだよ」
「……実際に我々、同好怪の活動内容がどんなものなのか見てもらおうかと思いまして、こうしてお呼びした次第です」
「実際の活動内容?」
「はい」
疾風が頷く。
「なんだ、学校の怪談でも調べるのか? 『トイレの花子さん』か? 『動く二宮金次郎像』か? この学校にそんなベタな噂なんてないだろう? 比較的新しい学校だしな」
「村松っち……」
雷電が口を開く。
「な、なんだよ……」
「急に口数が多くなったね……」
「そ、そうか?」
「もしかして……ビビっている?」
「ビ、ビビってない!」
「声が震えているよ?」
「むっ……」
雷電が笑みを浮かべる。
「自分に正直になりなよ……」
「……夜の学校が好きだ、得意だっていうやつの方が少ないだろうが」
「先生なのに?」
「この場合、先生も生徒も関係ない」
「そういうもんなんだ」
「そういうもんなんだよ」
疾風が口を開く。
「ご心配は要りません。そういう肝試しをするわけではありませんから……」
「そ、そうなのか?」
「ええ、ただ……ある意味、度肝を抜かれることになるかもしれません……」
「え? ……おわっ⁉」
地面が大きく揺れる。地震か、これは結構大きいな……って、そうじゃなくて、こいつらを避難させないと……。
「来ましたね……」
「そうだね~」
「お前ら、建物から離れて……!」
「ガルルアッ!」
「はっ⁉」
俺は驚く、突然、二足歩行の巨大なトカゲのような生き物が現れたからだ。校舎よりも大きい。こんな生き物は見たことがない。その巨大なトカゲが再び咆哮する。
「ガルルルアッ!」
「な、なんだ⁉」
「なんだと思う~?」
雷電が呑気な声色で尋ねてくる。俺はまったく馬鹿げたことだと思いながらも、一番に頭をよぎったフレーズを口にする。
「か、『怪獣』……?」
「これはご明察……」
疾風が感心したように呟く。
「か、怪獣なんているわけがないだろうが!」
「実際に目の前にいるではないですか」
「な、なんかの映像だろう⁉ プ、プロジェクションマッピングとかそういうの!」
「くくっ、そうだったら面白いんだけどな……」
暗がりから紅蓮が現れる。
「ぐ、紅蓮! お前もいたのか⁉」
「そりゃあいるさ……こういうのはオレの担当だからな……『変貌』!」
「!」
「ガアアッ!」
「ええっ⁉」
紅蓮が目の前で燃えるような真っ赤な体をした巨大な竜のような二足歩行の生き物に変貌したので、俺は度肝を抜かれてしまう。ここで話は冒頭に戻る。
「ガオオオッ!」
「ガルアアッ!」
「うわっ……」
竜のような生き物と巨大なトカゲが咆哮し合う。威嚇し合っているのか。すごい音量の叫び声だ。俺は思わず両耳を抑える。
「ギオオオッ!」
「ギルアアッ!」
「ええっ……」
巨大な生き物同士が互いに睨み合う。こんな巨大な生き物たちがこの世の中に存在していいのか? いや、というか、そもそもとして……生き物なのだろうか? さっき、俺は自分で怪獣と呟いたが……怪獣なんて空想上のものだろう? SFの世界に登場するものだ。俺はこれでも理系の教師なんだ。目の前で繰り広げられるバカげた事象をなかなか受け入れることが出来ないでいる。
「グオオオッ!」
「グルアアッ!」
「あっ!」
巨大トカゲが竜のような生き物に向かって勢いよく飛びかかった。おおっ、巨体ではあるが意外と機敏なんだな……。
「ゲオオオッ!」
「ゲルアアッ!」
「おっ⁉」
竜のような生き物が反撃する。巨大なトカゲをグイっと押し返してみせる。これは当たり前のことなのかもしれないが、力が強いな……。
「ゴオオオッ!」
「ゴルアアッ!」
巨大なトカゲと竜のような生き物が押し合いへし合いを繰り返している。そんな信じ難い光景を眺めながら、俺はしばらく――あくまでも体感時間のことであって、実際はほぼ一瞬ではあったが――現実逃避する。
俺の名前は村松藤次。私立高校教師。年齢25歳。独身、彼女なし。担当科目は地学……。
今いる場所は静岡県静岡市。静岡県は良い所だ……。
『海道学園』という、やや海寄りに立地している学校に勤務している。ちょっと車を走らせればすぐに海へとたどり着く……。
教師という仕事は大変だが、やり甲斐は感じている……。
いや、やっぱり現実逃避などしている場合ではないか……。
「ど、どうなっているんだ……?」
俺は平凡過ぎるが、この場においては適切に近いであろう言葉を選んで呟く。
「村松っち、なんとも平凡な感想だね~」
「い、いや、それ以外の感想しか出てこないだろう⁉」
俺は茶化してきた雷電に対し、声を上げる。
「ははっ、まあ、普通はそうか~」
雷電は笑いながら、自らの後頭部を両手で抱え、視線を怪獣たちの方に戻す。
「いや……」
「あのトカゲさん、意外とやるね~」
「まさに一進一退の攻防といったところですね」
雷電の呟きに疾風が反応する。俺は再び声を上げる。
「って、お、お前ら!」
「ん~?」
「どうかされました?」
雷電と疾風が揃って俺の方を見る。
「どうかされましたじゃない! さっさと避難するぞ!」
俺は再び二人を促す。
「あ~大丈夫、大丈夫♪」
雷電が片手をひらひらと振る。
「だ、大丈夫じゃないだろう⁉」
「一度戦闘が始まったら、下手にそこから動かない方が良いです」
「そ、そうなのか……?」
俺は疾風に問う。
「ええ。それに龍虎さんはああ見えても案外細かいですから、周辺に被害が及ばないように配慮しながら戦うことが出来ます」
「え……?」
疾風の淡々とした説明に俺は首を捻る。
「逆に言えば、すこし慎重過ぎるのかな、龍虎っちは?」
「それもありますが……ここまで手こずる相手とは正直思えません」
「っていうことは、余裕を見せているってこと? いわゆる舐めプってやつ?」
「それも考えられますね……後で反省会ですね、三人で」
「ええっ⁉ ウチもなの⁉」
「当然でしょう」
「ええ、そんな……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ⁉」
「う~ん?」
「なにか?」
雷電と疾風が再び揃って俺の方を見る。俺は竜のような生き物を指差して尋ねる。
「あ、あの竜? い、いや、怪獣が、紅蓮なのか⁉」
「そだよ~」
「そ、そだよ~って……」
「さっき変貌するところを見たではないですか」
「い、いや、それは確かに見たが……!」
竜のような生き物が赤く光を放つ。雷電が声を上げる。
「おっ⁉ いよいよ本気モードかな?」
「文字通り、体が温まるまで時間がかかるのが難点ですね……」
「ガアオオオッ!」
「ガルルアアッ!」
竜のような生き物――どうやら紅蓮が変貌した姿らしい――が、巨大なトカゲにガブっと噛みつく。……がすぐに離れる。
「ガオッ……」
「ど、どうしたんだ?」
「美味しくなかったんじゃない?」
「ええっ?」
雷電の言葉に俺は首を捻る。
「ほら、龍虎っち、偏食だから」
「そ、そういう問題か?」
「うん」
「そんなことを言っている場合ではないのですが……これはやはり反省会ですね」
「……反省会さあ~どうせならファミレスとかでしない?」
「良いですよ……」
「おっ、やった!」
「金剛さんのおごりなら」
「ええ……あっ……」
竜のような生き物、もうなんか面倒だから紅蓮と呼ぶことにしよう。紅蓮が巨大なトカゲから少し距離を取り、口を大きく開く。
「……ガアアアッ!」
「⁉」
紅蓮が口から火炎を吐き出す。巨大なトカゲは炎に一瞬で包まれ、消え去る。
「お、終わった……のか?」
紅蓮が元の人間の姿に戻り、俺たちのところに歩み寄ってくる。そして、俺に微笑む。
「……まあ、主な活動内容はこういうこった」
「え、ええ……」
俺は只々困惑するしかなかった。