『神月くんは噛みつきたい!』第1話 【創作大賞2024・漫画原作部門応募作】
あらすじ
京都にある名門高校、『仁天堂学園』に一人の美少年が転校してきた。彼の名は、『神月秀麗』。名前の通り、眉目秀麗な彼は成績優秀で運動神経も抜群。性格やスタイルも良く、学園の女子生徒の大半を瞬く間に魅了する。
神月くんと呼ばれて親しまれる彼には、とある秘密があった。由緒正しいヴァンパイアの一族の子だったのである。一人前のヴァンパイアとなるべく、彼に課せられた最後の試練は、『学園の女性全員の血を吸う』こと。
彼はまず、ガードが固そうな女性9人をリストアップして、その女性たちの攻略を最優先事項と決める。
果たして神月くんは嚙みつけるのか……!?
本編
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「……父上、ただいま参りました」
「来たか、入れ」
「失礼いたします……」
広いお屋敷の中にある執務室に、少し長めの黒い髪を無造作風にセットした少年が入ってくる。やや緊張した面持ちながら、それが端正なルックスをより際立たせている。少年の目の前には、髪の毛もひげも整った、紳士的な中年男性が立派な椅子に座っている。男性が少年に尋ねる。
「……いくつになった?」
「十六……数えで十七です……」
「ふむ、そうか……」
「……」
「知っての通り、我が『神月家』は普通の一族ではない」
「……はい」
「由緒正しいヴァンパイアの一族だ」
「はい」
「我が一族では、十七歳と言えば、もう立派な大人に数えられる……」
「ええ……」
「一人前のヴァンパイアになる為に、お前に最後の試練を授ける」
「最後の試練……?」
「これを見ろ」
男性は机のパネルを操作する。すると、壁の側面に大きなモニターが出てくる。そこに映像が表示される。立派な建物とその建物へ向かって歩く若い女の子たちの集団が映し出される。少年が呟く。
「……高校?」
「そうだ」
男性が頷く。
「……ひょっとして高校に通えと? お言葉ですが、すでに高等教育の範囲は十四歳の時に学習済みです」
「まあ、聞け……」
「はっ……」
「ここは京都にある『仁天堂学園(にんてんどうがくえん)』だ。創立百年以上の学校で、元々は女子高だったが、近年共学化した。しかし、まだまだ女子生徒の比率は多い……全体の八割ほどが女子だ。教職員や関係者もほぼ女性だ」
「ふむ……」
「そこでだ、お前にはこの四月からの一年間で、『学園の女性全員の血を吸ってもらう』……」
「……!」
「これが最後の試練だ……出来るか? 我が息子、神月秀麗(かみつきしゅうれい)よ……」
「……お任せ下さい。神月家の名にかけてすぐに終わらせてみせます……」
秀麗と呼ばれた少年は赤い瞳を輝かせ、笑顔を浮かべる。白く尖った八重歯がチラリと覗く。
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「神月くん! この間の課題が分からないんだけど……」
「教科書のここら辺を要約すると良いですよ」
「そっか~なるほど~! ありがとう~!」
「神月くん! 体育倉庫の用具を整理しろって言われたんだけど……」
「ああ、さっき、ついでにやっておきましたよ」
「さすが! ありがとう~!」
「神月くん! あの漫画、更新されてないんだけど……」
「作者の体調不良で急遽休載だそうです。今朝アナウンスがありました」
「あ、本当だ……さすが、情報通だね~!」
「か、神月くん……今日皆でカラオケ行かない?」
「残念ですがちょっと用事がありまして……また今度誘ってください」
「う、うん……♡」
女子生徒たちに向かって神月はウインクする。女子生徒たちはうっとりとした様子で自分の席に戻る。
「ふふっ……」
神月が両ひじを机の上に乗せて、両手を顔の前で合わせ、周りに聞こえないほどの小さい声で笑う。
(転校して、まだ十日も経っていないというのに、この学園の女は俺にすっかり魅了されている……。まあ、眉目秀麗、成績優秀で運動神経抜群、性格もスタイルも良い俺の虜になるのは無理もないことだが……しかし、この分なら、最後の試練、本当にすぐに終わってしまいそうだな……)
神月が周囲をさりげなく見回す。
(『学園の女性全員の血を吸う』か……もちろん、致死量に至るほど吸うわけではない。ほんの少量をいただくだけだ。血を吸うと、人間はその前後の記憶は無くなる。それは好都合だ。女性を呼び寄せて、人気のないところで吸えば良い。首筋に噛みついてな……)
神月が自らの口元をそっとさする。
(例えばこのクラスの女たちからさっさと済ませても良いのだが……気がかりな点がある……)
神月が腕を組んで目を閉じる。
(俺になかなかなびかない女がいる。ざっと数えたところ9人ほど……まずはこの9人の攻略を最優先事項にした方が良いかもしれん……)
神月が目をゆっくりと開く。
(今日の放課後あたりから動き出すとするか……)
「あの~神月くん……」
ある女子生徒が神月に声をかける。神月は笑顔で応える。
「なんだい?」
「実はお願いがあるんだけど……」
「お願い?」
「うん、私、図書委員で今日の昼休みに当番なんだけど、家の都合で早退しなくちゃならなくて……代わってもらえたりしないかな?」
「図書委員……」
「あ、嫌なら他の人にお願いしてみるから……」
「いいえ、僕で良ければ、引き受けましょう」
「ほ、本当? ありがとう!」
女子生徒が自分の席に戻る。神月はほころぶ顔を片手で覆い隠す。
(図書委員ならば、あの女がいるな……都合が良い……。予定よりも早いが、昼休みから攻略開始と行くとするか……!)
昼休み、神月は図書室を訪れる。そこには明るい髪色のロングヘアで、眼鏡をかけた女性がカウンターの席に座っていた。女性が神月に気が付く。
「あら……?」
「えっと……代理で参りました……」
「神月秀麗さんですね、存じ上げています」
「あ、はい……」
「私は川北凛(かわきたりん)と申します。この図書館の司書を務めております。以後、お見知り置きを」
女性は彫刻のように整った美しい顔を崩さずに淡々と自己紹介する。
「は、はい……」
「どうぞ、こちらの席にお座りください」
凛と名乗った女性が自らの隣の席を指し示す。
「……失礼します」
神月が席に座る。
「この時間は利用者はほとんどいませんから、無理に来なくても良かったのですが……」
「いえ、何事も経験ですから……」
「そうですか、分からないことがあったら聞いてください」
「はい」
「……」
「………」
「…………」
「……………」
「……誰も来ませんね。商売あがったりです」
「そ、そうですね……」
無表情なまま冗談を呟く凛に神月は苦笑する。
「ちょっとここをお任せしても良いですか?」
「え?」
「こちらの本を棚に戻してきます」
凛は机の上に山積みになった本を指差す。重そうな本もある。
「て、手伝います」
「それには及びません」
「いえ、女性に重いものを持たせるわけには……」
「しかし……」
「ぜひ……!」
「……それでは、お言葉に甘えさせてもらいましょう。半分お願いします」
「はい、ではこちらの厚い本は僕が……」
二人は本を持って、棚の方に移動する。凛が手際良く本を棚に戻して
いく。神月もそれを真似て、本を戻す。二人はちょうど背中合わせに作業をしている。凛がぽつりと呟く。
「……紳士的な男性、好感が持てますね……」
「え……?」
「いえ、単なる独り言です……」
凛が首を左右に振る。神月が笑みを浮かべる。
(川北凛、調べでは結構な堅物だと聞いていたが、案外ちょろいじゃないか……これは一気に決めてしまうか……?)
「……………………」
「あれ? ええっと……」
「どうしましたか?」
凛が振り返る。
「この本は……どこの棚に戻せば……」
「背表紙に貼ってあるシールを確認すれば……ああ、ちょっと例外のパターンもあるか……貸してください」
「はい……あっ!」
「!」
本を渡そうと振り返った神月はわざと体勢を崩した振りをして、凛に寄りかかる。白く透き通った首筋がブラウスから覗く。神月は口を開く。
(いただきだ……!)
「若い血じゃなくても良いのですか?」
「!?」
驚いた神月が動きを止め、凛の顔を見る。凛が微笑んでいる。
「ふふっ……」
「……なにをおっしゃっているのか……」
「私、少しばかり長生きなんですよ……」
凛が髪をかき上げる。尖った耳が覗く。
「エ、エルフ!? な、何故ここに……!?」
「ヴァンパイアがいるんですもの。エルフがいたってなにもおかしくはないでしょう?」
「ふ、ふん……亜人の血を吸った経験がないが……まあいいさ、吸わせてもらおう!」
「おっと……」
「むっ!?」
凛が首に提げた十字架のペンダントを掲げる。それを目にしてしまった神月はその場に崩れ落ちる。
「本当に効果あるのですね。書物を読んでおいて良かったです……」
神月は薄れゆく意識の中、凛が悪戯っぽく笑う顔を見た。とても綺麗だと思った。