『セブンでイレブン‼~現代に転移した魔王、サッカーで世界制覇を目指す~ 』第1話 【創作大賞2024・漫画原作部門応募作】
あらすじ
ジパングリーグ加盟を目指して創設されたサッカークラブ、『アウゲンブリック船橋』。
しかし、様々な不祥事に見舞われ、早々とクラブ解散の危機に追い込まれてしまう。そんな現状に新人広報七瀬ななみは、ただただ、途方に暮れていた。そんな時、クラブハウスに雷が落ちる。慌てて建物の中に向かったななみが出会ったのは、『魔王』だった⁉ドタバタサッカーコメデイー、ここにキックオフ!
本編
プロローグ
「はああ~」
ある建物の前で、スーツ姿の若い女性がこれ以上ないほどの深いため息をついていた。
「ど、どうしよう……」
女性は頭を抱え、その場にうずくまる。冷たい風が吹き、ボロボロになった紙きれがその女性の顔にバサッと覆いかぶさる。
「むおっ! ……な、なによ、もう……って、これは……」
女性が手に取った紙にはこのような文言が書かれていた。
『船橋から世界へ! 千葉県3番目のジパングリーグクラブ誕生へ‼』
「! ……はあああ~」
女性は思わずそのPRチラシを破り捨てようとしたが、なんとか思いとどまった。しかし、ため息はまだ止まらない。女性が絞り出すような声で呟く。
「どうしてこうなっちゃったの……」
女性はポケットから自身の端末を取り出して、様々なニュースサイトなどを確認する。それらにはこのような文章が画面上で躍っていた。
『アウゲンブリック船橋、漂いまくる大暗雲……クラブ崩壊の危機⁉』
『補強の目玉、南米の大スター、デモス選手、薬物使用発覚で追放!』
『首脳陣にはびこる古い体質、パワハラ続出により、選手大量離脱!』
『フロントの複数人に横領発覚、会長と球団社長、管理職全員辞任!』
『世界的企業、SOSO、メインスポンサーからの緊急撤退を発表!』
「こんなことってある⁉ 泣きっ面に蜂過ぎるでしょ⁉」
女性は立ち上がって、声の限りに叫び、端末を思い切り地面に投げつける。
「はあ……はあ……いいや、七瀬(ななせ)ななみ、こんなことで挫けている場合ではないわよ」
自らをななみと呼んだ女性は首を振り、自らが投げた端末を拾う。そしてぶつぶつ呟く。
「まだこのサッカークラブが崩壊したわけではないのよ、諦めたらそこでなんとやら……」
ななみは端末を手際よく操作して、状況をあらためて確認する。
「とにかく、明日の記者会見、大々的に集めたメディアからの追求を上手く誤魔化すことが出来れば……クラブ存続の芽は残るわ……大丈夫よ、ななみ、貴女なら出来る……」
ななみは自分自身に言い聞かせるようにゆっくりと話す。しかし……。
「って、そんなん無理! 私はかよわい新人広報よ! 無理無理無理無理無理無理無理!」
「‼」
暗い空が光ったかと思うと、雷のようなものがクラブハウスに落ちる。ななみが慌てる。
「えっ⁉ ら、落雷⁉ か、火事とか、お願いだから勘弁してよ……! ……⁉」
ななみがクラブハウスに入ると、そこには見知らぬ黒髪の全裸の男性が倒れ込んでいた。
「はあっ⁉」
1
「な、なんで裸⁉ い、いや、それよりも誰⁉」
ななみは目の前の信じられない事態にただただ困惑する。
「はっ! 警察! い、いや、救急車⁉」
ななみは慌てながらも端末を取り出す。電話をしようとして、思い留まる。
「ちょっと待って……」
ななみは周囲を見回す。
「落雷だと思ったら、天井に穴は空いていない……鍵はかかっていた……そこに倒れ込む男性……これってひょっとして……」
ななみは冷静な状況確認から結論を導き出す。
「密室殺人⁉」
前言撤回。冷静ではなかった。
「と、とにかく通報を! いや、ちょっと待って!」
ななみは端末の画面をタップしようとするが、やめる。
「こ、この状況だと……もしかして……私が第一発見者ってやつ⁉」
もしかしなくてもそうである。
「事件では、第一発見者を疑うのが鉄則っていうし……このままだと私が容疑者扱い⁉」
ななみの綺麗な顔が青ざめる。だが、ななみは首をぶんぶんと左右に振る。
「い、いいえ、そんなことは言ってられないわ! ちゃんと調べてもらえば、私はシロだってすぐに分かるはず……早く通報を!」
ななみが端末に指を伸ばす。
「い、いや、ちょっと待って!」
ななみの脳裏に様々な記事が浮かぶ。
『新たな不祥事! クラブハウス内で殺人事件‼』
『クラブ所属の美人広報、男性に性的暴行疑惑‼』
『クラブハウス内に痴漢侵入! モラルに疑問‼』
「あー! 駄目よ、駄目駄目! これ以上のスキャンダルは致命的だわ!」
ななみが両手で頭を抱える。
「……ん」
「はっ⁉」
男性から声が漏れたのをななみは聞き逃さなかった。とりあえず胸をなでおろす。
「良かった……まだ息はあるのね……」
ほっと一安心も束の間、ななみは端末を手に取る。
「きゅ、救急車を呼ばなきゃ……! で、でも、この状況、救急隊員の人になんて説明したら良いのかしら?」
ななみは首を傾げる。一瞬間をおいて、端末をポケットにしまう。
「も、もう一度、状況確認をしてみましょう……」
ななみは男性に近づき、観察する。
「黒髪、短髪、見た目は若い……同世代くらいかしら? それにしても……」
ななみは一旦距離を取って呟く。
「なんで全裸?」
もっともな疑問であった。ななみは観察を続ける。
「非常に均整の取れた筋肉質なボディだわ……アスリートのような体型ね。ひょっとして選手? でも、こんな選手、うちにいたかしら? いや、全く見覚えがないわ……」
ななみはぶつぶつと呟きながら、まじまじと観察する。
「それにしても立派だわ……い、いや、別にナニが立派とは言っていないわよ!」
お前はナニを言っているんだ。
「もうちょっと、体の観察を……さ、触ったらマズいわよね? 視点を変えて……」
ななみは男性の周りをウロウロする。明らかに不審者の動きである。
「……見たところ、体に目立った外傷はない……うん、分かったわ」
ななみは結論に至る。
「事件性なし!」
とんでもない結論であった。
「さて、通報云々はこの際良いとして……」
良いのだろうか。
「この人は何者?」
ななみは再び男性の顔の方に近づく。
「どうしてなかなか……イケメンね。ちょっとヤンチャしてそうな雰囲気……」
お前は何を言っているんだ。
「女性人気は取れそうね……若い女性サポーターを獲得することはクラブ人気の為にも、重要なことだから……」
ななみは顎に手を当てて、目を閉じてうんうんと頷く。やや間をおいて……
「……広報の血がうずくわ!」
バッと目を見開く。広報の血ってなんだろう。
「寝顔を見てピンと来たわ! 『ギャップ萌えMVPを選ぼう!』、選手の寝顔を撮って、SNSに上げるの! これはバズるわよ!」
サッカー関係ない企画。
「まあ、今、選手いないんだけどね……」
ななみは肩を落とす。感情の起伏が激しい。
「この鍛えられた見事な肉体……雑誌の表紙飾れるんじゃない⁉ 出版社に売り込みを!」
ななみは端末を手に取って、再びしまう。
「まだジパングリーグにも加盟していないクラブの選手なんて、誰が取り上げるのよ……」
急に冷静になる。
「う、うん……」
「⁉」
男性から再び声が漏れる。ななみが驚く。
「くっ……」
「ね、寝言……」
ななみは男性に近づいて耳をすませる。
「お、おのれ……」
「お、おのれ⁉」
「ここまで追い詰めるとは……」
「追い詰められてる⁉」
「これで勝ったと思うなよ……」
「どういう状況⁉」
「野望の炎は消えん……」
「野望⁉ どんな夢⁉」
「ワシが生きている限りな……」
「ワ、ワシ⁉ 一人称ワシ⁉」
「ん……」
「あ、寝言止まった……」
ななみはとりあえず男性から離れる。そして腕を組んで呟く。
「……分かったことがあるわ」
お?
「かなりの“イケボ”ね」
違う、そこじゃない。
「枕元で囁く設定のASMRなんかやったらウケるんじゃないかしら……ワシって一人称も……ユニークで目立つこと間違いないわ。うん、良いわね……メモッとこ……」
謎の手ごたえを得たななみが端末を取り出して操作する。
「……おい」
「ちょっと待って、今忙しいから」
「ワシにそういう態度をとるか……」
「今考えをまとめているのよ……んん⁉」
ななみが振り返ると、男性が半身を起こしていた。男性が問う。
「ここはどこだ?」
「あ、あなたは誰よ⁉」
「ワシか? ワシは魔王レイブンじゃ」
「はあっ⁉ ま、魔王⁉」
「左様……」
「さ、左様って! 生で初めて聞いた!」
「やかましい女じゃな……」
「や、やかましい⁉ っていうか、なんなのよアンタは⁉」
「だから魔王だと言うておるじゃろう……」
「ま、魔王って……」
ななみが視線を逸らす。レイブンと名乗った男が首を傾げる。
「ん?」
「かわいそうに……頭を強く打ったのね……やっぱり病院に連れていった方が……」
ななみが小声で呟く。
「おい」
「えっ⁉」
「ワシの質問に答えろ」
「質問?」
「ああ」
「なんだっけ?」
レイブンがガクッとなる。
「貴様……」
「き、き、貴様って⁉ 初めて言われた!」
「ワシに対して良い度胸じゃな……」
「に、睨んだって怖くないわよ!」
「ふん……まあいい、ここはどこだ?」
「え?」
「聞こえないのか? よほどの馬鹿か?」
「ば、馬鹿って⁉」
「聞こえてはいるのだな。つまり馬鹿か」
「ちょ、ちょっと、なんていう言い草よ!」
「質問に答えろ」
レイブンが凄む。ななみが答える。
「え、えっと……船橋よ」
「フナバシ?」
「ええ、千葉県の」
「チバケン?」
「まさか知らないの? 地理の成績悪かったのね……」
「……ここはなんという国だ?」
「は?」
「なんという国じゃ?」
「まさかそれも分からないの? 本当に病院に……」
「早く教えろ!」
「!」
レイブンがいきなり大声を出した為、ななみはビクッとする。
「……国名は?」
「ジ、ジパングよ……」
「! ジパングじゃと……⁉」
「え、ええ……」
ななみが頷く。レイブンが頭を軽く抑えながら呟く。
「確か勇者のパーティーの一人がそんな国の出身だと聞いたことがあるのう……」
「は? 勇者?」
ななみが首を傾げる。レイブンが頷く。
「そうか、合点がいったぞ……」
「合点って……」
「そういうことか!」
「わあっ⁉ ま、前を隠しなさいよ!」
いきなり立ち上がったレイブンにななみは驚く。
「分かったぞ……」
「何が⁉」
「ワシが転移したんじゃ、こちらの世界に」
「はあ?」
「恐らく、あの時の決戦で、ワシと勇者、互いの力が激しくぶつかり合い……」
「ちょ、ちょっと待って!」
「なんだ?」
「話がさっぱり見えないんだけど……」
「貴様に話しているつもりはない」
「き、聞く権利くらいあるでしょう! あなた、勝手に人の土地に入ってきたんだから!」
ななみがレイブンをビシっと指差す。レイブンがため息をつく。
「はあ……」
「ため息⁉」
「……まあいい、誰かに話すことで考えがよりまとまるからな……」
「そ、そうよ……」
「馬鹿な貴様にも至極分かりやすく話してやろう」
「また馬鹿って言った!」
「ワシは『異世界転移』をしたのじゃ……」
「……え?」
「以上じゃ」
「い、いやいや! 全然分からないから!」
ななみが手を左右に勢いよく振る。レイブンが呆れる。
「何故これで分からん……」
「分かるか! なに、異世界転移って! あなた、そういうものの見過ぎなんじゃない⁉」
「そういうもの?」
「最近とにかく流行っているのよ、異世界転生とか、転移だとか! そういう小説やらマンガやらアニメやらが!」
「……マンガ? アニメ?」
レイブンが首を捻る。
「仮想と現実がごっちゃになっちゃっているのよ! やっぱり早く病院に……」
「……よく分からんが、ワシが作り物の話をしていると思うているな?」
「ええ、そうよ!」
「ならば証拠を見せてやろう……」
「証拠?」
「ああ……」
レイブンが壁に向かう。ななみが不安そうに尋ねる。
「な、何をする気?」
「『地を揺るがし、壁を穿て!』」
レイブンが壁に向かって、右手をかざして叫ぶ。
「⁉ ……?」
「……?」
なにも起こらなかった為、ななみとレイブンは揃って首を傾げる。
「ど、どうしたの?」
「じ、地面すら揺れなかったのう……」
「そ、そうね、ナニか別の物が揺れていたけど……」
「なに?」
「な、なんでもない! っていうか、いい加減服を着てよ!」
「む……ちょっと待て」
「ん?」
「『衣を我にもたらせ!』」
レイブンが自分の体に向かって手をかざし、叫ぶ。しかし、何も起こらなかった。
「……あ、あの……?」
「そ、そんな……魔力が失われている……⁉」
レイブンは愕然となって、両膝をつく。
「ちょ、ちょっと待ってて!」
「?」
しばらくして、ななみが持ってきたものを渡す。
「はい!」
「……なんじゃこれは?」
「ジャージよ」
「ジャージ?」
「服よ、服!」
「む……」
「いつまでも裸だとこっちが落ち着かないから、とりあえずこれを着て。うちのクラブのチームジャージよ。予備のやつだから気にしないでいいわ」
「クラブ?」
レイブンが首を傾げる。
「とにかく早く着なさい! 話はそれからよ!」
「う、うむ……」
レイブンはななみからジャージを受け取り、袖を通す。黒いジャージ姿になる。
「へえ、よく似合っているじゃない」
「当然じゃ、ワシに着こなせない服など存在しない」
「ど、どんな自信よ……」
ななみが苦笑する。
「しかし……」
「え? サイズ合ってなかった?」
「いや、妙に落ち着かんなと思ってな……」
レイブンが自らの股間に目をやる。
「あ~ご立派なものだからね~って、そうじゃなくて!」
「ん?」
「し、下着を穿いてないからでしょ! そこまではよく分からないから、後でコンビニとかで適当に買ってよ!」
「コンビニ?」
レイブンが再び首を傾げる。ななみが頭を抱える。
「あ~そういう脳内設定なんだっけ……やっぱり病院に……」
「病院……医者のところか?」
「ええ、そうよ」
「どこも悪くはないぞ」
「頭が悪いでしょ」
「なっ⁉ し、失礼なやつじゃな!」
「本当のことを言ったまでよ」
「本当に良い度胸をしとるな、貴様!」
ななみはレイブンを無視して、端末をいじる。
「この時間でもやっている病院は……待てよ……ねえ、イレブン」
「レイブンじゃ! 間違えるな!」
「どっちでも良いわよ」
「どっちでも良くない!」
「あなた、身分を証明するものは?」
「は?」
「免許証とかないの?」
「……なんじゃそれは」
「……マジ?」
ななみがかわいそうなものを見る表情でレイブンを見つめる。レイブンが憤慨する。
「そ、そんな、憐れみの目で見るな!」
「いや、身分証明書を持っていないとは……」
「身分証明書だと? そんなものは必要ないじゃろう」
「なんでよ?」
「ワシが魔王じゃからだ」
「はあ……妄想の話はもうおしまいにしましょう」
「だ、だれが妄想だ!」
「ブンレイ、あなた疲れているのよ」
「レイブンじゃ!」
「どうでも良いわよ」
「どうでも良くない!」
「まあ、ちょっと落ち着いて……」
ななみが両手をかざして、レイブンをなだめる。
「貴様が怒らせているのじゃろうが!」
「しかし、参ったわね……まあ、よく考えれば、全裸で倒れていたんだから、何も持っていないのは当然か……加えて、頭を強く打って、記憶が混濁しているというか、妄想に取りつかれているというか……」
「おい待て、随分な言われようじゃな」
レイブンの言葉を無視して、ななみが独り言を続ける。
「そもそも、お医者さんになんて説明すれば……? クラブハウス内で一人、勝手に倒れていました、全裸で……うん、十中八九通報案件ね」
「無視をするな」
「これ以上のスキャンダルは避けたい……これは……詰んだ?」
今度はななみが両膝をつく。レイブンが戸惑う。
「お、おい、どうしたんじゃ?」
「ちょっと考えさせて……」
「ああ……」
「どうしよう……」
ななみが椅子に腰かけて頭を抱える。レイブンが腕を組んでそれを見つめる。
「……」
「大事なクラブなのに……こんなことで終わらせたくないよ……」
ななみの目に涙が浮かぶ。
「……おい」
「……なによ」
「『火を灯せ』」
「!」
レイブンの指先からボッと火が出る。ななみが驚く。
「『物を浮かせ』」
机の上にあった文房具がふわふわと空中を漂う。ななみが問う。
「な、なに? 手品? 超能力?」
「そのようなチャチなものではない……これは『魔法』じゃ」
「ま、魔法? ……っていうことはやっぱりあなた、魔王なの⁉」
「だから最初からそう言うておるじゃろう!」
「ま、魔王……マジか……」
ななみが椅子の背もたれにもたれかかる。
「と言っても、この世界では、これくらいしか使えないようじゃな……」
レイブンが苦笑する。
「それでも、動画サイトでバズりそうね……」
「……あの文字はなんと書いてある?」
レイブンは壁に貼られた横断幕を指差す。
「え? ああ……『船橋から世界へ!』よ……このクラブの合言葉……」
「クラブ……組織や勢力のようなものか? それにしても世界を相手どるには大分心もとない気がするのじゃが……」
レイブンが周囲を見回す。ななみが尋ねる。
「……なんの話をしているの?」
「世界征服の話じゃ」
「ぷっ、世界征服……そうね、私たちはサッカーで世界制覇を目指していたわ……⁉」
レイブンがななみの前の椅子にドカッと座る。
「その話……詳しく聞かせてみろ」
明くる日、クラブハウスには多くの報道陣が詰めかけていた。凛々しいタイトスカート姿のななみが壇上に上がり、挨拶をする。
「え~皆さま、おはようございます。本日はお忙しい中、我が『アウゲンブリック船橋』の新体制発表会にようこそおいで頂きました……」
「そんなことはどうでも良いんですよ!」
「はい?」
「デモス選手の禁止薬物使用! クラブはどこまで把握していたのですか⁉」
「あ、ああ……その件に関しましては、我々としても青天の霹靂で……」
「薬物購入資金にそちらが支払った多額の契約金が充てられているという現地からの報道もありますが⁉」
「根も葉もない噂であります」
「監督、コーチ陣による時代錯誤も甚だしいパワハラ問題に関してはどうなんですか⁉」
「選手たちや、当該首脳陣へのヒアリングは全て済んでおります。その結果、監督、コーチスタッフ一同には辞任していただくことになりました」
「選手たちが大量離脱したことに関しては⁉」
「こちらの対応が後手後手に回ったことにより、選手たちには不信感を植え付けてしまいました……話し合いを重ねましたが、誠に残念ながら所属選手たちとは全員契約解除ということになりました」
「フロント陣の横領問題に関してはどうなんですか⁉」
「このようなことになってしまい、スポンサー様各位には大変申し訳ないという気持ちで一杯です……」
「今後はどうされるおつもりですか⁉」
「徹底的に再発防止に努める所存でございます」
「メインスポンサーのSOSOの撤退に関してはどうなんですか⁉」
「我々のみならず、SOSO様の顔に泥を塗るような真似をしてしまったこと、大変申し訳なく思っています……」
「期待を寄せていたサポーターの方々に対してはどうなんですか⁉」
「……今回の一連の不祥事で、皆様には多大なご迷惑、ご心配をおかけしましたこと、誠に申し訳ございませんでした……」
ななみが頭を深々と下げる。報道陣の追求はなおも止まない。
「そんな謝罪だけで済むと思っているんですか⁉」
「いいえ……」
「では、どうされるんですか⁉」
「……今後のアウゲンブリック船橋の躍進をもって、皆様から失った信頼、期待をもう一度取り戻すことが出来ればと考えております」
「は⁉ 今後⁉」
「ええ、今後……」
ななみが頷く。報道陣の一人が苦笑交じりに尋ねる。
「いや、これだけの不祥事が出て、まだこのクラブが存続出来るとお考えなのですか?」
「はい」
「馬鹿なことを言わないで下さいよ!」
「少し、落ち着いて下さい……」
ななみが微笑を浮かべ、報道陣に語り掛ける。
「む……」
「本日は新体制発表会です。これから新体制についてお話いたします……」
「新体制って……」
「どういうことだ?」
報道陣がざわつく。そのざわつきが収まるのを待ってから、ななみが話し始める。
「まず、新たな球団社長は私、七瀬ななみが務めます」
「!」
「さらに、GM……ゼネラルマネージャーも私、七瀬ななみが務めます」
「‼」
「さらに、広報部長、総務部長、人事部長……全て私、七瀬ななみが務めます」
「⁉」
会見場に驚きが広がる。ななみが満面の笑みで告げる。
「今後ともアウゲンブリック船橋をよろしくお願いいたします」
「ちょ、ちょっと待った!」
「なにか?」
「あ、貴女、新人さんでしょう? 社長なんか出来るんですか⁉」
「誰でも最初は初めてですよ……」
「そ、そんな……」
「しゅ、主要な役職を全て兼任するのはさすがに無理があるのでは⁉」
「もちろん、あくまでも暫定的な処置です。然るべき人材が見つかれば、その方に委ねたいと考えております」
「む、むう……」
「ス、スポンサーへの違約金などはどうするんですか⁉」
「選手やスタッフへの給料を優先しておりますので、そちらへの支払い分は申し訳ありませんが、多少待って頂くことになります」
「多少って、どれくらいですか⁉」
「……2年後まででしょうか」
「2年後⁉」
「なにか当てがあるんですか⁉」
「先ほども申し上げたとおり、今後の当クラブの躍進をご期待下さい」
「はっ!」
会見場に失笑が漏れる。ななみがわざとらしく首を傾げる。
「ジョークを申したつもりはありませんが?」
「ジョークにもなっていませんよ!」
報道陣の一人が興奮して立ち上がる。ななみが冷静に問う。
「どういうことでしょう?」
「選手とは全員契約を解除したのでしょう? それでどうやって躍進を期待しろと言うのですか? まさか、貴女が選手も兼任するのですか⁉」
「さすがにそういうわけには参りません……ですが」
「ですが?」
「昨夜、超有望な選手との契約締結に成功しました!」
「ええっ⁉」
会見場が再びざわつく。ななみが目線をドアに向ける。
「……どうぞ、入って」
「ふん!」
「うおっ⁉」
ドアを勢いよく蹴破って、金色のユニフォーム姿のレイブンが会見場に入ってくる。
「こちらに……自己紹介をお願いします」
ななみがレイブンに促す。
「我が名はレイブン……魔王じゃ」
「魔王……?」
「そんなチームあったか?」
「ふん……!」
「うわっ⁉」
「それ……!」
「ええっ⁉」
レイブンが右手の手のひらを上に向けると、火が燃え上がった。さらに左手を振るうと、先ほどから特にヒートアップしている記者の椅子が空中に浮かぶ。
「……これで分かったじゃろう、ワシが魔王だということを」
「……」
会見場が黙り込む。レイブンがたたみかける。
「何の因果かこの世界に来てしまった……退屈しのぎじゃ、ワシはサッカーで世界を……クラブワールドチャンピオンカップを獲りに行く! 世界一の称号はワシのものじゃ!」
「‼」
力強く宣言するレイブンに向けて、大量のシャッターが切られる。